朝顔姫
創作企画ワンウィークドローライト お題【朝顔】
「このおはな、なんてなまえ?」
「これはね、朝顔っていうんだよ」
「ふーん。つまんないなまえだね」
年相応の無邪気な返答がくると思っていたので、ホシヒコは口元をひきつらせた。まだ小学生、それも低学年だが、すでにひねくれてしまっているらしい。もしくは感受性の低い無気力な子に育っているのか。
「そうかな。これに似た名前の昼顔、夕顔ってのもあるんだよ。面白くない?」
面白みの無い返答だなと思いつつも、他に打ち解ける方法がないかと必死に頭を働かせる。無邪気な子供は褒めておけば大抵了承してくれていたが、ひねくれた子やマセた子の相手は未だなれず、攻略方法がつかめていないのだ。小さい子供の担当にしてもらえるよう上司に頼んだが、こういう子は回さないで欲しかったとホシヒコは思った。
「おもしろいかもね」
1階から伸びて2階の窓に顔を覗かせている朝顔を一瞥し、ホシヒコに視線を戻す。
「ねえ、あさがおと、ひるがおと、ゆうがお、ってどうちがうの?」
少しは興味を持ってくれたようだが、言葉はまだ冷え切っている。もう少し盛り上げなければ心を開いてくれそうに無かった。けれどホシヒコはこの仕事は始めたばかりで話術も何も持っておらず、会話をしながら自然と盛り上がってくれと祈るしか考え付かない。
「どう、だったかな。まず、そう、名前が違うよね。それと、花が開く時間が違うみたい。朝に咲くから朝顔。昼に咲くから昼顔。夕方に咲くから夕顔、だったような」
ただ少女の要望に答える知識を持ち合わせておらず、曖昧にしか答えられなかった。
しかし、ホシヒコの力不足の話術に反して、少女はプッと噴出した。
「だめだよ。そんなのなまえからかんがえたただけでしょ。わたしもそうかんがえたもん。そりゃあきょうみないよね、あなたは」
少女は視線を下ろし、ベッドシーツを巻き込んで拳を強く握った。握られた拳がか細く震える。
「文字だけじゃいやなの。わたしはこの目で見てみたいの。ひるがおも、ゆうがおも。ことばだけじゃわからない、このせかいのいろんなものを、見てみたいの!」
小さな少女の必死の叫びを、ホシヒコは黙って受け止める。
「ここから見えるものといったら、まどから見えるあさがおとこのまっしろなびょうしつくらい! もっと見て回ってたのしみたいのに! なんで!」
震えていた拳から力が抜け、その拳に頬から垂れた雫が落ちた。
「なんで、しにがみさんがきちゃうの?」
すがるような目で、ホシヒコを見つめる。
ホシヒコは何も答えられなかった。
ホシヒコが小さい子供を相手にするようにしたのは、悩まないようにするためだった。無邪気な子供は褒めて、正当化して、甘い言葉で誘って、判断力を鈍らせて、魂を持っていく。けれど成長すれば、疑うことを覚えた子供は、ホシヒコにとっては大人と一緒だった。抵抗され、否定され、自信の仕事に自信を持てなくなる。
「仕方ないんだ。君はもう、死ぬ運命なんだ」
「どうして? しにがみさんがわたしをつれて行かなければ、いいんだよ」
「駄目なんだよ。もし、連れて行かなかったら、輪廻から外れてしまう」
「りんね?」
泣きじゃくりながら、少女は首を傾げる。
「生まれ変わりが出来なくなるってことさ。そうなると魂が檻に閉じ込められて、出られなくなってしまうんだ」
「それで、いい」
涙をふき取り、少女は力強い目でホシヒコを睨んだ。
「それでいいから。わたしを生きさせて」
「それでいいって……。永遠に孤独に過ごさなきゃならないんだよ!?」
少女の選択に困惑し、両肩に手をかけ説得するが、少女の瞳はゆるがない。
「いいの。さみしくならないように、生きてる間にいっぱい、いーっばあい思いでつくってもっていくから」
ホシヒコはそれでも説得を続けようとしたが、少女の力強い瞳にやられて、折れた。
「わかったよ」
「あ、でも!」
しぶしぶ納得の返事を返すと、少女は声を張り上げた。
「なに?」
「うん。あのね、それでもさみしくなるときもあるかもしれないから、しにがみさんがたずねてきてくれない? 1年に1回くらいで、いいから」
「たずねてって。仕事は忙しいし、檻に近づくには閻魔様の目をくぐらなきゃいけないのに?」
「うん! おねがい!」
少女は泣き跡が残る顔で笑ってホシヒコに答えた。最初の冷めた答え方はどこへやらだ。
「わかったよ」
ホシヒコは諦めて、ため息をついた。
この少女には敵わない。どうにでもなれだ。
「またくるよ。次の7月7日に」