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最終話


「お父さーん、お兄ちゃーん。早くー!」


 シルヴェの森にやってきて、私は走り出していた。気持ちが逸ったのだ。


「サキ。あまり急ぐと転びますよ」

「サキ、危ない」


 お父さんたちに注意されても、私は走るのを止めない。


「分かってます、分かってますから!」


 私はそう口にしながらも、お父さんの注意を無視する形になっていた。

 今日の私の服は、お母さんの手作りのピンクの服だ。

 前回は、お母さんの服じゃなかった。だから、何も起きなかったんだとしたら……。そう思うと、足を止めることはできなかった。


「ポロンの木……!」


 お母さんが言っていた、ポロンの木で待つという言葉。

 そして、精霊と契約するのに必要な精霊と縁のある物。更に、私には精霊使いの素質がある。

 これらの要素は、何を意味するのか。

 私は答えを掴みかけていた。

 だからこそ、走る。ポロンの木のもとへ。

 ──お母さんに、会うために!


「見えた……!」


 ポロンの木に囲まれた湖だ。ポロンの木は、ピンクの花を鮮やかに咲き誇らせている。

 緑のぽわぽわが、無数に飛んでいる。


 ──……来た。やっと、会いに来た。

 ──……待ってた。あの人は、ずっと待ってた。


 声が聞こえる。それはきっと、精霊の声だ。

 ざあっと、まるで桜吹雪のようにポロンの木の花が風に吹かれて、ひらひらと舞い散る。

 花びらの向こうに、人影を見た。それは記憶よりも大人びた表情をした、十八歳ぐらいの女性だった。


「……お母さん!」


 叫び、私は人影の胸に飛び込んだ。人影は、私を優しく抱き留めてくれた。


『大きくなったわね。愛しいサキ』


 耳に優しい声が、私の心を温かくする。

 やっぱり、お母さんの服が必要だという私の予想は当たっていたんだ。

 顔を上げると、金の髪をゆらゆらと風になびかせる、半透明になったお母さんが見える。


「……お母さん、精霊になったんですか?」


 私の問いかけに、お母さんはゆったりと頷いた。


『ええ。実際は、私の契約精霊と同化したの。ジャグから逃れる為に。ジャグを封印する為に、ね』


 邪神ジャグに巻きついていた蔦は、ポロンの木のものだったんだ。そして、邪神ジャグを封印したのはお母さんなんだ。

 その封印は結局解けてしまったけど、戦争でジャクルトの戦力が弱まった理由が分かった。邪神ジャグを封印されたから、戦力が大幅に削られたんだ。

 私が納得していると、パキンと枝が割れる音がした。

 振り向けば、お兄ちゃんの手を引いたお父さんが、呆然とこちらを見ていた。


「そんな、まさか……」


 弱々しく呟くお父さんに、お母さんは微笑んだ。

 どうやら、今のお母さんはお父さんたちにも見えるようだ。


『久しぶりね、ユリシス。子供たちの面倒を見てくれて、ありがとう』


 お母さんの言葉にびっくりしたのは、お兄ちゃんだ。


「あ、貴女は、母さんなの……?」


 私から身を離したお母さんは、お兄ちゃんのもとにふわりと飛んだ。


『ええ、そうよ。ユーキ、大きくなって。愛しい我が子に会えて、嬉しいわ』

「か、母さん。僕、ずっと会いたくて……!」


 どもるお兄ちゃんを、お母さんは優しく抱きしめる。くしゃりと、お兄ちゃんの顔が歪む。


「母さん、母さん……!」

『ユーキ。可愛い子』


 私は、お父さんたちのもとに向かう。

 お父さんは、私に問いかけるように視線を向けた。


「サキ、これはどういうことなんですか?」

「えっと、お母さんはお母さんの契約精霊と同化して、精霊になったそうです」

「精霊、に……?」


 驚くお父さんに、お兄ちゃんを抱きしめたままのお母さんが口を開く。


『ユリシス。私は貴方に言ったわ。ジャグのもとへ行くけど、それは私たちが幸せになる為だと』

「確かに言いました。けれど、僕にはサラが自己犠牲を払うようにしか思えなかった!」


 お母さんはふるふると、首を横に振った。


『私はそんなにできた人間じゃない。私は最後まで、ジャグに抵抗する気でいたのよ。現に、ジャグを封印したのは私よ』

「それじゃあ、ジャクルトの戦力が崩れたのは……」

「お母さんのおかげだったんです」


 私は胸を張った。

 勝手過ぎる邪神ジャグを、ぎゃふんと言わせたお母さんが誇らしかった。


『ユリシス、私は貴方や子供たちにもう一度会うための努力は怠らなかったのよ。精霊使いの素質のあるサキには、私の本体であるポロンの木の花で服を作った。それは、サキと契約する為なの』

「……だから、サキの服だけを作ったんだ」

『ユーキ。諸事情があって、私は今のサキの服の大きさを知っていたのよ。貴方を蔑ろにしたつもりはないわ』

「うん。分かってる」


 お兄ちゃんはギュッとお母さんの腕を掴んだ。


「待ってください、何故サキの服の大きさを知っているのですか?」


 お父さんのもっともな質問に、私とお母さんは目を合わせた。そして、二人揃って笑顔を浮かべる。


『それは……』

「秘密です」


 そんな私たちに、お父さんは呆れたような目を向けてくる。


「なんなんですか、あなたたちは……。僕の今までの苦悩は、何だったというんだ」

『ごめんなさい、ユリシス。でも、私。また貴方と暮らせると思うと、とても嬉しいわ』

「……そ、そうですか」


 顔を赤くしたお父さんが、お母さんから顔を逸らす。照れているのだ。


「……まあ、こんな日が来るなら、貴女のご両親に責められたのも、良い思い出になりますよ」

『お父さまたちのことは、謝るわ。私を心配していたのよ』

「それは、分かっています」


 お父さんは、お母さんに対して、どう接すれば良いのか分からないようだった。素直じゃないなぁ。


『さあ、サキ。私と契約しましょう。そうすれば、私はずっと家族のそばにいられるの』

「はい! お母さん!」


 お母さんはお兄ちゃんから離れた。その際に、お兄ちゃんの頭を撫でるのを忘れない。


『さあ、サキ。私の言うとおりに言葉にして。サラ、共に歩む許可を』

「サラ、共に歩む許可を」


 そう言った瞬間、胸が熱くなった。

 お母さんの名前が、私に刻まれていく。そう感じた。


『サキ、貴女を私の契約者として認めます。さあ、これで契約はおしまいよ』

「ずいぶんあっさりしていますね」

「本来なら、精霊の名前を知る過程が長いから。でも、貴女は私の名前を既に知っているでしょう」

「そうなんですか」


 私は、お母さんを見た。

 透明だったお母さんは、契約を終えたからか、体は透き通っていなかった。一見すると普通の人間そのものだ。

 声も、ふわふわした声から肉声になっている。


「ふふ、嬉しいわ。これから皆とずっと一緒に居られるのね」


 お母さんが興奮したように、私に抱きついた。あ、さっきとは違い、体温がある。


「お母さん、精霊は契約すると肉体を得られるんですか?」

「ん? いいえ。普通の精霊は、契約すると契約者以外にも姿が見えるようになるぐらいよ。私が肉体を得たのは、もとが人間だったからね」

「そうなんですか」


 私は納得した。

 ところで、お父さん。なんで、さっきから黙っているんですかね。

 お兄ちゃんもそう思ったのか、お父さんの服をくいっくいっと引っ張る。


「父さん、母さんに何か言わなくていいの?」

「……」


 お兄ちゃんの言葉に、お父さんは無言で返す。

 けれど、視線はお母さんに向いている。

 しばらく逡巡を見せたお父さんは、苦笑を浮かべた。


「参りましたね。こんな日がくるとは思いもしなかったので、何も出てきません」

「ユリシス……」

「ですが……」


 そう区切った後、お父さんは微笑みを浮かべた。今までで見たなかで、最上級の笑みだ。


「お帰りなさい、サラ」

「ユリシス!」


 お母さんが、お父さんの胸に飛び込んだ。

 お父さんはお母さんを抱き留めると、抱きしめた。ラブシーンだ。子供には早い、両親の熱いシーンだ。


「サキ、見ちゃ駄目だ」


 私のもとに歩いてきたお兄ちゃんが、私の目を手で塞いだ。


「お兄ちゃんこそ」


 私もお兄ちゃんの目を手で塞ぐ。

 さあ、子供は見ていないので、存分にラブってくださいよ。どうぞ、どうぞ。


「……何やっているんですか、あなたたちは」


 お父さんの声に、お互いに手を外すともう二人は抱き合っていなかった。ちえー。

 でも、寄り添いあう両親の姿に、心が温かくなる。


「まったく、愉快に育って……」

「ふふ、可愛いじゃない」


 そんな会話ができる両親が、嬉しい。

 お母さんを取り戻すことができたんだと実感するから。

 そして、お父さんとお母さんは、手を差し出した。


「さあ、サキにユーキ」

「帰りましょう。──我が家へ」


 当然のように言われた言葉に、私とお兄ちゃんはキュッと口を引き結んだ後に大きく頷いた。


「はい!」

「今、行くよ!」


 駆け寄った私はお母さんの手を握る。お兄ちゃんはお父さんの手を。そして、空いた手で、私とお兄ちゃんは手をつなぎあった。

 左にお母さん。右にお父さん。真ん中には、私とお兄ちゃん。

 理想の家族の形がそこにはあった。


「お昼がまだでしたね。帰ったら、直ぐに作りますよ」

「私も手伝うわ」

「私も!」

「僕も!」


 賑やかに、シルヴェの森を歩く。

 私たちは七年も離れていた。

 でも、これからは絶対離れないのだ。


「お父さん、お母さん。大好き!」

「ぼ、僕も!」


 嬉しくて見上げれば、見えるのは二つの微笑み。


「私も大好きよ。愛しい子たち」

「……まあ、僕もですかね」


 お父さんは素直じゃないけど。良いのだ。

 だって、お父さんはツンデレだから!

 私は、両手に感じる温もりに、頬をゆるませた。

 これからも、よろしくね! 私の大切な家族たち!


これで、父ちゃんはツンデレでしたは終わりです。

あと何話かの番外編を予定しております。

それが終わったら、完結設定にしようと思っています。

今まで、ありがとうございました!

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