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補欠勇者の苦心  作者: 吉良 善
2/23

ジブリス

突如襲撃してきた謎の男女。

その二人が、示し合わせたかのように

そろって武器を納めた。

それを見て、自らも闇の色の魔剣を鞘に戻しながら

ゾルカはスカーレットを振り返った。

「我ながらびっくりだよ…!

 ミルパンの効果がここまで覿面とは!

 見ただろ、スカーレット女史。

 ありふれた食べ物でも心を動かすことはできるんだよ。

 そりゃ、高級料理は美味かもしれないけどもさ。

 たっかい食材を使って熟達の料理人が腕を振るってだ。

 格調高い音楽なんか聴きながら人類の展望とか

 語っちゃったりするんでしょ?

 そんなもんじゃないわけ。

 一つの卓を囲んで、顔突き合わせて

 同じ時間を共有することが大切なの。

 そこに手間暇かけた究極とか至高とかの饗膳は

 必要ないんだ。

 人と人との距離を縮める郷愁を誘い琴線に触れる味、

 それを追求していくと結局はシンプルなおいしさにたどり着くんだよ」

「…別に私はミルパンがおいしくないとは言っていないんだけれど…

 そもそも見たことも食べたこともないし…」」

「お前たちがユーギル様に導かれた者だな」

ゾルカたちの会話に割って入りつつ歩を進めてきた男女の内、

男の方が言った。

改めて見るとこの二人、見た目も雰囲気もよく似ている。

年齢は、ゾルカたちと同じくらいだろう。

共にライトブルーの髪に薄桃色の瞳であり、

静かな佇まいながら一種の圧力を感じさせ、

眼差しは鋭い。

得物を構えていた時には鏡に映したように

男は左利き、女は右利きであったので、

そのためか女の方は長い髪を頭の左側の方で一つに束ねている。

そしてどちらも長身、美形であり漆黒の衣装に身を包んでいた。

「ペアルック?」

「ちょっとゾルカ君!

 気にすべきはそこじゃないでしょ!

 何の導きですって!?」

首をぶんぶんと振るようにスカーレットは

ゾルカと男を交互に見たが、ゾルカは平然と

「ユーギルさんでしょ?」

と答えた。

「近所のおばさまじゃないんだから!

 それってあの、悪い神様のことじゃないの!?

 私たちがそんなのに導かれるわけないでしょう」

「…いや~…」

スカーレットが驚いたのも、悪い神という認識しかなかったのも

無理はなかった。

彼女の故郷であるエルトフィアに住む人間なら、

人生において何らかの形で

神話として残る神々の戦いを描いた物語を一度くらいは耳にして、

善き神の不倶戴天の敵という役回りを演じるユーギルの名を

聞いたことがあるはずだ。

そうすると、“魔の神の王”ユーギルに対する印象としては

当然「悪い神様」となる。

その言葉に、女の方が反応した。

「悪い神とは無礼な!

 貴様の素っ首、叩き落してくれる」

「…落ち着け、リリィベル。

 まずは、話をする必要があるだろう」

槍に手をかける女を制して、

男はゾルカとスカーレットに視線を戻す。

彼らとユーギルにどういう関係があるのかと思いながら、

ゾルカは二人の堂々たる姿を見ていた。





「とりあえず話ができることになって良かったなあ!

 あ、俺はデスゾルカ・レビです」

「…話と言いながらいきなり偽名とはいい度胸じゃないか。

 いや、むしろ汚らしい根性と言うべきだろう!

 ふざけた男だ」

「…怒らないぞ。

 俺にとってはもはや恒例行事というか通過儀礼みたいなものだからな」

ゾルカは、やや魔的な雰囲気のある名に疑問を持たれたり

間違えられたりすることがよくある。

頭の二文字がなければそんなことにはならなかったのだろうが、

いざ無くせるとなったとしても自分はその二文字を残すかもしれない。

「確かにゾルカ君はふざけた男だけれど、名前は本物よ。

 ふざけた男ではあるけれど、偽名ではないわ」

「…この短時間で三回もふざけた男呼ばわり…」

沈むゾルカを放置して、スカーレットは

ふんぞり返るようにして立っている女の冷たい目つきに

対抗するように一歩前に出た。

これ以上襲われることはなさそうだが、

相手の態度は未だ友好的とは言いがたい。

「私はイルルナ・スカーレット。

 あなたたち、一体何者なの?」

「フッ、お前たちに教える名など持っては…」

「私はジブリス・アルシア。

 こちらは妹のジブリス・リリィベルだ」

「…リリィベルだ!」

男に続いて、女も仕方なく名乗った。

二人の言葉を聞いて、ゾルカは納得したようにうなずいた。

髪の色や佇まいが似ていた理由。

「なるほど、ご兄妹だったのね。

 ところで…」

言いながら、ゾルカは辺りを見回す。

気づくと自分たちが立っていたこの場所。

林の中の開けた空間に見えるが、見覚えはなかった。

この眺めに、彼は言いようのない違和感を抱いていた。

空は青いし、植物も見慣れたようなものばかり。

しかしどこかがこれまで目にしてきたものとは異なるような、

そんな気がしていたのである。

だから、今いる場所がわからない内から漠然と感じていた。

ここはエルトフィアではないのではないかと。

「ここ、どこなんですかね?」

「ミラストラ大陸のイーセルハ王国だ」

「そうですか、ここがね…

 何ですって!?

 ミラストラ!?ここが!?」

アルシアの出した地名を聞いて、ゾルカは目も口も限界まで開いて

大声を上げた。

彼の生まれ育ったエルトフィア大陸においては

幻の大地と言われていたミラストラ大陸。

そこに、思わぬ形で上陸を果たしてしまったというのか。

グレート・トレンチと呼ばれる、海の真ん中に横たわる

巨大な溝の向こうにあると言われていた伝説上の地。

いつか立ってみたいと思ってはいたが、

そこにいつの間にか来ていたらしい。

先程来、胸にあった違和感もあってゾルカは

アルシアの言葉は真実なのだろうと考えるに至った。

「…ここがミラストラなのか…

 でもな~、いきなり到着してたからいまいち実感がないというか…」

「その前に、本当なの?

 ここがミラストラというのは」

「…スカーレット、何でマイク出してんの?

 スタッフさんたちがいないし、映像も音声も

 どこにもお届けできないよ」

「…はっ!

 ついクセで!

 本当にミラストラだったら大ニュースだなんて思ってしまったわ!」

スカーレットは、大陸中に向けて番組を放送するマジックテレビ社で

レポーターを務めていた。

だから、普段持っていても役に立たないはずのマイクを

己の魂としてわざわざ持って来ていたのである。

そして今、改めてその無用の長物ぶりを披露することとなった。

ミラストラにマイクという物があるのかないのか知らないが、

スカーレットが取り出した物体を向けられたアルシアが

それに関心を示すことはなかった。

「どこかの街にでも行けば真偽はわかるだろうが、

 話を進めるためにも本当のこととしておいてもらいたいな」

「まあ~、いいや。

 ここがミラストラだとして、俺たちが現れることを

 君たちはどうやって知ったんだ?」

ゾルカが言うと、リリィベルは右手を腰に当てて

呆れたように鼻を鳴らした。

「何を言っている。

 わたくしたちが協力したからこそ、

 お前たちはここに来ることができたのだぞ」

「え?」

「何の因果かお前の元にある素晴らしき神剣と、

 魔法陣と儀式によってユーギル様の力をお借りした

 我々によってな」

「なるほど、ナルシルのおかげでもあるのか…」

「ナルシルとは何だ」

「何って、これだよ。

 君が今言ったでしょ、素晴らしき神剣ってさ」

ぽんぽんと腰の剣の柄頭を叩くゾルカに、

リリィベルはなぜか瞳を険しくする。

「エルトフィアではそう呼ばれているというのか?

 ふざけるな!

 ここはミラストラだ。

 神剣アズラズと呼んでもらおう」

「何ですか、それ」

「その剣の本来の名だ!」

「大して変わらないじゃん」

「全然違うわ!

 一文字も合っていないじゃないの」

そう言った後に、スカーレットとアルシアの生暖かい視線に気づいた

リリィベルは咳ばらいを一つして改めてゾルカに鋭い目を向けた。

「とにかく、お前たちがここに来られたのは

 わたくしたちのおかげでもあるのだ。

 感謝するがいい」

「…別に望んで来たわけじゃないんだけど…

 ミラストラには来てみたかったけどさ」

おとぎ話に近い形で知り、エルトフィア大陸北岸に立って憧れた

ミラストラ大陸。

実感はないがその地に降り立ったゾルカたちを導いた

魔の神の王と謎の兄妹。

彼らは、このミラストラの大地でゾルカに一体何をせよというのだろうか。

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