24.二人で遊ぼう!
お昼の卵サンドを食べ終わり、私たちは小休憩を挟んだ。
「お腹、いっぱい……」
「たくさん食べましたもんねー」
ソファーで二人並んで、はふーと息を吐く。
「だらしないですよ、二人とも」
洗い物を終えて、これからリディアムくんの待つ研究室に向かうお父さんが、呆れた顔をしている。
「美味しい卵サンドを作るお父さんが悪いのですよー」
「僕のせいにしようとしても、無駄ですからね」
「あいあいー」
「まったく、サキは……。ユーキはお兄さんらしく、サキの真似をしては駄目ですよ」
「わ、分かった」
お兄ちゃん動揺してる。さては私のだらけきった姿を、真似するつもりだったな。
それはお父さんにも分かったらしく、お父さんは深く息を吐いた。
「いいですか、二人とも。僕の子供なら節度ある態度をもって、行動してくださいよ」
「あいー」
「うん」
お父さんは私には疑いの眼差しを向けた。失敬な。私は、やれば出来る子ですよ!
「それでは、僕は行きます。また出かけるのでしたら、気をつけるのですよ」
「はーい」
「うん」
私たちは良い子のお返事をした。
お父さんはやはり、私には疑いを眼差しを向けた。解せぬ。
お父さんが研究室に向かった後、私はお兄ちゃんに聞く。
「これから、どうしましょうか」
「どうする、て……?」
お兄ちゃんは首を傾げた。
「また、出掛けますか? お兄ちゃんが行きたがってた野原、まだ行ってませんし」
「行きたい!」
お兄ちゃんは即答した。
「そうですか。リコット村の野原には面白いお花があるんですよー」
「楽しみ」
お兄ちゃんが乗り気になってくれて、何よりです。
私たちはしばらくゆっくりしてから、出かける準備をするのだった。
また二人で手を繋ぐ。迷子防止に、二人の精神安定剤ともなっている。泥棒野郎への恨みは、深いのだ。
「ふんふんふーん」
私が鼻歌を歌っていると、お兄ちゃんが不思議そうな顔をする。
「何それ」
「鼻歌ですか?」
「鼻歌……やらせてもらったことない」
泥棒野郎は、底辺にまでランクを下げました。
「サキのすること、不思議。サキと父さんのやり取り、遠慮がない。サフォーさまは……」
「サフォーですよ。サフォーくそ野郎でも可です」
お兄ちゃんが泥棒野郎にさま付けしたので、私は思わず訂正した。
「……サフォーは、僕に命令ばかりだった。あれはするな、これは駄目。歌に興味を持つのも許されなかった。ユリシスさまは、歌にご興味がなかったからって」
「とんだ最低野郎じゃないですか」
私の言葉に、お兄ちゃんは面食らった顔をした。
私は何かおかしなことを言っただろうか。いや、言っていない。正しいことしか口にしていない。
「最低、野郎……?」
「そうですよ。子供から楽しみを奪うのは、最低で下劣です。お兄ちゃんは、もっと楽しいことをいっぱい知るべきなんですよ」
「楽しいこと」
「そうです。まずは、うさっちょのテーマ曲を鼻歌で歌えるようになりましょう」
「うさっちょ、好き」
「今、私のなかでお兄ちゃんへの好感度が振り切りましたよ」
「そうなの?」
「はい! お兄ちゃん、大好きです!」
私が笑顔で言うと、お兄ちゃんは泣きそうな顔になった。
「僕も、僕も……好き」
「お兄ちゃん!」
私たちの双子愛は今一つになったのだ。
「サキといると……ううん。サキや父さんといると、不思議。心が、ぽかぽかする」
「それが、愛を向けられる幸せですよ」
私はお兄ちゃんに微笑んだ。お兄ちゃんは、ますます泣きそうな顔になる。
「これが、幸せ……」
「そうです! お兄ちゃん、私たちはお父さんに愛されているのです……たぶん」
「なんで、たぶんなの?」
お兄ちゃんの言葉に、私は顔をしかめてみせる。
「いやー、最近お父さんの私に対する態度が、こうぞんざいと言いますか。子供としては、もっとべたべたに甘やかしてもらいたいんですよねー」
「べたべたに甘やかす父さん……」
お兄ちゃんは難しい顔をした。想像しているのかもしれない。高度な想像力の必要な作業だ。頑張れ。
「……想像、できなかった」
「どんまいですよ、お兄ちゃん」
「どんまい……は、分からないけど、頑張る」
「その意気です」
話ながらてくてく歩いていると、甘い匂いがしてきた。
「良い、匂い……」
鼻をひくつかせるお兄ちゃん。
「野原にあるルナリアの花の匂いですよ」
「ルナリア……」
「綺麗なお花なんですよー」
私はカレンちゃんから教わった情報を、得意げに披露する。
「サキは何でも知っているね」
「えへん、なのです」
お兄ちゃんに誉められて、私は胸を張った。
「ここが、リコット村の野原ですよー」
「ここが……」
辺り一面の花畑に、その周りを囲む広い草地。木登りできそうな木々もたくさん生えている。子供たちの遊び場だ。
「あ……!」
花畑にあるものを見つけ、私はお兄ちゃんから手を離し走り出す。
「サキ……!」
「お兄ちゃーん、これ! これです!」
花畑に座り込んだ私は、七色の綿毛をお兄ちゃんに掲げて見せる。バクダン草だ。
私に追いついたお兄ちゃんは、不思議そうな顔をした。
「それは……?」
「こうするんです!」
私は、バクダン草に息を思いっきり吹きかける。
パンッ、パンッ! と、はじけてキラキラの光を降らすバクダン草。相変わらず幻想的で綺麗である。
「わあ……っ」
驚くお兄ちゃんの目に、七色の光が映り込む。お兄ちゃんの目、キラキラだ。
「これ、なに……!」
興奮気味にお兄ちゃんは、私に質問する。
「バクダン草です!」
本当はミーセス草って言うんだけど、私たち誰もその名前で呼ばないからね。カレンちゃんと私は、はなび草とも呼んでるけど。
「凄い、凄い……っ!」
お兄ちゃんは、七色の光に夢中なようだ。
「お兄ちゃん、ほらお兄ちゃんの分のバクダン草です」
「僕の……?」
「そうですよ。お兄ちゃんも、バクダン草を煌めかせるのです」
私が一つのバクダン草をお兄ちゃんに差し出すと、お兄ちゃんは恐る恐る手を伸ばす。
「ささっ、ふーと息を吹きかけてください!」
「う、うん」
お兄ちゃんは、そっと息を吹きかける。バクダン草はびくともしない。
「お兄ちゃん、もっと強く吹くんですよ。ロウソクを消すみたいに」
「蝋燭、僕消したことない……」
泥棒野郎は、本当にお兄ちゃんを真面目に育てたのだろうか。馬鹿なのだろうか。泥棒野郎への怒りが増していく。
「お兄ちゃん、悲しそうな顔しないでください。私まで悲しくなります」
「サキ……」
「そうですねー、泥棒野郎……サフォーの野郎への怒りをぶつけるように吹いてみてください」
「怒り……」
「いっぱい、怒っていいんですよ。お兄ちゃんは、サフォーの野郎のせいで楽しいことも楽しめなかったんですからね」
「うん、僕楽しいことなかった」
「その楽しいことは、これから私たちとしていくとして。まずは、あいつへの怒りをぶつけるんです」
「うん……!」
お兄ちゃんは眉間に力を入れると、思いっきり息を吸い込んだ。
そして──。
「ふー……!」
七色のバクダン草が、パンッと破裂し七色の光を振りまく。
「できた!」
七色のキラキラに負けないぐらいの、輝かんばかりのお兄ちゃんの笑顔が見れた。こんなに笑顔全開のお兄ちゃん、初めてだ。
「サキ、泣いているの……?」
私は、お兄ちゃんの不安そうな言葉で、頬が濡れていることに気がついた。
私は服の袖で、目をごしごしとこする。
「な、泣いてなんかいません!」
「悲しいの?」
「悲しくもありません! むしろ……」
「うん」
まだ不安そうにしているお兄ちゃんに、私はさっきのお兄ちゃんに負けないぐらいの笑顔を浮かべる。たぶん、それぐらいの笑顔のはずだ。
「私、嬉しいんです!」
「嬉しい……」
「はい! お兄ちゃんが笑ってくれて、凄く心が満たされました」
「幸せ、になった?」
「なりましたとも!」
お兄ちゃんが笑った。あんなにも素敵な笑顔で。
初めて会った時は、人形のように無表情だったのに。
そう、お兄ちゃんは人形じゃない。人間で、まだ子供で、幸せを甘受すべき存在なんだ。
「お兄ちゃん、バクダン草。いっぱい、探しましょうね!」
「うん!」
それから私たちは、バクダン草を探し回った。
そして、お腹が空く頃。手を繋ぎ、家路を辿る。
その頃には、お兄ちゃんはうさっちょのテーマ曲を鼻歌で歌えるようになっていた。お兄ちゃん、器用ー!
家の前で、お父さんとスーツ姿の斉藤さんが話していた。
斉藤さんがいるということは、うさっちょのお菓子が……!
喜ぶ私とは裏腹に、お兄ちゃんは警戒しているようだった。
「誰だろう……?」
「斉藤さんですよ。うさっちょのお菓子をくれる人です!」
「うさっちょの……!」
さすが、うさっちょ。お兄ちゃんの警戒心をあっという間に、解いてしまった。
「やあ、沙樹さん。それと、ユーキくんだね。お父さんから話は聞いているよ」
私たちに気付いた斉藤さんが会釈する。
「斉藤さん、こんばんは!」
「……こんばんは」
私とお兄ちゃんも、会釈した。
「はい、こんばんは。沙樹さん、お菓子今回はたくさん持ってきましたからね」
「ありがとうございます!」
私はぴょんぴょん跳ねて喜びを表した。お兄ちゃんと繋いだ手が、うねうねする。
「サキ、痛い」
「ごめんなさい、お兄ちゃん!」
私は素直に謝った。
「では、ユリシスさん。これで……」
「ええ、いつもありがとうございます」
お父さんたちは握手をして、斉藤さんは私たちに手を振り去っていく。
「さ、二人とも。泥だらけですよ。手を洗っていらっしゃい」
「はい」
「うん」
私たちは、井戸へと向かった。
「今日は楽しかったですねー」
「うん、楽しかった」
「うさっちょのお菓子、楽しみです」
「早く食べたい」
二人、うきうきと手を洗っていると、家の窓からお父さんが顔を出した。
「二人とも。もう夕食ですので、今日はお菓子は駄目ですからね」
「えー!」
「そんな!」
ショックを受ける私たちに、お父さんは喉で笑う。
「今日は食べない。約束ですからね」
「うわーん」
「うさっちょが……」
私とお兄ちゃんは、うなだれるのだった。
お父さん、酷い!
言い返したら、何倍もの嫌みで返されるから、文句は言わないけど!
でも、うさっちょ……!
うわーん!




