塩味ベーコン
shindanmaker.com/483657 より
お題【戦歴の英雄である獣人で毛づくろいする話】
#獣人小説書くったー
冷蔵庫には何があったかな。ベーコンと胡瓜と、何が入っていたっけな。
階段をゆったりと降りながら、昼の献立を考える。今日お母さんはパートに出ているから私と弟の分だけで済むので楽だ。有り合わせでいいだろう。
上からどたどたと煩い足音が近づいてくる。乙女な私の足運びとは違い、気品さのかけらもない。流石小学生男子だ。
私を抜き、一階に着いた瞬間に体の向きを反転させた。あまり速度を緩めず、奥へと駆け、すぐに出てくる。忙しない。シュンヤは家の中を屋内アスレチックとでも思っているんだろうか。
「お姉ちゃん。僕ちょっと出てくるねー」
奥からまっすぐ走ってきて、玄関に座り込んだ。走ってきた勢いは消え、靴紐を結ぶのにちょっと手間取っている。
「あ、こらシュンヤ、宿題は終わったの?」
「うーんー」
「ちゃんとしなさいよ」
「うっさい、宿題ババ!」
「バっ……!」
「そんなんだからいきおくれるんだよー!」
シュンヤは舌を出し、玄関から跳びだしていく。
一瞬理解できなかったが、数秒遅れて理解した。
「まだ中二だっつーの」
ため息をつき、キッチンへと足を運んだ。
冷蔵庫を開けて、どんな料理を作るのかぼんやり考える。
「あー、んまりないなあ。すっからかんだ。ほうれん草と胡瓜と、バナナか。ほうれん草とベーコンの和え物、いや、パスタに入れれば洗い物が減るからそっちのほうがいいかも」
私は面倒くさがり屋ではないけど、省ける日常的手間を省いて何が悪い、と誰に向けてかわからない言い訳をする。友達からはババくさいや所帯じみてるなんてからかわれたりするけど、これを家庭的な女性っぽいというほめ言葉ととらえれば悪くない。無理があるかな。
「あれ、ベーコンは?」
適当に考えながらも冷蔵庫内を探っていたけど、あるはずのベーコンが見当たらない。少ない食品達に隠れられるはずもなく、野菜室や冷凍室に誤ってはいっているわけでもなかった。
「あれー」
昨日見たと思ったベーコンは勘違いだったのかと、記憶を遡ってみた。夕飯後、自分の手に持って賞味期限を確認した覚えがある。腕を組み、その後に消えたのか記憶の線を辿ってみる。
「あ」
思わず声をあげて玄関のほうを見やった。
「シュンヤね」
思い返してみると、シュンヤの様子が忙しなく見えたのは何かを隠そうとしていた挙動の表れだったのかもしれない。
「今回は何を見つけたのかな」
シュンヤが家の食べ物を無断で持ち出していくことは過去何度かあった。野良猫や捨て犬がかわいそうだからと、食べ物をあげるために持ち出していた。今回もきっとそうだろう。
私は頭を掻き、唸った。
「買い物ついでに見に行くか」
休日の同級生にばったり出くわしてもいいように服を着替え、家を出る。
ベーコンとパスタとキャベツを購入し、その足取りで山へ向かった。運動部活動はトレーニングとしてこの山の頂上まで走らされたりすることもあるそうだが、そうでなければ足で登ろうとする人はまずいない。登る人の多くが景色目的なので、大抵は車で登るのだ。
そんな山の中腹に洞穴がある。皆頂上にしか興味がないせいで誰も来ないその場所を、シュンヤは動物の餌付け場所にしていた。
「さて、今回はどんなヤツかな」
五分程歩いて洞穴へたどり着いた。シュンヤの笑い声が聞こえる。
三毛猫だったらいいなと考えつつ、洞穴の中へ顔をのぞかせた。
「シュンヤー。お姉ちゃんがきたわよー」
「げっ。お姉ちゃん来たの」
シュンヤが振り返って嫌な顔を見せた。けれど、私はその向こうに視線がいく。穴奥への視界を遮る黒い毛の塊が佇んでいた。
「ク、クマ・・・・・・!?」
熊がいた。脚を投げ出し、まるで日曜朝の父のようにどっしりと佇んでいる。実際に見たのは初めてだった。
逃げようとも言えず、逃げ出すことも出来ず、ただ呆然と立ちすくんだ。熊ってこの辺りに出るんだっけ。聞いたこと無い。いや、それより逃げないと。あれ、熊って逃げたら追ってくるんじゃなかったっけ。どうすればいいの。
「すまねえなお嬢ちゃん。驚かせたみてえだな」
驚愕で顎が外れた。いや、外れそうになった。あれ、もう外れてるのかな。
「クマが喋っ・・・・・・!? えっ」
熊が喋った。シュンヤの腹話術、ではなさそうだ。明らかに熊の口が動いて、人語を発している。驚き見開いた目は、口が動くのをはっきり捉えていた。
「どういうこと?」
「お姉ちゃんびびりすぎ」
「そんなに驚かれるとちょっぴり傷つくぜ。ほんのちょっぴりだけどな」
熊は再び人語を発し、豪快に笑った。その笑う姿はまるで人のようで、顔の作りも人に近しいように見えてきた。毛深いだけの人、とはいかないまでも、熊と人との中間のような印象を受けた。そう捉えなおしてみると、全身骨格も人に近いように見えてくる。
頭を抑えて、状況を整理しようと試みる。様子を見るに今すぐ襲い掛かってきて私たちが食べられることはなさそうだ。逃げ出す心構えは整えつつ、話しかけてみる。
「あのー」
「ん?」
熊は腕を組んで前のめり気味の姿勢をとる。それに合わせて私は仰け反った。
「ど、どちらさまですか?」
「お姉ちゃん大丈夫? どうみても熊じゃん」
「え、いやそうだけど、そうじゃなくて。ほら、正体っていうか、こう、名前みたいな!」
「えー。そんなのどうでもよくない?」
「よくないよ!」
私たちが言い合ってると、熊は膝を叩き、白い歯をぎらりと見せた。
「よくぞ聞いてくれた! 過去四度の大戦を生き抜き、生ける伝説とも呼ばれるブルーイン島出身の英雄! ウルス・カンベエとはぁ、俺のことよ!」
熊のわずかな表情変化等とても読み取れないが、自慢してるだろうことは伝わってくる。
「えと、話がぴんとこないんですけど」
私が恐る恐る訊ねると、熊改めカンベエは後頭部をぼりぼりと引っ掻く。熊の姿をした生物が人のしぐさを行ってるのはどこか奇妙な感じがした。
「そうなるよなあ。やっぱ俺が住んでた世界とは繋がってねえんだろうなあ」
カンベエはそう呟くと、彼が暮らしていた世界のことを話し始めてくれた。
カンベエの世界の文化や生活、種族同士の対立等、カンベエが思いついた先から次々に語られる。私たちが自分達の世界との差異を話したり、興味をぶつけたりすると楽しげに話を紡いだ。
話の流れでどうしてこの世界に来たのかを訊ねると、わからないと返ってきた。カンベエの力を恐れた敵国の呪術師の仕業とのことらしい。カンベエの口から出るもの全てファンタジーの世界だった。
カンベエの住む世界が異世界か別の惑星かは判らなかったけれど、物語でしか見聞きしなかった話に、私もシュンヤも時間が経つのも熱心に聞きいった。特にカンベエが闘ってきた強敵との話は少年漫画のように熱く、かっこよかった。聞きながら自然とファンタジー世界で動き回る自分を想像し、胸を高鳴らせる。
話の途中で腹の音が鳴り、そこでようやく現実に引き戻される。辺りを見ると陽が落ち始めていた。昼飯を通り過ぎ、もう既に夕飯の時間が近づいている。
「そろそろ帰らなきゃ」
「えーまだ聞きたい」
「駄目よ。このままいたらすぐ夜になっちゃう」
「うー。この時間ババ!」
「この」
シュンヤの頭を軽く小突く。私も我慢してるんだから、と首根っこを掴んだ。
「ごめんなさい、私たちそろそろ帰らないと」
「構わねえよ。俺もそろそろ喋り疲れたところだ」
「カンベエ! 明日も来るからな!」
「おう、それならまた飯を頼むぜ」
「うん」
二人が笑いあう姿を一瞥し、視線を下に落とす。話に夢中になり手に何を持っているのかも忘れていた。
「あの、今日のお話のお礼といっては何ですが」
レジ袋からベーコンとキャベツを取り出し、カンベエの前に差し出す。
「いかがですか?」
「おお、シュンヤが今朝もって来てくれたやつか。味濃いがうめえんだよな。もらっていいのか」
「くえくえー」
「どうぞ」
カンベエは受け取ると、袋を引き裂いた。レタスとベーコンを両手で挟み、一口で呑み込む。
「うん、うめえな」
カンベエは口周りを舐め、両手も舐め始めた。
「えっ」
「なんだ? 何か変か?」
「カンベエは口が大きいから一呑みできるんだ。どうだすごいだろー」
シュンヤの言葉は無視し、カンベエの手を舐める様子をじっと見つめる。
「いや、歴戦の英雄さんも食事の後手を舐めるんだなあと思って」
「文化の違いだろ、馬鹿にすんな」
「馬鹿にはしてないですよ」
どっしりと威厳のありそうな熊が、ぺろぺろと舐めながら私に説明を始める。
「これは毛づくろいっつってな、食事の後きれいにするためにするんだ。お前らはやらねえのか?」
「まあ。食事は道具を使うことが多いし、洗うのは水を使うんです」
「ほう、なるほどねえ」
変わらず舐めながらカンベエはうなずく。
話の中で描かれる大柄で強靭な体のカンベエがぺろぺろと手を舐める姿は可愛らしく、どこか可笑しかった。
「じゃあ、また明日来ますね」
「またね、カンベエ!」
「おう、またな」
別れを告げ、私たちは不思議な高揚感の中、家路につく。
翌日、シュンヤと洞穴へ向かったけど、カンベエはいなかった。
元の世界に帰ったのか、別場所へ移動したのか。それはわからない。
でも、なんとなくまた会える気がした。いつかはわからないけど、それは何の前触れも無く、起こるんじゃないかって。
例えば、私たちが今からカンベエの世界に飛んだり、とかしてね。




