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お題SS  作者: 湯城木肌
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この関係に名前を付けるとするならば

お題「この関係に名前を付けるとするならば」

shindanmeker.com/392860から


 誘拐犯と被害者。

 それ以外に適した言葉はないだろう。

 祐三を潤んだ目で見上げてくる少女との関係は、それでしかない。

 先程までは確実にそうだった。


 三十分程前、大きなランドセルに抱きつき一人で下校していたこの少女を車に連れ込み、廃墟まで連れてきた。その間少女は一言も声を上げなかった。祐三のようなガタイがいい男に無理矢理連れ去られ、怯えているのだろうと少し同情した。しかしやることをやらねば、誘拐をした意味がないと雄三は気を引き締める。


 そこまでは良かった。少々手こずりはしたが、初めての誘拐にしては意外と上手くいったほうだったろう。

 そのあと少女の両親に身代金を請求しようと電話番号を訊ねる。すると少女はじっと祐三を見上げた後、口を開いた。


「結婚してください!」


「はあ?」

唐突な告白に祐三は目を丸くした。

「私と! 結婚してください!」

「待て待て待て待て。お嬢ちゃん、この状況わかって――」

「お嬢ちゃんじゃない。 木下実花って、ちゃんとした名前があるよ」

 少女は自身の左胸部分に着けている名札を引っ張って訴える。そこにはしっかり学校名と学年と名前が記されていた。

 身長からして4年生以下だと祐三は思っていたので、6年の表記には素直に驚いた。自身が小学生のころは一学年違うだけで大きな差を感じたものだが、いざ大人になって見てみると違いがわからないものらしい。小学校を卒業して20年近く経っているのだから当たり前かもしれない。


「すまなかった、実花ちゃん。それで」

「結婚してくれるの?」

 愛の告白は遠慮なしに続く。

「だから待て。お前は」

「実花」

「実花ちゃんはこの状況をわかっているのか?」

「わかってるよ。おじさんは私を誘拐してる。そうでしょ?」

「ああ、そうだが」

 少女の勢いに気圧されつつ、雄三は答える。


 先程連れてこられた時黙っていたのは、怯えていたためではないようだ。小学生になりに誘拐犯に立ち向かう度胸と物事を把握できる冷静さがある。もしくは、怖いもの知らずなだけかもしれない。

「目的は? 身代金か性的倒錯?」

「おい」

「見たところ無骨なおじさんって感じだし、ロリコンには」

 次の言葉を繋がず、実花は雄三の頭から足までに視線を走らす。彼女の言葉を待てず、雄三が言葉を継ぐ。

「見えないだろ?」

「見えない。でも、見えない人に限ってって言うし」

「ちょっとまて」

「冗談。おじさんは私を1人の人間として見てくれているみたいだし、そうとは思ってない」

「何を。だってお前は、人間だろ?」

「そう、人間。でもね、いるんだよ。人を物か何かだと思ってそういう視線や扱いをしてくる人が」

「そうか」


 少女の日常の暗闇を、覗いてしまったような気がした。雄三は日常を侵す闇の気持ち悪さに嫌悪感を抱く。しかし暗闇の中に自身がいることを、この誘拐が少女の日常に暗い影を落とす行為であることを自覚して、どこに気持ちを置けばいいかわからなくなった。

 ただ既に誘拐をした以上、後戻りは出来ない。やるべきことは決まっている。

 借金を返さないと雄三の未来はない。

「でもおじさんは違ったんだよ。馬鹿なんじゃないかな、って思ったくらい」

 少女の言葉で先程まであった後悔や後ろ暗い気持ちを一瞬忘れ、からかわれてることに怒りを持つ。

「何だと? 俺のどこが馬鹿だっていうんだ?」

 被害者で年下であることを忘れ、すごんだ。少し震えるのが目に見え、冷静さを取り戻す。

「だってだって。おじさん私を誘拐して車に連れ込んだ時、何もしなかったでしょ? 口を塞ぐことも、手足を縛ることも」

「それは痛そうだと思ったから」

 当然のことだろ、と雄三は心の中で付け足す。


「本当に誘拐しようと思ったら、絶対拘束が必要だよ。物理的にしろ、精神的にしろ」

「でもお前は黙ってた。だから必要ないと思った」

「それが、人扱いしてるってこと。たとえ誘拐っていう悪いことをしてても、私をお金を手に入れるための道具とか引き換えとか思わず、人として扱ってたんだよ」

「よくわかんねえな」

 貶されてるのか褒められているのか、そのどちらもなのか。雄三は判然とつかず素っ気無く返した。

「まあ、度胸がないだけかもしれないけどね」

 実花は笑って付け足す。

 雄三もつられて笑い、変に悩んでいたことが吹き飛んで、頭がすっきりとした。よく回るようになった頭で考えて、少女に問う。


「それで、お前は何がしたかったんだ。誘拐犯を嗜めて、笑いあって。まさか誘拐犯と仲良くなって逃げ出す作戦ってわけではないだろう」

「それは、最初に言ってるでしょ。結婚してくださいって」

「お前と俺は20近くも離れているってのに?」

「うん。今時年の差婚なんて珍しくないよ。30、40代なんてよくニュースであってるよね」

「あれは大人の世界の話だ。ガキの1年と大人の1年を一緒にするな」

「相対性理論って知ってる?」

「知らん。時は誰にでも平等って言いたいんだろうが、感覚の問題なんだ。それにお前はまだ16にもなってないだろが」

「じゃあ16になったら?」

「それまで俺のことを覚えていたらな」

「やった! 言質とったよ」

「覚えてられるか?」

「ううん。きっと忘れる」

「だろうな」

「だから、忘れないために、私を一緒に連れてって」

「嫌だ」


 それから1時間強同じような会話を繰り返し、実花は疲れたのか雄三の腕の中でぐっすり眠りについていた。

 雄三は腕の中で寝息を立てている実花の頭を優しく撫で、呟く。

「大変だったんだな」

 実花は雄三に恋をしているわけではなかった。愛しているわけでもなかった。

 彼女がしているのは、雄三と同じく、ただの現実逃避だった。

 誘拐で得ようとしていた金はごくわずかで、何度も繰り返さないと借金は返せない。誘拐が成功することを、本当は考えていなった。誘拐が失敗して捕まることをただただ望んでいた。

 元はといえば雄三自身の不出来と怠惰が生み出してしまった借金だ。しかし何をしてでも返して生きるという気力はなく、死んで全てを終わらす度胸もなく、捕まって一度全てを終わらせたかったのだ。

 現状の問題は解決しない。ただ逃げる選択肢を選んだ。現実から目を背けた。


 実花もきっと同じなのだ。

 強大な何かが迫ってきて、怖くて、逃げ出した。その逃げ出した者同士の繋がりが、会話をしていて、見えた。

 周りから愛されなかっただとか、暴力に耐えてるだとか、居場所がないだとか、よく聞く問題が雄三の頭の中に浮かぶ。彼女に聞いたわけではない。けれど、そういう「現代の闇」として一くくりにされて、誰も見てくれないような何かを抱えていたに違いない。

 実花は逃げ出したかった。

「だから、結婚してください、なって言ったんだろう?」

 自身も驚くほど優しい声で、雄三は目を瞑ったままの実花に声をかける。

 今の場所から逃げるための、自分が逃げ込んでいい、新しい自分を迎えてくれる場所。彼女はそれを欲していたのだ。


「さて、どうするかね」

 奇妙な二人が出会ったものだと、雄三はため息をつく。

 雄三の誘拐は失敗すればいいと思っていた。だから拘束しなかったし、逃げて欲しかった。誘拐が成功したときには少々驚いたが、身代金の段階で失敗するだろうと思っていた。

 一方彼女は日常から抜け出したかった。だから誘拐されても暴れなかったし、逃げなかった。誘拐された側なのに、誘拐が続くことを望んでいる。

 少女の心情がほんの少しだが読み取れた今、このまま返すべきか否か、迷う。


「結婚、しようね」

 

 実花の口から、小さい声が、聞こえた。

 すぐにむにゃむにゃと言葉にならない声が続くが、雄三はどきりとした。

「寝言だよな?」

 言葉に出して平静に戻そうとする。寝言であろうことは分かっているものの、不意打ちにやられたのは癪だった。深く息を吐いて、気持ちを整える。

「実花が起きたら聞いてみるか」

 この先どうしたいのか。

 大の大人が小学生に決断を委ねるというのはおかしい話である。しかし雄三の中では、これからどうするのか、答えは決まっていた。

「ただ、お前の言うとおり、俺は度胸がないからな」

 実花の後押しがあれば、雄三は思い切ってやれる。そんな気持ちが芽生えつつあった。


「変な関わり合いになったもんだ。誘拐犯と単なる被害者だと思っていたが、そう単純にはいきそうもねえ」

 実花の体を寂れたソファに下ろし、横にして、大きめのタオルをかける。

「俺達はなんていう関係になるんなんだろうな」

 彼女の寝顔を眺め、膝をつく。

「それを含めて、聞いてみるか」

 耳元近くで聞こえる少女の鼓動を聞きながら、雄三は目を閉じた。


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