声
「あなたたちの言っていることはわからないことだらけだわ。
ゾルカ君!
あなたも含めてよ」
「俺も!?
…そういえば、ナル…じゃなくてアズラズのことも
俺が新たな旅に出た理由も全然話してなかったもんな…」
蚊帳の外に置かれかけていたスカーレットの、
ジブリス兄妹のみならず自分にまでも向けられた
棘のある視線を受け、ゾルカは言った。
説明するのが面倒くさい、もとい長くなるので
道々話せばいいやと思いながら結局ここまで来てしまったのである。
しかし、魔の神の王に関係がありそうな者たちに出会い、
ゾルカの旅が本格的に動き出しそうになった今、
もはやそういうわけにもいくまい。
「アルシアさん、リリィベルさん、ちょっと待っててもらえます?
…え~とね、スカーレット、一気に説明するよ。
アスティアの方の魔王ね、俺たちはそれと戦ったんだけど、
相手は二つの神の剣を持っていたんだ。
血の色の聖剣と、闇の色の魔剣の半身ね。
魔剣のもう半分は俺の腰にあるんだけど。
でも魔王自身もめちゃんこ強くて、その上二つの神剣もあっちゃ
全く歯が立たなかった。
その戦いの中で、光の神の王エウリスの神官である
ムトーがエウリスの力を借り、
俺の持つ魔剣を通して魔の神の王ユーギルの力を借りて
魔王の持つ神剣の力を殺いで何とか対抗することができた。
でも、ユーギルは俺に協力するにあたって条件を出してたの。
魔王を倒したら、今度は俺が協力するってね。
俺は迷わず飲んだよ。
もしかしたらとんでもないことを
やらされるかもしれないとは思ったけど、
あの時、あそこで絶対に魔王を止めておかなきゃならなかった。
そのためには、ユーギルの力が必要だったんだ」
堰を切ったようにそこまで話すと、ゾルカは
黙って聞いていたスカーレットに顔を近づけて声を落とした。
「…それにさ…相手はあのユーギルでしょ?
断ったら何されるかわかったもんじゃありませんよダンナ…」
「…誰がダンナよ…」
「俺の魂をよこせとかだったらまだいいよ。
けど、向こうの申し出を断ったからってユーギルがご機嫌斜めになって、
魔王に協力しちゃおうかなとかいう話になっちゃったらさ。
とにかく俺は承諾して、後々聞いたら
エルトフィアから遠く離れた場所でやってほしいことがあるって
言われて、アルトリアの復興も終わらない内に
旅立つことになったんだ」
「…ふぅ~ん、ゾルカ君の性格からすると
故郷を完全によみがえらせる前に出発したというのは
ちょっと不思議だったんだけれど、そういうわけだったのね。
それで、あなたはここで何をすればいいの?」
「まだ聞いてないけど、相手が相手だからなァ…
各ご家庭のお風呂の栓を隠すとか、学校のチョークをピンクだけにするとか
それはそれはあくどいことを…」
(我を悪し様に言うとは、まさに神をも恐れぬ所業…)
「うわっ!」
話の途中で頭の中に響いてきた重々しい声に、
ゾルカは驚いて背筋を伸ばした。
スカーレットやジブリス兄妹には聞こえていないようで、
怪訝そうにこちらを見ている、
これ以上不審の念を抱かれないよう、ゾルカは心の中で
重々しい声に答えた。
「(な…なあんだ、ユーギルさん…聞いてたの…
早く言ってよ、いやだなあ)」
(我が刃を抜くがいい。
他の者にも我が声が届くように話してやろう)
「(そんなことできんの?
それも早く言ってよ)
(我に仕えし者がその場にいるだろう。
我が祝福を受けた彼らの身を利用して届かせようというのだ)
「(よくわからんが、なるほど!)
ならば抜こう、闇の色の魔剣を!」
「貴様っ!」
「うわー!?」
はりきってアズラズを抜き放ったゾルカの喉元に、
即座にリリィベルの槍の穂先が突きつけられた。
というより、わずかにではあるが血が出た。
「刺さってる!
刺さっちゃってる先っぽが!」
「話をすると見せかけて抜刀するとは、恥を知らぬ卑劣漢め!」
「違う!
俺はユーギルさんにそそのかされて!」
「挙句ユーギル様のせいにするか…!」
「助けてくれー、スカーレット!」
「…そうは言ってもゾルカ君…
どうして今のタイミングで剣を抜いたのか、
私も疑問なんだけど…」
「だからそれはユーギルさんが…」
『我が名はユーギル…
常闇の褥にて永き時を越えし者…』
ゾルカの言葉を遮って、天から降って来たように響く重々しい声。
それは頭の中に直接届いたのではなく、耳で聞くことができた。
だから気づいたのはゾルカだけでなく、
スカーレットは辺りを見回し、ジブリス兄妹はすぐに事態を理解して
片膝を突き頭を垂れた。
「ユーギルさん、ちょっと聞き取れなかったから
後半部分もう一回言ってもらっても…」
「黙れ」
「痛ッ!」
後ろからリリィベルに槍でつつかれ、ゾルカは少し飛び上がる。
すぐさま振り返って抗議した。
「キミ、そう何度もツンツン…」
『我が刃を持つ者よ、汝をこの地へ導いた理由を伝えよう…』
「…さすが神様…マイペース…」
「これが本当にユーギルの声だっていうの?」
再び言葉を遮られたゾルカに、スカーレットが言った。
魔剣を通してユーギルと話したり、神官が神を招く“神降ろし”を
目の当たりにしてきたゾルカと違って、彼女にいきなり
『これは神様の声です』と言っても俄には信じられまい。
「まさか…」
「いや、間違いない。
まさかって言うなら、俺たちが今ここにいることだって
十分そうだろ。
神様のお力でも借りなきゃこうはならないんだよ。
ついさっきまではエルトフィアにいて、
気がついたらミラストラに立っていたなんてことにはね」
「…」
ゾルカの言うことはもっともではあるが、
まだ確信したわけではない。
だが、スカーレットは顔では驚きながらも
心が躍動しだしたことを感じずにはいられなかった。
未知の大陸に来た?
魔の神の王の声が聞こえてきた?
それが本当だとすれば、とんでもないことではないか。
街も人も、見知っているものはどこにもない。
そんな世界で、神様の中でも最も恐ろしいと聞かされていた
ユーギルが話しかけてきている。
この先とても楽しい日々が待っているとは思えないが、
何が起こるかわからない、それこそが旅であり
スカーレットが身を置くべき状況なのではないだろうか。
人々の知らないものを見聞きして伝える、
それができるこの上ない機会だ。
「…ゾルカ君…
私、あなたについて来た甲斐があったわ」
「え?」
「こうなったら、受け止める。
全部本当なんだってね。
そして、ここでたくさん見て、聞いて、知って、
エルトフィアの皆さんにご紹介する。
そうね…
本にして伝えるのがいいかな。
スカーレット旅行記・ミラストラ編というタイトルではどうかしら」
「…ごく一部の人には馴染みのある響きだね。
あんまり縁起良くないよ。
似た名前の本はさっぱり売れなかったから」
それは、ゾルカの仲間だった男が書いた本である。
文が下手な上に内容が薄かったために、
全くと言っていいほど売れなかった。
しかし、レポーターであったスカーレットは知名度が高いので、
彼女の名を冠すればもしかしたら売れるかもしれない。
「それでユーギルさん、俺をミラストラに来させた理由って何?」
『この地に、討つべき者がいる…』
「討つべき…って、俺にその人を襲えっていうの!?
悪い人なんですか」
『かなり悪い人だ…』
「ふうん…いや、待てよ…
魔の神の王にとって悪い人でしょ?
もしかしていい人なんじゃない?」
『そうした単純な物の捉え方が、汝の良くないところだ…』
「あんた俺の何を知ってんの!?」
『汝は魔の神の王に協力すべく行動している極悪人…』
「…まあ…そういう二元論では語れないのが人間ってものですよね…」
『では、詳しい話に入ろう…』
ゾルカがミラストラに来た理由。
それが、今語られようとしている。
ゾルカは、見事果たすことができるのだろうか…