表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
補欠勇者の苦心  作者: 吉良 善
7/23

王都へ

翌朝。

ひんやりとした心地の良い風が肌を撫でていく。

清々しい朝日が夜の帳を払って

闇に染められていた大地を照らし、

ゾルカたちが一夜を過ごした丘の向こうに広がる

街の全貌を明らかにした。

「あれが、イーセルハ王国の王都リトリンカか」

新鮮な空気の中、深呼吸をしながらゾルカは言った。

大きな円形の湖の周囲に多くの建造物が並び、

中央には島が浮かんでいる。

その島には天を衝く尖塔を持つ城の

堂々たる偉容を認めることができ、

陸とは四方にかかる橋で結ばれているのが見えた。

早朝の蒼穹を映す鏡のような湖面と鮮やかな緑に覆われた大地を

白を基調とした建物が飾る風景は、

絵画の如き美しさと優雅さを備え目前に迫っていた。

「あなたたちとは普通に話していたから、」

しばし明媚な眺めに見入ったのち、

後ろにいたスカーレットがアルシアとリリィベルの方を

振り返って口を開いた。

「イーセルハ王国はともかく…

 目的地のウィルスター王国も使われている言語は同じ?」

「大陸の全ての国が同じ言葉を使用している」

浅くうなずいて、アルシアは答える。

ゾルカも、納得したようにうなずいた。

「エルトフィアで使われている言葉は

 ミラストラからの渡来人の子孫が広めたんだろうし、

 どっちの住人もみんな通訳なしで話せるんだな…

 そうそう、改めてここはミラストラなんだった!

 この大陸のどこかには、世界樹ってあるの!?」

「ある。

 正確には大陸ではなく島に、だが」

その問いにも、アルシアは簡潔に答えた。

それを聞いて、ゾルカとスカーレットはそろって

おおっ、と声を上げた。

世界樹への到達は、ミラストラ上陸の先にある目標だった。

とはいえエルトフィアではおとぎ話の中の存在であり、

そもそもその名を聞いたことのある者も

そう多くはないというくらいのものでしかなかった。

それが、実在するという。

「やった!

 実際にあるんなら後はもうたどり着くだけだ!

 ユーギルさんの件は後回しにして、

 まずは世界樹の方へ行こう!」

「そうね!

 早速取材に行かなくちゃ。

 眠っている神様の用事なんて後でもいいわ」

「…おい、待て…

 お前たち」

盛り上がる二人に呆れ顔で、アルシアは小さく首を振る。

この異邦人たちには妙なところに、そして厄介なところに

関心の種があったものだ。

そんな兄の後ろから、リリィベルは声をかけた。

「…偉大なる魔の神の王ユーギル様が、

 エルトフィアではこういう扱いを受けておられるのか?

 それとも、この二人が特殊なだけなのか」

「…後者であることを願うばかりだが、

 デスゾルカ、スカーレット殿。

 おかしなことを言うんじゃない」

抗議の意味も込めてそう言うと、

ゾルカは真顔で振り向いた。

なぜか出会ってからこれまでで一番、

きりりとした顔つきをしているように思えた。

「何がおかしいんだ。

 ユーギルさんの頼みと世界樹だったら

 世界樹が先だろ、どう考えても。

 その上本人は寝てるんだぞ、思案するまでもない」

「…お前は何をしにミラストラに来たんだ。

 そもそも、世界樹には近づけないぞ」

「何だって!?

 有料なのか!?」

実に低俗な発想である。

それが意外というわけでもないので、

アルシアは因果を含めてさっさとあきらめさせることにした。

「世界樹には特別な、そして強力な力がある。

 かつて、それを巡って戦争が起こったほどの。

 そのために、現在は各国から派遣された守り人と、

 人間がデュプラルと呼ぶ世界樹を司る者たちによって

 守られている」

「それで俺のような善良な人間までも近づけないだと!?

 何てことだ、世界の財産たる神の大樹が!

 つまり、たどり着くにはその守りを蹴散らすしかないと…」

「フフ…」

「…何?

 何で笑うんだよ、おもしろいことなんか一つも言ってないよ、今」

「頼もしいことを言うじゃないか、デスゾルカ。

 見直したぞ、それでこそ魔神王軍の将だ」

「蹴散らしてやるとは言ってない!

 そうでもしないと行けないんだよねって意味で言っただけ!」

ゾルカがアルシアにまくし立てている横で、

スカーレットはリリィベルに顔を向けた。

「デュプラルというのはどういう人たち?」

「人とほぼ同じ姿はしているが、厳密に言うと人間ではない。

 妖精族だ」

「妖精?」

「長い耳が二重に生えているのが特徴だ。

 他にも色白、緑の髪、高い魔法耐性といった傾向が見られる…らしい」

「二重…

 耳が左右二つずつあるということ?」

「そうだ。

 デュプラルの名には『二重耳の者』という意味があるが、

 あくまで人間側からの呼称であって

 当人たちはそう呼ばれることを好まないと聞く」

世界樹に加えて妖精とは、ミラストラはエルトフィアとは

ずいぶんと趣を異にする地のようである。

が、酷似したところが多いようにも見えるのだから

エルトフィアにだって妖精族がいないとは言い切れない。

同じ人間ですら、一つの大陸で暮らしていても

存在を知らない人々がいたのだから。

「ぜひお目にかかってみたいものね」

「人里で姿を目にすることは極めて稀だ。

 出会えたとしても、友好的であることはさらに稀かもね」

「あなたたちは見かけたことは?」

「ない」

彼女らの会話を聞いていたゾルカは、リトリンカの街を見渡しながら

腕を組んでほくそ笑んだ。

「ふふふ…(思ったとおり、いや、予想以上に

 勇者の冒険的な要素にあふれた場所だ、ミラストラは!

 この幻の大地上陸に加え世界樹到達、妖精族との交流…

 来るッ!

 これは間違いなく勇者ゾルカの時代が来るねッ!

 今度こそ、俺は自分の手でゴールデンゾルカエイジをつくるッ!)」

「うるさい」

「ぐふッ!」

リリィベルに槍で尻を軽く突かれ、ゾルカは飛び上がった。

患部をさすりつつ、ゾルカはすさまじい形相をリリィベルに向ける。

「うるさいって、何も言ってないよね俺…!

 心の中で想像の翼を広げていただけで、

 誰にも迷惑かけてないよねっ…!」

「顔がうるさかった」

「顔も見てないよねキミッ!」

妹の様子を眺めていたアルシアは、顎をさすりながら小さく声を漏らした。

「ふむ…」

「妹さん、いつもあんな感じなの?」

スカーレットの問いに、アルシアは首を振る。

「これほどの頻度で槍ズンをするなど、初めてのことだ」

「槍ズン?」

「いや、そもそもこれまでにやった相手はいなかった」

「いないでしょうね、

 ケガしちゃうものね。

 やるにしても刃が無い方でとか、寸止めとかするわよね普通は」

「あの二人、意外と相性は悪くないのかもしれんな」

「…そうなのかしら…

 だとしたら、妹さんと相性抜群の人って死んじゃうんじゃない、

 槍ズンで」

「…君ら、ずいぶんと適当なお話をしておいでじゃないか…!?

 俺があちらの凶暴なレディと苦痛を伴うコミュニケーションで

 親睦ではなく溝を深めている間にだよッ…!」

いつの間にか背後に回り込んでいたゾルカは、

呪いをかけんばかりのすさんだ目つきで

二人を睨んだ。

かと思うと今度は口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべた。

「アルシアさんさ~…

 君もやってみたらどうかね?

 苦痛を伴うコミュニケーションってやつを…

 こちらのスカーレット嬢、こう見えてキックは得意なんだよ…

 そうさね…少なくとも四人は帰らぬケツとなったかなあ…」

「…ゾルカ君、あからさまなウソはやめなさい。

 大体、出会ってからまだ少ししかたっていないのに

 蹴るなんて人としてどうかしらって…」

「俺は出会ってすぐの人に槍で突かれてるんだよ!?」

「フン…

 やるならやってみるがいい」

ゾルカの挑戦的な提案に対し、アルシアは不敵に笑んだ。

「どれほど勁烈な蹴りであろうとも、この私には通用せん…

 ユーギル様に仕える者として、いかなる戦いにも堪えるべく

 己を鍛え上げてきた。

 無論、尻の鍛錬にも一分の隙も無い」

彼があまりに自信満々な様子で言うので、

ゾルカに促されたこともあり仕方なくスカーレットは

さしたる理由も意味もなくアルシアの尻を蹴ることになった。

彼の妹であるリリィベルは、兄の強さをよく知っている。

鷹揚に構えて見守っていた。

「さあ…

 来るがいい、スカーレット殿」

「…あまり気が進まないけれど、じゃあ…

 正調・スカーレットキック、いきます!」

「名前って付いてた!?」





「うーん、うーん…」

「貴様ァァァ!

 兄上に何とむごい仕打ちを!」

「…だって、やれって言うから…」

アルシアが寝込んでしまったので、

リリィベルが治癒魔法を何度か施し何とか回復させた。

ようやく立ち上がったアルシアにスカーレットは

一応謝ったが、彼は気にするな、というように

首を振った。

「…私もまだまだ鍛錬が足りん…

 それを身をもって教えてもらった。

 礼を言うぞ、スカーレット殿」

「気にするこたァないよ、アルシアさん。

 君がどうこうっていうんじゃなくて

 単純に、何だっけ、スカーレットジェノサイド?

 が強力すぎただけなんだから。

 防御力無視の属性無視、時々即死効果発動なんだから」

アルシアの肩にぽん、と手を置き、ゾルカは

慰めるように声をかけた。

けしかけておいて妙なようだが、

スカーレットが全く手加減しないとは思わなかったので、

少々悪いことをしたという想いがあったのである。

「そうだな…

 確かにスカーレットディザスターは

 恐るべき威力だった。

 次があるとは考えたくないが、

 冥加無く二度目があったならば

 顔色を変えることなく受け流せるよう

 精進するとしよう。

 さて、お遊びはこれまでだ」

「…遊んでいたつもりは全くないぞ、俺は」

「私たちが行くべき場所はすでに視界の中にある。

 ユーギル様の望みを果たすため、

 あの地へと向かおう」

振り返るアルシアに合わせて、ゾルカたちも視線を注ぐ。

多くの人々が集いながらも水や緑と調和した優美なる都、

イーセルハ王国の首府リトリンカへと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ