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16.リディアムくんとの決着


 翌日の午後。私は、庭の木陰で空を見上げていた。

 青い空には、鳥たちが飛んでいる。平和な光景だ。私の心中とは裏腹に。

 目の前を緑色のぽわぽわが、ふよふよと浮いて流れていく。精霊も平和そうだ。

 私は、ドキドキが止まらないというのに。


「リディアムくんの手、あったかかった……」


 呟き、一人赤面する。

 慌てて周りを見る。良かった、誰もいない。今の聞かれていたら、恥ずかしすぎる。

 昨日、リディアムくんと手を繋いで帰った後に、家に着くとリディアムくんは自然と手を離した。

 そして、はにかみながらこう言ったのだ。


「サキの手、ちっちゃくて可愛いね」


 何の邪気もない言葉に、私は呆然と研究室に向かうリディアムくんを見送ったのだった。


「あんな十歳児、嘘だ……」


 私は両手で顔を覆う。

 私が十歳の頃何してたっけ。……勉強に追われてたよ! 男の子に泣かされてたよ!

 同い年の男の子たちだって、あんなんじゃなかったよ!


「うう……、私はなんという相手に親指を立ててしまったんだ」


 私はがくりとうなだれた。

 リディアムくんは、並の相手ではないと痛感しながら。


 その日の夕食。

 お父さんがいつになく、機嫌が良かった。


「お父さん、お父さん。そんなに笑顔で何か良いことがあったんですか?」


 私は食卓に出た、赤い悪魔の入ったサラダと格闘しながら聞いた。


「何か引っかかりますね」

「気のせいですよ」


 そうそう、気のせい。お父さんが笑顔全開で、気味が悪いとか思ってないですよー。


「……トマト、僕の分もあげましょうか?」

「いえいえ、お父さんの栄養を奪うような親不孝な子供ではないので」

「遠慮しなくてもいいのですよ。子供の栄養を考えてこその親ですから」

「いえいえ、いえいえ」

「もう二人とも、ふざけるのはそこまでね」


 私とお父さんのやりとりを、呆れて見ていたまりあ叔母さんが止めに入る。助かった!


「僕は真面目ですが」

「もう、いいから! それより、兄さん。本当に何があったのよ」


 まりあ叔母さんが本題に戻してくれた。感謝感謝である。

 お父さんは赤い悪魔もとい、トマトをかじり咀嚼する。


「実は、最近のリディアムが今まで以上に真剣に修行に身が入るようになりましてね」

「ぐふっ!」


 油断してた時にリディアムくんの名前が出て、私はむせてしまう。


「おや、サキ。どうしました?」


 お父さんが不思議そうに聞いてきた。


「い、いえっ、何でもないです……」


 私は誤魔化すしかない。

 お父さんは、幸いなことに追求してこなかった。


「そうですか。詰まらせないように気をつけなさい」

「はい……」


 私はコップに入った水を飲み、自身を落ち着かせる。


「リディアムくんが弟子として優秀だから、それで機嫌が良かったのね」

「べ、別に僕は機嫌が良くなど」

「いいの、いいの。隠さなくても」

「マリア、聞きなさい」

「はいはい。それで、自慢の弟子はどう優秀なのよ」


 まりあ叔母さんに軽くいなされ、お父さんは少しだけ不機嫌になった。


「……課題として出していた魔道具の進捗状況が、予想以上に早いのですよ」

「へえ」

「最近のリディアムは、落ち着かない様子だったのですが。何かにふっきれたようですね」

「へー、そうなの」


 そこで、まりあ叔母さんが私を見てくる。な、何ですか。


「師匠としては、喜ばしいことです」

「よ、良かったですね。お父さん」

「ええ。サキも、リディアムに負けずに勉学に励むのですよ」

「は、はい」


 内心どぎまぎしながら、私は返事をした。

 うう、心臓に悪いよ。



「で、どうなの?」


 夕食の後、私が部屋に戻るなり訪ねてきたまりあ叔母さんが、開口一番にそう言った。


「ど、どうとは……?」

「だーかーら、リディアムくんとは、どうなってるのか聞いているのよ」

「ぐ……!」


 ベッドに腰掛けた私はうさっちょのぬいぐるみを、力いっぱい抱きしめた。


「その様子だと、何かしらの進展はあったのね?」

「あ、あったというか……」


 私はもじもじしてしまう。


「つまり、あったわけね」


 断言されてしまった!

 私は、今までのあれこれを思い出し、顔が熱くなるのを感じた。


「沙樹」


 まりあ叔母さんに優しく名を呼ばれ、私は顔を上げた。

 まりあ叔母さんは、微笑んでいる。


「まりあ叔母さん」

「沙樹。私は嬉しいの」

「嬉しい……?」


 からかわれるだろうと思っていた私は、思いがけない言葉に目を瞬かせる。


「そう。だって、日本にいた頃の貴女。同年代の男の子を敵だと思っていたでしょ?」

「う……」


 言い当てられ、私は言葉に詰まる。

 日本にいた頃の私は、同年代の男の子が本当に苦手だった。

 小学校時代に散々からかわれてきたので、苦手意識が根付いていたのだ。

 中学校に入ってからも、目を見て話せなかったし、あまり会話をした記憶もない。お互いに敬遠していたように思う。

 まりあ叔母さんは、そんな私をずっと心配してくれていたのだろうか。


「沙樹が、リディアムくんと普通に話せている姿を見た時、凄く驚いたわ」

「それは……リディアムくんは、私を馬鹿にしませんでしたし」


 むしろ、お父さんとの仲を取り持ってくれた恩人だ。

 苦手意識など持ちようがない。


「うん。だから、嬉しくてね。学校に行くようになったら、お友達も増えて。私、安心したわ」

「まりあ叔母さん……」

「本当に、リディアムくんにはいくら感謝しても足りないぐらいよ」

「そうですね」


 私の男の子への苦手意識を和らげてくれたのは、リディアムくんだと思うから。


「だ、か、ら」


 まりあ叔母さんは、にやりと笑った。

 ……嫌な予感がする。


「沙樹とリディアムくんが、仲良くなってくれたら、もーと嬉しいなぁって」

「ま、まりあ叔母さん!」

「やだ、沙樹ったら。そんな大声出したら、兄さん来ちゃうわよ」

「ぐ……っ」


 お父さんの登場はまずい気がする。本能的に。


「リディアムくんは将来有望株よー。なんたって、一流魔道具作成者の弟子なんだから」

「き、気が早いです!」

「プロポーズしたのに?」

「そ、それは……っ」


 痛いところをつかれて、私はうろたえる。

 まりあ叔母さんは、私の両肩を叩いた。


「ね、沙樹。恋は素敵よ。苦しいこともあるけど、新しい世界を見せてくれるの」


 それは、ユージーンさんとのことだろうか。


「私。沙樹には、素敵な恋をしてほしいの」

「か、考えてみます……」


 それだけを言うのが、今の私では精一杯だ。


「ん、今はそれでいいの。沙樹の世界は無限に広がっているんだからね」

「……はい」


 まりあ叔母さんは私の頭を撫でると、部屋を出て行った。

 私は、ぽすんとベッドに横になる。


「恋、か……」


 それは、どんなものなのだろう。


 翌日の学校帰り。私は、ピンチに陥っていた。

 目の前に、リディアムくんがいる。

 私は、カレンちゃんたちと別れたばかりで、一人だ。

 まだ、リディアムくんと会う覚悟は出来ていなかった私は、固まってしまっていた。

 リディアムくんは、真剣な目をして私を見ている。リディアムくんは覚悟を持って、私と対峙しているのだと分かる眼差しだ。


「サキ。大事な話があるんだ」

「は、はい」

「一緒に来てほしい」


 リディアムくんの言葉には、有無を言わせぬ響きがあり、私は頷くことしか出来なかった。


 リディアムくんに連れられた場所は、以前カレンちゃんと遊んだ野原だった。

 周りには誰もいない。リディアムくんと私の二人きりだ。


「あ、あの……」


 私が声を掛けると、リディアムくんが振り返った。

 少し緊張した顔をしている。


「サキに、受け取ってもらいたいものがあるんだ」

「わ、私に……?」


 何だろう。

 リディアムくんは、ローブのポケットを探っている。

 そして、取り出したのは二つのペンダントだった。ルビーのような赤い石が付いている。綺麗な色だ。リディアムくんの色だ。


「これ、魔道具なんだー」

「このペンダントが……?」

「うん。師匠から課題に出されてた、小型の通信機。届く範囲は狭いけど、このリコット村なら届くよ」


 お父さんが誉めてたのは、このペンダントだったんだ。


「この通信機は、繋がってる。僕、片方をサキに持っていてもらいたいんだ」

「え……?」


 良いのだろうか。リディアムくんが頑張って作ったペンダントを、私がもらっても。

 躊躇う私に、リディアムくんは目に宿す力を強めて、口を開く。


「サキ」

「は、はい!」

「僕は、君と繋がっていたい。いつでも、君と話せるようになりたい」


 リディアムくんの言葉に、私は息を呑む。だって、リディアムくんの言っている内容は、まるで……。


「僕、君に告白しているんだよ」


 まるで、私の心を読んだかのようにリディアムくんは言った。

 そして、リディアムくんはゆっくりと右手を上げる。


「あ……」


 思わず、声が出る。

 リディアムくんは、親指を立てていたのだ。

 最上級の愛の告白。いつだったか、まりあ叔母さんが言っていた言葉。思い出し、顔が赤くなる。


「リ、リディアムくん……」

「好きだよ、サキ」


 そう言って、リディアムくんはふわりと笑う。

 私は、その顔に見惚れた。

 そして、理解する。

 私は、とっくにリディアムくんに恋をしていたのだと。

 私は、リディアムくんが好きなんだ。


「あ、あの……!」


 私は、震える手で右手を上げた。親指を立てて。

 二度目のそれは、自覚がある分羞恥心が凄かった。でも、躊躇いはない。

 リディアムくんは、両目を見開き。そして、恥じらうようにペンダントを差し出す。

 私は、ペンダントを受け取った。心臓は、早鐘のように早い。けど、幸福感でいっぱいだった。


「毎晩、お話しようね」

「はい!」


 私たちは、お互いに赤い顔で微笑み合った。


 まりあ叔母さん。私、素敵な恋が出来そうです!


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