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41.お父さんの思い出話


 あの不遜な男の子が、お父さんだと分かったことは、私の好奇心を大いに刺激した。

 お父さんがお母さんに泣かされた場面は衝撃的だったが、お母さんのお父さんに対する気持ちが軟化したのにはほっとしたけれども。

 お父さん、昔あんな感じだったんだ。

 いかにも、わがままです! といったふうだったもんなぁ。お父さんも、話したがらない筈だよ。きっと黒歴史なんだよ、黒歴史。

 にししと笑えば、ソファーに一緒に座っているお兄ちゃんが不気味なものを見る目で見てくる。酷い。


「サキ、どうしたの。学校にいる時から、百面相してたよ」

「し、してました……?」

「うん」


 それは恥ずかしい。凄く、恥ずかしい。

 だって、だって。お父さんだと確定した男の子のことを考えると、笑いがこみ上げてくるんだよ。

 今の澄ましたお父さんが、昔あんなにも自己中心的な人物だったと思うと。


「ぷふ……っ」

「いきなり吹き出して、大丈夫なの。サキ」

「だ、大丈夫です……っ」

「そうは見えないけど……」


 ああ、お兄ちゃんに言いたい。お父さんのことを、言ってしまいたい。

 でも、駄目。沙樹、お兄ちゃんのなかのお父さん像を壊しちゃ駄目だよ。

 今のお父さんは、子供思いのツンデレなんだから。


「ひとの弱みを握るのって、こんな気持ちになるんですね」

「笑ったかと思えば、いきなり暗いことを言い始めたね」

「くっくっく」

「……父さん、早く帰ってこないかな」


 お兄ちゃんは遠い目をした。


 お父さんが帰ってきた。お父さんを見た瞬間、私はまた吹き出してしまい、こってり絞られた。


「まったく、朝からなんなんですか!」


 お父さんは、ぷりぷりと怒っている。

 朝もお父さんを見て笑ったので、げんこつを頂いた身である。少しは自重すべきだったか。でも、笑いって止まらないんだもん。


「お、お父さん……っ」

「笑いながら、ひとを呼ぶんじゃありません。……なんですか」

「お父さんの、子供の頃って、どんなでしたかっ」

「……よりにもよって、その話題をまたしますか」


 お父さんは無表情になった。

 しまった、踏み込み過ぎたか。

 やはり過去の自分は、お父さんにとって黒歴史なんだ。


「え、へへ」


 私は笑って誤魔化すことにした。


「サキ、顔ひきつってるよ」

「お兄ちゃん、余計なことを言うんじゃありません!」

「ごめん」


 お兄ちゃんはもう少し、空気を読むことを覚えるべきです!

 ほらっ、今の会話でお父さんが呆れ果ててしまったじゃないですか!


「あなたたちは、本当に……」

「父さん、今回のサキの失言に僕は関係ないよ」

「その後の会話で、気が抜けたんですよ……」

「そうなんだ」


 お兄ちゃんの淡々とした言葉に、お父さんは特大のため息を吐いた。


「まったく、僕は愉快な子供たちを持ったものです」


 お父さんはお兄ちゃんを見た後、私に視線を移した。

 な、なんですかね? お説教続行しますか?


「……いいでしょう」

「え……?」


 何がいいんだろう。

 呆ける私に、お父さんは冷たい視線を突き刺す。痛いよ、お父さん。


「昔話ですよ。聞きたいんでしょう。僕の子供の頃の話を」

「え、本当にいいんですか?」


 だって、あの自己中心的男子の話ですよ?

 お父さんの黒歴史ですよ?

 自分で言っておいてなんだけど、いいのかなぁ。


「何を今更……。さあ、ソファーに座りなさい。二人とも」

「僕もいいの?」

「それも今更ですよ」


 お父さんは疲れたように、ソファーに身を沈めた。


「夕食は遅くなりますが、いいですよね?」

「はい!」

「うん」


 私とお兄ちゃんは、お父さんの両隣を陣取った。左が私で、右がお兄ちゃんだ。


「……それで、何が聞きたいんですか」


 私はしゅびっと、手を挙げた。


「お父さんがお母さんに泣かされた後の話を!」

「却下」

「えー!」


 あの後が気になっているのにー!

 走り去ったお父さんの行方はー!


「……父さん、本当に母さんに泣かされたの?」

「ユーキまで……。その話は却下です! 却下!」

「泣かされたんだね」


 お父さん、その反応は自白したも同然ですよ。

 お父さんは、ああもう! と呻いた。


「これだから知恵のついた子供は……!」

「私たちは日々成長しているんですよ」

「ええ、ええ。そうですね……!」


 お父さんにとって、あの出来事はよほど話したくないらしい。

 まあ、盛大に泣いていたからね。年頃の男の子にとっては、嫌な思い出だろう。


「……はあ、まあ、仕方ありません。少しだけ、話しますよ」

「本当!」

「やったね、サキ」


 万歳をする私たちに、お父さんは苦笑する。


「まあ、あの出来事がなければ、僕は魔道具師になっていませんでしたから」

「そうなんですか!」

「ええ。サラに、その、泣かされてしまった後。僕は一週間ほど学校を休みました」

「父さんと母さんは、同じ学校の生徒だったの?」

「ええ、そうですよ。当時は、王都にある王立の学校に通っていました。僕もサラも」


 あの学校、王都にあったんだ。

 どうりで皆、洗練された格好をしていたはずだ。


「まあ、その学校を休んだわけですよ。子供でしたし、羞恥心があったんですね」

「確かに女の子に泣かされたら、恥ずかしいよね」


 お兄ちゃんはうんうんと頷いている。

 お兄ちゃん、お兄ちゃん。男の子に泣かされても、私は恥ずかしかったですよ。私の体験談。こっちにきてからは、そんなことないですけど。


「こほん。それで、学校を休んだ間の僕ですが」

「うん」

「部屋にこもりきりで、屋敷の皆にも心配をかけてましたね」

「屋敷……」

「父さんは、貴族なの……?」


 お兄ちゃんの問いかけに、お父さんは少し顔をしかめた。


「昔の話ですよ。今は田舎に住むしがない魔道具師ですから」


 そういえば、お母さんがお父さんのことを侯爵家とか言っていたような……。

 侯爵家って、凄く位が高いんじゃないかな。そんなに簡単には辞められないよね? お父さん、結構苦労してきたんじゃないのだろうか。


「まあ、家のことはいいんですよ。感謝している点もありますし」

「感謝している点……?」

「……兄がいるんですが、家を出た後も名を名乗ることを許してくれましてね」

「フォーゲルトの名前ですね」


 そう言うと、お父さんは私の頭を撫でた。


「そうですね。フォーゲルトの名前は残してもらえました」

「父さん、僕も」


 お兄ちゃんが頭をお父さんに寄せる。撫でて貰いたいんだ。


「はいはい」

「へへ」


 撫でられたお兄ちゃんは嬉しそうだ。


「まあ、過去の話です。休んで部屋にこもっていた僕は、使用人たちの腫れ物に触るような態度に嫌気がさして、部屋を出たわけです」

「引きこもり終了ですな」

「そうですね。それで、屋敷のなかにいるのも嫌だった僕は、屋敷の外れにあった屋敷の専属魔道具師の工房に辿り着いた」

「父さんと同じ職業だね」

「ええ。そこで僕は身近だと思っていた魔道具が実は複雑な作りになっていると知ったんです」


 日本で言うところの、家電製品の魅力に取り付かれたってことかな。私もテレビとかの構造知らないし。


「魔道具師は偏屈な爺でしたが、腕は確かでした。魔道具の魅力に気づいた僕は毎日、彼の工房に通いましたね。そうしているうちに、偏屈爺も僕に簡単な魔道具なら触らせてくれるようになりました」

「偏屈爺……」

「まあ、彼がいたから今の僕がいるわけです」

「それで、母さんに泣かされたから、結果的に魔道具師になったわけだね」

「ま、まあ、そうですね」


 ほほう。あの泣き去った男の子は、その後魔道具大好きっ子になったんですか。人生とは分からんもんですな。


「うーん、お父さんが魔道具師になったのは、お母さんのおかげですかー」

「そうですが、改めて言われると釈然としません」

「えー、いいじゃないですか。恋の力ですよ! ひゅーひゅー!」

「サキ……」


 お父さんは笑顔のまま、私の名前を呼ぶと拳を握った。

 しまった、やりすぎた!

 ごちんと衝撃が走り、目の前を星が舞う。


「いったー!」

「親をからかう貴女が悪いんですよ」

「サキ、しっかりして! 傷は浅いよ!」


 お兄ちゃんが必死に声を掛けてくれるが、頭の痛みは和らがない。くうっ、バイオレンスなお父さんめっ!


「さあ、僕は夕食の準備でもしますかね」


 痛みに呻く私と慰めるお兄ちゃんを置いて、お父さんはソファーから立ち上がった。くうっ、お父さん冷たい!


「うう。夕食はハンバーグにしてくださいー。卵もつけてくださーい」

「はいはい」

「あ、僕も卵ほしい」

「分かりましたよ」


 お父さんは台所へと向かっていった。


「サキは一言多かったんだよ」

「えー……」


 恋の力は偉大だよ?

 リディアムくんと私は、ラブラブで、リディアムくんはその恋パワーで新たな魔道具作成したじゃないかー。自分で言ってて恥ずかしいけど!


「それに、お兄ちゃんも一言多い時ありますよ」

「そうかな」

「そうですよー」


 なのに、痛い目にあうのはいつも私なのだ。解せぬ。解せぬよ。


「サキ、ユーキ。手を洗ってきなさい」


 台所からお父さんの声がした。


「はーい」

「分かった」


 私たちは素直に従った。

 庭に出ると、夜になったからか空気がひんやりとしていた。昼間の温かさが嘘のようだ。


「……くしゅっ」


 お兄ちゃんが肩を震わせて、くしゃみをした。


「冷えますから、早く手を洗ってなかに入りましょう」


 台所の水を使えば楽なのだが、そうすると火を使う料理があって危ないと使用禁止にされていた。


「水も夜は冷たいですねー」

「うん」


 手を洗い、なかにはいろうとすると。

 緑のぽわぽわが、視界をふさいだ。


「え……?」


 いつもは、一つか二つしか寄ってこない緑のぽわぽわが、今は視界いっぱいにいる。


「サキ、どうしたの?」


 前を行くお兄ちゃんが、立ち止まって聞いてくる。


「そ、それが。緑のぽわぽわ……精霊が」


 ──……を、つけて。


 声がした。風のささやきのような、小さな声が。


「え……?」


 ──……気を、つけて。

 ──危険。危険。

 ──危ないよ、気をつけて。


 切羽詰まっ声たちに、私は戸惑う。

 これは、何の声だろう。そして、何に対しての警告なんだろう。


「サキ……?」

「お兄ちゃん、声が聞こえませんか?」

「声……? ううん、何も聞こえないよ」


 では、この声は私にしか聞こえてないんだ。

 まさか、精霊の声……?

 精霊に警告を受けているの?


 ──危険。迫ってる。

 ──気をつけて。


 ぶわりと、緑のぽわぽわが一斉に空へと飛び立つ。私の視界から、緑は消えた。


「……危険、気をつけて」

「サキ……?」


 嫌な予感がして、私は自身を抱きしめた。


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