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9.新たなる朝とお留守番


 ユリシスさんもとい、お父さんと和解してから、私の部屋はあの子供部屋に変わった。

 小さな体には子供部屋の方が何かと便利だし、せっかくお父さんが用意してくれた部屋を使いたいという子供心もある。

 見方が変われば、お父さんは大変分かりやすいツンデレなんだと理解できたし。

 うん。今までと違い、良い目覚めだ。

 私は勢いよくベッドから降りた。

 鏡を見る習慣も復活した。子供部屋には大きな姿見があって、助かる。

 うん、今日もお父さん譲りの黒髪はサラサラだ。満足満足。


 変化は、和解だけじゃない。

 私はあれほど嫌がっていた、ピンクのフリルワンピースを着るようになったのだ。

 羞恥心は、ある。あるけど、ワンピース姿を披露した時に、お父さんが見せた嬉しそうな顔。あれを見てしまっては、着るしかないのだ。

 まりあ叔母さんにも好評だったし。

 そして、もう一つの変化がある。

 私にも仕事が出来たのだ。

 それは、赤い悪魔……こほん。トマトの苗を育てることだ。

 お父さん曰く、好き嫌いを無くすには、その食べ物に愛着を持つべきだと。

 苗から自分で育てて、収穫すればトマトへの苦手意識が少しは治まるのではないかということだ。

 ちなみに、この苗は日本から持ち込まれた春トマトだそうだ。他にも色々入ってきているらしい。

 井戸の蛇口で顔を洗い、私はじょうろに水を入れて、苗の植えられた鉢植えに水をやる。よし、終わり。


「赤い悪魔に水やり、完了ー」


 ふんふんと鼻歌を歌いながら家に入ると、お父さんが嫌そうな顔をしていた。


「その呼び名、どうにかしなさい」

「えー……」

「えーじゃ、ありません。僕は不愉快ですよ」

「じゃあ……トマト、ぐっちゃぐっちゃにー」

「馬鹿ですか」


 お父さん酷い。一刀両断だ。

 私は、眉間に皺を寄せて食卓に着いた。

 そうそう、食卓にも変化があった。お父さんが、私の嫌いなものをそのまま出すんじゃなくて、調理を工夫してくれるようになったのだ。

 例えば、トマトは細かくしてドレッシングに混ぜたり、他のものもハンバーグに混ぜたりと、色々やってくれている。感謝感謝である。


「いただきます」

「いただきます」


 私とまりあ叔母さんは、両手を合わせた。


「……いただきます」


 今のは、私たちじゃない。なんと、お父さんだ。お父さんが日本式の挨拶をしてくれるようになったのだ。


「……なんですか、じろじろと見てきて。気味の悪い」

「ううん、何でもないわ。兄さん」

「はい、何でもないです。お父さん」

「そうですか? なら、いいのですが……」


 私とまりあ叔母さんは顔を見合わせて、ひっそりと笑った。


「ああ、そうです。サキ」

「なんですか、お父さん」

「改めて言いますが、僕の研究室には絶対に入らないでくださいよ。邪魔ですから」

「分かりました」


 私はあっさりと頷く。

 今なら分かるのだ。お父さんの研究室には、危ない魔道具もたくさんあって、私に怪我をさせたくないからキツく言っているのだと。


「お父さん、私絶対近づかないですよ!」

「ええ、それでいいんです」


 お父さんはにっこりと笑った。いつも笑っているような顔だけど、これは本物の笑顔だ。

 分かりやすい。本当に分かりやすいよ、お父さん。


「あ、沙樹。私、お隣さんからお料理を教わりに行くことになっているの。一人でお留守番、出来る……?」


 まりあ叔母さんが食事の手を止め、心配そうに言う。

 まりあ叔母さん。私は中学生の心を持つ七歳だよ。何を言っているの。


「お留守番ぐらいできますよ! 任せてください!」


 私は、かじりついていたパンを飲み込むと、親指を立て言い放つ。


「……サキ。不審な人物を家に上げてはいけませんからね」

「分かっています、お父さん」

「お菓子につられても、駄目ですよ」

「当然です、お父さん」

「あと、人様に親指を立ててはいけません。あちらではどうだったか、知りませんが……」

「こっちでは、どういう意味で……」

「ばーか、ばーか、お前の祖先呪うぞ……という意味になります」

「マジですか」


 異世界に、日本の常識を持ち込むのは危険そうだ。気をつけよう。


「兄さんったら……」


 何故か、まりあ叔母さんが呆れたような視線をお父さんに向けている。


「僕は、本当のことしか言っていませんよ」

「はいはい。そういうことにしましょう」


 どうやら結論が出たようだ。

 私は小さなフォークで、ソーセージを刺しながら、異世界生活初のお留守番を頑張ろうと思うのだった。


 まりあ叔母さんは、昼近くになると出掛けて行った。

 お父さんは居間のソファーで小さな魔道具を弄っていた。私はその隣で、お父さんの様子を見ている。


「見てても、何も面白くないでしょう?」

「ううん。魔道具見るの楽しいですよ! それに、お父さんのお仕事姿かっこいいですし」

「……そう、ですか」


 あ、今。お父さん照れた。そんな些細な変化も分かるようになって、嬉しいなぁ。

 和やかに話していると、外から声がした。


「師匠ー、修行しーましょー」


 間延びした声。リディアムくんだ。


「リディアムが来ましたね。サキ、僕は今から研究室にこもります」

「はい、お父さん」

「いいですか、誰がきても警戒は怠らないように」

「分かりました!」


 私に何度も念を押して、お父さんはリディアムくんと仕事場へと向かって行った。

 私は、玄関の扉に鍵を掛けると、ある部屋に向かう。


「よいしょ」


 扉を開けて、なかを覗き込んだ。

 部屋のなかは、色んなもので溢れている。ここは物置部屋なのだ。


「えーと……」


 部屋のなかを、目当てのものを探して歩き回る。探し物はほどなくして見つかった。


「あった! 画用紙!」


 丸められて置かれている画用紙を、二、三枚抱え私は部屋から出て行く。物置部屋にあるもので危険のないものなら、自由に使って良いと言われている。

 私はうきうき気分だ。

 居間に戻ると、床にどーんとうつ伏せに寝転んだ。

 そしてあらかじめ用意していたクレヨンが入った箱を置き、画用紙を一枚広げる。

 今こそ、私の画家魂が唸りを上げる時!

 私は広げた画用紙に、ピンクのクレヨンを縦横無尽に走らせた。


「ふんふんふーん」


 ご機嫌に絵を描いていく。

 一度やってみたかったのだ。小さい子みたいに、寝転んでの落書きを。中学生になってしまってからは、歳を考えると出来ないし。私の小学生時代は、勉強に四苦八苦だった。

 だから、今の私でやってみようとおもったわけなのである。私の小さい頃は、今だ。


「うさっちょ、可愛いなー」


 足をぶらぶらさせながら描いているのは、私が大好きなお菓子メーカーのイメージキャラクターだ。マシュマロをコンセプトにした、女の子のうさぎさんだ。名前は「うさっちょ」という。

 なかなか上手く描けている気がする。


「……あー、うさっちょのお菓子食べたい」


 異世界にきて、一週間とちょっと。私はうさっちょの甘いお菓子に飢えていた。

 と、私がうさっちょに思いを馳せていると、ノッカーが鳴った。誰か、きた!


「ごめんくださーい」


 男の人の声だ。私は固まった。

 お父さんたちから、今日は来客があるとは聞いていない。

 つまり、突然の訪問者だ!


「フォーゲルトさん、いらっしゃいますかー?」


 ど、どうしよう。出てもいいのかな。村の人かもしれないし。でも、お父さんからは警戒は怠るなと言われている。

 ここは異世界。私は、まだここの常識をよく知らない。


「フォーゲルトさん? いないのかな……」


 男の人は、帰ってしまいそうな雰囲気だ。もし、扉の向こうにいる男の人が大事なお客さんだったら……。

 ひ、引き止める、べきかな。

 私が完全に混乱状態になった時。男の人は、またノッカーを叩いた。


「フォーゲルトさん、斉藤ですけど」

「え……!」


 突然出た日本人名に、私は思わず声を上げてしまった。

 その声は、男の人にも聞こえたようだ。


「あ、もしかして沙樹さんいるんですか? あの、境界まで送った斉藤です」

「あ……!」


 私は扉に駆け寄り、鍵を外した。

 そうだ、この声。私とまりあ叔母さんを、境界の桜まで案内してくれた人のものだ。

 確か、ユージーンさんが「サイトウさん」と呼んでいた。

 扉を開けると、そこには紺色のスーツを着た見覚えのある姿が。

 男の人──斉藤さんは、にっこりと微笑んだ。


「やあ、沙樹さん。お元気そうで何よりです」

「あ、はい。その節は、お世話になりました」


 私はぺこりとお辞儀した。


「どうですか、時間が巻き戻ったあとの体は。不調などないですか?」

「は、はい。快調です」

「それは良かった。実は、今日は沙樹さんたちの様子を見に、日本から来たんですよ」

「そうだったんですか」


 斉藤さんは、ちらりと家のなかを見た。


「ですが、保護者の方はおられないようですね」

「あ、お父さんはいます。ただ、研究室の方に行ってて……」

「そうですか。では、あとで顔を出しておきます。と、その前に……」


 斉藤さんは、ずっと抱えていた大きめの包みを私に差し出した。見るからにプレゼント用の包装がされている。


「あ、あの……?」

「本来なら、沙樹さんの誕生日にこれが贈られる筈だったと聞いています。帰還を急かした我々からの、お詫びの品だと思ってお受け取りください」

「あ、はい……」


 私は、包みを受け取った。


「開けてみてください」


 斉藤さんに言われて、包みを剥がす。そして、なかから出てきたのは──。


「うさっちょのぬいぐるみだー!」


 私はふわふわのぬいぐるみに抱きついて、ぴょんぴょんと跳ね回る。それだけ、私のなかでのうさっちょの地位は高いのだ。


「ありがとうございます!」

「喜んで頂けたようで、嬉しいですよ」


 うさっちょだ。うさっちょが、私の腕のなかにいる。なんたる至福。

 私が幸福に酔いしれていると、リーンリーンという音が家のなかから響いた。

 通信機の音だ。通信機とはお父さん作の魔道具で、その名の通り通信用である。家のなかにある通信機は、お父さんの研究室と繋がっている。


「ちょっと、待っててください」

「はい」


 私は筒状の魔道具を取り、先端の穴に耳を当てた。


「お父さん、どうしました……」

『サキ! 家のほうから、貴女の大声が聞こえました。何かあったんですか!』

「うさっちょがもらえました!」


 プレゼントに浮かれた私は、ありのままに話した。

 そうしたら、通信機の向こうからお父さんの低い声がした。


『サキ。来客があったのなら、まずは僕に知らせなさい! 何の為の通信機ですか!』

「は、はい……!」


 私は、怒れるお父さんに説教されるのであった。


 結局、研究室から戻ってきたお父さんは、斉藤さんといくつかの話をしていた。

 私はその横で、うさっちょのぬいぐるみを堪能していたけど、話が終わったお父さんからまた怒られるはめになった。


「お菓子だけではなく、物につられるのも駄目ですよ! あと、浮かれすぎです」

「はい……ごめんなさい」


 お父さんに謝罪をして、私のお留守番は終わったのだった。

 斉藤さんは怪しい人じゃないという言葉は、お父さんには通用しないんだろうな。

 はあ……。


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