8章ー3
「はい……ただ、兄さんが勘当された後は会う事を禁じられていて、そこまで詳しくは知りませんが……」
珍しく項垂れる純。だがその表情が現在の兄弟の距離感を物語っていた。真子は申し訳ない気持ちを感じながら、
「そうなんだ……うん。今日はその事でおじさんを説得に来たんだけど……」
「……父さんは何て言ったんですか?」
僅かに希望を抱くように顔を上げる純。パッチリとした瞳で真子を見つめる。しかし今の彼女にその目を見つめ返す事は出来なかった。真子は後ろめたさから視線を逸らしながら、
「えっと……和也が苦しんでいても関係ないとか……自分からは会う気がないとか、色々言われた……」
そう言い今度は真子が項垂れる番だった。先程の会話を思い出して表情を曇らせる。だが純はさして落ち込んだ様子もなく、
「そうですか……ふう。父さんも素直じゃないんだから」
溜め息を吐いて呆れた様な表情を見せる純。その顔を見て真子はなんとなく理解。やはり先程の健二が言った言葉は本音ではなかったらしい。真子はどこか納得した様子で、
「やっぱりそうなんだ……じゃあ、おじさんも本心では和也に戻ってきて欲しいんだね?」
「もちろんです。ああ見えて根はすごく優しいんですよ」
笑みを浮かべて言い切る純。だが彼女にはとてもそう思う事が出来なかった。真子は純に悪いなと感じながらも、
「そうかな……私にはすごく冷たい人に感じられたけど……」
「確かにそう感じる人も多いかもしれませんね……例えどんな状況でも自分の考えを貫く人ですから」
「それにしても……何もあそこまで言わなくてもいいのに……」
低く愚痴る真子。これは純に言っても仕方のない事。だが健二の言葉を思い出すとどうしても腹の虫が治まらなかったのだ。すると純はフッと微笑んで、
「そうですね。きっと似た者同士なんですよ……兄さんと」
「和也と?」
思わず聞き返す真子。しかしそれほどに純の言葉は意外だった。いつも適当でお調子者の和也。いつも真面目で寡黙な健二。真子にはその二人が似ているなど考えられなかったのだ。すると純は遠い目をしながら、
「はい。兄さんも強情で不器用な人ですから。でも、僕をいつも気にかけてくれる……だからこそ余計に二人とも謝り辛いんですよ……」
そして寂しさと嬉しさが混じった表情を見せる純。真子はその言葉を噛み締めながら、
「うん……そうだね」
そう呟き肯定。純の言った言葉の本質を理解。そして彼女は目を細めて囁くように、
「確かに不器用だよ。アイツ」
その言葉は悪口ではなく賛辞。抱く想いは迷惑ではなく限りない好意だった。彼女はあの日々を思い返しながら、
「気まぐれとかいいつつ、いつも部室に来てくれた」
口では毎日のように悪態を吐いていた和也。でも彼は必ず放課後にはあそこへやって来てくれた。
「そっけないふりして、いつも純くんを心配してる」
表では冷たい態度をとっていた和也。だが影では純の体調を誰よりも気遣っていた。
「そして、大けがしてまで私を守ってくれた」
いつもは冗談めかしてふざけてばっかりだった和也。しかし肝心な時にはいつでも真子を守ってくれた。
「だから、今度は私がアイツを励ます番なんだ」
そう言い意気込みを新たにする真子。純はそんな彼女の姿に喜びを覚えながら、
「ふふ。真子さん。来た時よりずっといい顔になりましたよ」
目を細めてニッコリ笑顔を見せる純。真子はその笑顔に応えるように微笑んで、
「うん。ありがとうね。純君。そして約束するよ」
「はい」
力強く頷いた純。その顔には真子への深い信頼が窺えた。そして真子は迷いのない顔で、
「必ず、不器用で優しいお兄さんを連れてくるからね」