第四話 最近、保護者になった気分
「フェン君、何を作っているのですかー?」
思いついた事があって、一人作業をしていると。隅っこで暇を持て余していた師匠が、とことこっと近寄ってきた。猫?それならもっと可愛げがあるんだけど。それに、見た目はちっこくても三百の婆さんだし。・・・ああ、もう骨董品の勢いだ。
「あらあら、私が読心の魔眼持ち、という事を忘れてるようですねー。駄目ですよー、禄な障壁も張れないのに、失礼な事を考えては。そんな事より、それは一体?」
頭の真上を、真空の弾丸が通り抜けた。・・・最近の行動が残念すぎて、そんな事はすっかり忘れてたよ。考えてみれば、不老不死なんて滅茶苦茶な魔法を創ったような人だ。尊敬の念だけは忘れちゃいけないんだった。最近得意になってきた、自分の動作を引金にする魔法だって、師匠が考え出した理論だし。僕には結局、圧縮した空気弾を発射する程度しか使えないんだけど。
「周囲の魔力を動力に出来るなら、永続型の結界や、自動防衛設備なんて作れないかなー、と思いまして。陣を刻む素材を、色々と試してる最中です。魔力との親和性なら問答無用で銀一択なんですけど、強度が心配なんですよね・・・」
「ではでは、そんなフェン君に久々の授業です。何故魔法陣を金属製の板に刻むのでしょうかー?」
そんなの簡単だ。金属に刻んだ方が、加工は比較的に容易で、強度も出しやすいから。素材にも依るけれど、素のままでも経年劣化しづらいし、魔法的な加工を施せば、半永久的に形を保てる、という利点もある。石なんかだと入手しやすくても大きさが足りないし、大きい物だと重量という問題がある。木材は論外だ。魔法加工を施したとしても、素の強度が低すぎるせいで、少しでも衝撃があれば容易く壊れてしまう。魔力を通しづらいというのもあり、これも却下。
「教科書的な解答ですが、ほぼ満点ですー。ではその魔法陣は何処から、動力となる魔力を補うのでしょう?まさかのまさか、金属そのものに魔力の蓄積能力を与える、なんて無駄な真似はしませんよねー?」
それこそ、本当にまさか、だ。そんな無駄で無意味な事をする奴は、学者も開発者も向いていない。僕が考えていたのは、魔法陣の直下に魔石を配置して、直接吸い上げる、という形式だった。時間的な損失は無いけれど、魔力の伝達に多少の損失がある。その程度は、必要経費と割り切っていた、んだけど。
「フェン君が作ろうとしている物は、魔法陣にそこまでの強度を求めるのでしょうか?すいすい君は、どういった形になっていましたか?思い出してみてください、私がすいすい君の魔法陣を、何処に刻んでいたのか。今のあなたなら、細部までよーく思い出せるはずですー」
そうだ。言われて思い出すと、すいすい君にそんな部品は見当たらなかった。魔導核の魔石以外だと、亜空間に直結された袋と、小さな魔石が数個あっただけだ。・・・魔石?
「思い出せましたか?気付いてしまえば、そこからは簡単なのです。加工方法は、自分で試行錯誤してくださいねー」
最初は、周辺の魔力を常時吸い上げ、それを動力にするという方法を考えていた。でもそれだと、大気中の魔力が薄まった際に発動出来ない、という事態が発生する。例えば、近くで魔法戦闘が起きた場合だ。自前の魔力のみで戦闘出来る存在は、そう多くない。異常と言える魔力量の古龍種、それと純魔法種と呼ばれるエルフ位だろう。エルフの場合、戦争なんかは好まないらしいけど。
「んー、そろそろ良い時間ですねー。フェン君、お腹が空きました。ご飯にしましょうー?」
「はいはーい、すぐ作りますから、待っててくださいねー。因みに師匠、自分で作るという選択肢は?」
色々試していたら、もう夕方になっていた。コツが分かってきて、ここからは一気に進むかな、という所だったんだけど。
「フェン君のご飯が美味しすぎるので、却下ですー。それにほら、弟子は師匠の面倒を見るものでしょう?」
翻訳。殆ど料理なんて出来ないんだよ、いい加減察しろ、という事のようだ。どうやらこの人、僕が来る前まではずっと、火を通しただけの野菜とか肉、場合によっては街へ出ての外食ばかりだったらしい。資金が尽きれば適当に作った薬を売り払い、日銭を稼いでいたのだとか。・・・その薬、そこらの住民には手も出せない代物のはずなんですけどねえ?!そんな物を呼吸するように気軽に作ってしまうんだから、恐れ入るというか、何というか。
食事からの片付けを終えてリビングへ戻る。すると、師匠がテーブルの前で船を漕いでいた。満腹で眠くなったかな?こういう所は見た目相応なんだけど、中身は・・・。おっと、これ以上はいけない。
「師匠ー、こんな所で寝ると風邪引きますよー?寝るならちゃんとベッドに行きましょうよー」
「すやすや・・・」
気持ちの良い寝息が返答。揺すっても摘んでも起きない事から、相当深い眠りのようだ。仕方ないな、全く・・・。
「フェン君、それは違いますー。アポザの実は青い方じゃなくて、灰色の方ですー・・・。青いのはアポガイですー」
・・・流石にもう間違えないんだけど。その間違いを犯したのは半年前で、最近やっと一人で作れるようになった薬の材料だ。結構珍しい物らしく、一般に流通する事は滅多にない。多分、王立図書館辺りの蔵書を漁らなければ、目にする事は無い代物だろう。
ちんまりとした身体を抱き抱えて、寝室へ向かう。最近でこそ寝室を使うようになったものの、以前はリビングか実験室で寝る事が多かったんだとか。遊び疲れた子供かよ、というツッコミは封印した。今更感の強い事だし、言っても仕方ないという部分が大きいんだけど。