第三話 第三次?いいえ、大惨事です
どうしてこうなった?目の前に広がるのは、夥しい量の瓦礫と、綺麗に半分が吹き飛んだ家。師匠はといえば、腰でも抜けたのか、床に座り込んでいる。何が起きたのか、ちょっと整理してみよう。主に、僕の精神衛生の為に。
それの発端は、今から一時間程遡る。日課の製薬を済ませた僕は、地下の調合室からリビングへと上がってきていた所だった。そこで師匠が何やら怪しげな物体を作っている場面を、目撃してしまった。
「何作ってるんです?」
「はいー、すいすい君はどうにも動作の安定確保が難しいので、ちょっと全自動調理機もぐもぐ君の製作に方向転換しようかな、と思いましてー。使用者の知識に絞ったので、暴走はしないと思いますよー」
もぐもぐ君は、どうやらまた怪しい技術を無駄に駆使しているようだ。待てよ、使用者の知識を読み取る・・・って、まさか?
「先日、ようやく完成したのですよー。その名も、霊格情報識別装置です。擬似的な人間複製機でしょうか?対象の経験や知識、技術をまるっと複製出来るのです。当然、目的の物だけを選んで、という事も可能なのですー」
・・・なんてこった!暫く目を離していた隙に、またトンデモ装置を開発していたなんて。最近は薬品調合が多くて、すいすい君は放置していたから、すっかり油断していた。
「師匠、お願いですからそれを起動させる時は、十分すぎる位に安全対策をしてからにしてくださいね?うっかり暴走して周囲一帯壊滅、とか絶対にやめてくださいよ?」
「フェン君は、私を何だと思っているのですかー?それに、この子には爆発する要因なんて無いのですよー。最大火力は、若干強いかもしれませんが」
不安だ。不安しかない。今までの惨劇を考慮すれば、何処に安心感があるものか。それにしても、霊格情報識別装置、ね・・・。こんな物、間違っても国の偉いさんには見せられない。入れ物さえ用意してしまえば、後は消耗品としての兵隊がいくらでも量産出来てしまうのだから。それが内へ向かってくれればいいけど、そうはならないだろう。
一通り装置を調べたけれど、分かる範囲に危険な箇所は無かった。執拗なまでに計算し尽くされた強度で、調理場所に関してはなんと、オリハルコンが使用されていた。一体、いくら使ったんだか・・・。聞かない方が身の為だな、うん。
「一応、最初は簡単な物だけにしてくださいね?いきなり煮込み料理なんて、面倒な物はやめてくださいよ?」
「それは分かってますよー。最初ですから、鶏の塩焼きにしておきますー。材料をここに入れて、スイッチオンですー」
動き始めて五分程は、静かに動いていた。そう、最初だけは。急にドドド、という音がし始めたと思えば、ドカン、という音が響き始める。あれだ、明らかに料理をしている音じゃない。無理矢理止めようにも、大気中の魔力を吸い上げて動いているのか、動力源が存在しなかった。最初に確認しておけば・・・。
「サラマンダーさんとシルフさんが、喧嘩しちゃってますねー。んー、小型化を優先して、一箇所に封じたのがまずかったんでしょうかー?」
「師匠、アホですか?!そりゃ、競合して不具合も起きますよ!まずい、結界全力展開!師匠、身を低くして───」
言うが早いか、眩いばかりの光が視界を覆い尽くす。流石にこの短時間では、自分を守る事で精一杯だった。師匠、大丈夫かな?一番近くにいたし・・・。
光が収まってまず目に入ったのは、崩れた壁と天井だった。初日に見かけた色違いの壁は、やっぱりこれが原因だったようだ。今までとは、規模が違うにせよ。
続けて周囲を見渡すと、床に座り込む師匠がいた。はっきりとは聞こえないけれど、何かをぶつぶつと呟いていた。
(こんな事をするなんて、ちょーっと精霊さんにはお説教が必要みたいですねー。どんな目に合わせてあげましょうか?)
目があった時、何か薄ら寒い物を感じた。今までに見た事が無い、冷たい表情。穢らわしいモノを見るような冷たい瞳は、どう見てもいつもの師匠とは違っていた。
「フェン君、申し訳無いですが、片付けをお願いしますー。私はちょっと、行く所があるのでー」
そう言って出て行く師匠を、僕は呼び止める事が出来なかった。いや、そこから動く事さえ、出来なかったんだ。そしてその日、精霊の棲家と呼ばれる場所が、壊滅するという事態が起きた。そこに住んでいたはずの精霊全てが消滅し、世界全体の魔力均衡が一時的に崩れたという。魔法は発動せず、魔法を原動力とするあらゆる道具は機能を止めていたらしい。そして誰も、その原因を知る事は無かった。