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1.ファンタジーは突然に


 目が覚めた。朝だ。十四歳の朝が、やってきた。

 なのに、私はベッドから身を起こした状態で壁を睨みつけていた。眉間に皺も寄っている。

 元々、寝起きが良くない上に、夢見が悪かったのだ。気分は最悪だ。

 せっかくの誕生日なのに。

 ぎゅうぎゅうに握る布団には、大好きなお菓子メーカーのイメージキャラクターがプリントされている。

 普段ならば、うさぎをモチーフにしたうさっちょという名前のキャラクターを見るだけで、気分は高揚するのに。今は駄目だった。

 むううと、口を引き結んで、私はベッドから下りる。

 こういう時は、部屋にある姿見を見るに限る。

 鏡のなかには、肩口で髪を揃えた、日本人特有の黒髪黒目の女の子がいる。目は、パッチリとした二重だ。叔母さん曰く、お母さん似だという。髪の毛のサラサラ感はお父さん譲りだ。

 私は、こうやって鏡を見るのが好きだ。ナルシストというわけではない。私はそこまで、可愛いわけではないし。

 ただ、幼い頃の記憶が曖昧な私には両親の記憶がない。

 叔母さんが言うには、二人とも生きているらしいけれど。きっと、物心つく前に生き別れたのだと思う。

 まだ若い叔母さんに、我が子を託した両親の真意は分からない。けれど、叔母さんからは二人の悪口を聞いたことはない。

 ただ、両親のことを話した時、悲しそうにしていたのが印象的だった。

 まあ、それはともかく。私は、鏡のなかに映る自分に両親の姿を探すのが好きなのだ。少しでも、血の繋がりを感じたい。だから、私は鏡が好きだ。


「うん、元気出た!」


 両親の姿を求めているうちに、気分は浮上してきていた。

 うん、せっかくの誕生日。そして、そこに休日が重なったのだ。良い気分で過ごしたいではないか。

 私は、口の両端を左右の人差し指で上げる。

 私をいつも見守ってくれている叔母さんには、笑顔を見せたい。笑顔、笑顔。


「……よし!」


 気合いを入れた私は、クローゼットへと向かった。


 着替えを済ませたら、一階にあるリビングに向かう。因みに私の部屋は二階にある。

 リビングには仕事が休みの叔母さんが、朝食の準備をし終えて、寛いでいる筈だ。朝の挨拶をせねば。

 階段を下りて、すぐ近くにあるリビングの扉に手を掛けた。


「まりあ叔母さん、おはよう、ござい、ま、す……」


 私の朝の挨拶は、尻すぼみに小さくなっていった。

 だって。

 だって。

 我が家のリビングに、異色の人物が居たのだから。

 私は無言で扉を閉めた。そして、周りを見渡す。花の絵が飾られた廊下に、毎朝叔母さんが手入れしている鉢植えが置かれた靴箱のある玄関。見覚えのありすぎる光景だ。

 良かった。ここは、小さいながらも一軒家である桜木さん宅だ。我が家だ。

 よし、私はおかしくなってはいない。私の名前はなんだ。桜木沙樹だ。中学二年生の女の子だ。

 ここはどこだ。山あいにある小さな村のなかに建つ、桜木さんのリビング前だ。


「大丈夫、大丈夫」


 私は、何度も深呼吸した。

 そして、再びリビングの扉を開ける。

 リビングは、テレビがありソファーがあり、テーブルがある。いつも通りの配置だ。

 ただ、おかしいものが見える。

 まず、まりあ叔母さんが立ち尽くしている。いや語弊があった。まりあ叔母さんは、おかしいものではない。私の大切な家族だ。今年二十二になるまりあ叔母さんは、栗毛色の柔らかい髪を背中に流している。身内の欲目を抜いても美人さんだ。

 おかしいのは、まりあ叔母さんが凝視している先にいた。

 それは、人間だ。若い男だ。まりあ叔母さんより、一つか二つ上ぐらいの歳だろうか。

 金髪碧眼の、見目麗しい男性が我が家のリビングに土足で立っていた。そう土足で、だ。

 高そうな皮のブーツは、スラリとした長い足を包み、我が家のフローリングと庶民の矜持を持つ私の心を傷つけていた。

 その足は、白いなんだろう。ファンタジー映画で見るようなロングコートから伸びている。そう、金髪の男性は物語に出てくる「騎士」のような格好をしていたのだ。

 帯剣はしていない。それはそうだ。銃刀法違反になる。しかし、剣があればさぞかし様になるであろう出で立ちだ。

 私は、我が家のなかにいる異質な男性を、警戒しつつリビングに入る。幸いにも、気づかれてはいないようだ。

 この現代日本で、騎士の格好とは。コスプレなのだろうか。外国から日本に来て、羽目を外したのだろうか。そんな外国の方が、何故我が家にいる。疑問は尽きない。

 そして、何よりも気にくわないのは、男性のまりあ叔母さんを見る目だ。

 熱い。火傷しそうなほどの熱い眼差しを、まりあ叔母さんに向けている。

 まりあ叔母さんは、私にとって大切な人だ。男性はまりあ叔母さんの何なのだ。何故そんな目で、焦がれるような眼差しをまりあ叔母さんに注ぐのだ。

 私に気づかない筈だ。彼は、まりあ叔母さんしか見えていない。

 まりあ叔母さんもまた、男性のことしか見えていないようだった。長い睫毛を震わせ、口元を震える両手で覆う。


「ユー、ジーン……?」


 まりあ叔母さんが、誰かの名前らしきものを口にする。

 そうして、止まっていた時間が動き出す。


「そうだよ、マリア。僕だ、ユージーンだ」

「……うそ」

「嘘なんかじゃない。僕は幻でもない。実在している。君に、会いに来たんだよ。やっと、許されたんだ」

「戦争は、終結したのね……? 私たち、帰れるの……?」

「ああ、終わった。僕らの苦しみも、もう終わりにしよう」


 男性はまりあ叔母さんの名前を知っていた。二人は、知り合いなのだろうか。

 だけど、言っている内容が分からない。

 戦争? どういうこと? 男性は危険な地域の国から来たのだろうか。

 でも、まりあ叔母さんの口振りからすると、まりあ叔母さんは戦争のあった国にいたような雰囲気だ。

 どういうこと? 私たちは、平和な日本生まれの日本育ちじゃないの?

 帰るって、どこに?

 ああ、また混乱してきた。理解が追いつかない。待って、少し待ってほしい。

 男性は何者で、まりあ叔母さんは何を知っているのだろう。

 男性が一歩を踏み出す。またフローリングに傷が付く。弁償してもらえるのだろうか。

 まりあ叔母さんもまた、男性へと近づく。


「ごめん、マリア。七年も待たせてしまった……」

「ユージーン……!」


 私の大切なまりあ叔母さんが、男性の胸に飛び込む。私は衝撃を受けた。

 そして、理解する。

 二人は知り合いどころじゃない。二人は、きっと……。


「マリア、愛している。ずっと君のことを考えていた」

「ユージーン、私もよ。見知らぬ世界でも、貴方や沙樹の存在が私を支えてくれた」


 まりあ叔母さんの髪が揺れる。男性が叔母さんを抱きしめたのだ。私の目の前で。

 二人は熱い抱擁を交わし、そして見つめ合う。

 二人の顔が近づき、距離がゼロになった瞬間。思考はオーバーヒートし、現実を受け入れられない私は意識を失った。


 今日は、私の十四歳の誕生日。

 朝はまりあ叔母さんと二人でゆっくりと過ごし、昼は二人でショッピングに出掛けて、夜はバースデーケーキを囲む筈だった。

 だけど、現実は違った。

 突然現れた、ファンタジー満載な男性が、私の日常を壊してしまうのだ。

 今はまだ、気絶したままの私は、自分の運命が動き出したのを知らないまま。

 ただ、ただ、混乱のなかにいるだけだった。


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