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お題SS  作者: 湯城木肌
14/41

死人証明証

創作お題bot

お題【死人証明書】

 健康保険証と運転免許証、それくらいかな。自分であることを確認できるものって。

 過去に戻ってもいいのなら、生徒手帳と学生証もあったなあ。

 簡単に自分を証明出来るものっていいよね。

 証明出来なかったら学割なんてなかっただろうし。あの頃はお世話になったね。

 ビデオのレンタルカードを作るときも使ったっけ。


 我思う、故に我あり。

 そんなこと言ってた人も昔いたみたいだけど、今の時代には合わないかも。自分の体があること以外に、自分を証明するものがなければ駄目なんだから。

 なんにでも証明が必要な、証明社会。

 まあでも、死んでからも証明が必要だとは思わなかったよ。


「それじゃあ、この書類の欄を埋めればいいんだよね?」

 手渡された書類から視線を上げ、目の前の少年に問いかけた。

「はい! そこに必要事項を記入していただければよろしいです!」

 少年は快活な笑顔を見せる。青空の下、草原を遊びまわる姿が似合いそうな笑みだ。黒装束でなければ、目の前の少年が死神だなんて、信じる人はこれっぽっちもいないだろう。


 書類に視線を戻す。氏名や生没年月日、死因等の欄は納得出来た。しかし、生きている時に散々書かされた記入事項を発見して、首を傾げる。

「ちょっと質問いい?」

「はい! なんでしょう!」

「死人証明証っていうくらいだから、名前と、生死にまつわることを聞かれるのは理解できる。でもこの住所と電話番号とかってさ、いらなくない?」

「はい! それはですね」

 少年は言葉を止め、自身の首元に手を入れた。何かを求めて黒服の中をあさり始める。すぐには見つからないようで、手が右に左にせわしなく動いていた。

 私はその様子をぼんやりと眺める。

 慌てている姿はただの少年のようにしか見えない。黒装束と、背負っている大鎌がなければ可愛らしい男の子だ。もし私が生きて彼に会っていたら、オカルト否定派である友達の口癖のように「ただのコスプレじゃん」と片付けていたかもしれない。


「まあ死んでるんだけど」

 ぐるりと体を前転させて、浮遊感を味わう。

 私も、目の前の男の子も、空中に浮いていた。それも目の錯覚や手品で誤魔化せる範囲じゃない。三、四階あるビルの屋上くらいは高さがある。

 高さ確認のために視線を下ろしたことで、地面の様子が目に入った。

 私の死体が、転がっている。

 自分の体を見下ろすのって、何だか変な気分。そうなると思ってたけど、録画した映像を見るような感覚で、あまり違和感は覚えない。

 違和感を覚えないことに違和感って感じだなあ。


「はい! ありました!」

 少年は首元に入れていた手をようやく抜き出した。取り出したのは、少年の胸板程度の大きさの本だった。ハードカバーで、月刊漫画雑誌くらいの厚みがある。

「でかっ」

 あの大きさのものならすぐに見つけられたよね。黒い布の奥は四次元ポケットなのかな。

「死人証明証に住所と電話番号が必要な理由ですよね」

 少年は素早くページを繰り、両開きにした。

 開いたページの上部から指を横に滑らせていく。

「はい! 死人証明証は、魂に肉体の死亡を認めさせるために発行するものである。死後直後の魂は、肉体の生死に自覚を持たないものもいるのだ。生前の情報を明確に記述させることで、自身が生きていたことを想起してもらう。そして今は死んでいることを理解させるために、証明証を出すのである。です」


「ふうん」

 少年の言葉を脳内で転がして、噛み砕く。

「つまり、私はこんな人生だったぞー、って思い出してもらうために欄をもうけてあると」

「はい! そういうことですね」

「学歴やら職歴やらの欄があるのも、同じ理由なわけ」

「はい!」

「それじゃま、書こうかな」

「はい! よろしくお願いします!」


 書き始めたはいいが、書く項目が多すぎて、正直げんなりした。

 死人を証明されるだけでもこんなに手間がかかるものなのか。

 氏名。ふりがな。生没年月日。死因。住所。電話番号。学歴・職歴。免許・資格。自己PR。死亡動機。生前でやり残したこと。生前でやりきったこと。エトセトラエトセトラ。

「ねえ」

「はい!」

「私、自殺じゃないんだけど、死亡動機も書く必要ある?」

「はい! それはですね」

 少年は本を開き、再びページを繰る。

「死亡動機は任意事項、みたいです。可能であれば書いて欲しいんですけど」

「そう言われてもなあ」

「少しでも、死んでみたい! と思ったことはないんですか?」

「それは、あるよ。死にたいーとかよく言ってたし」

「あるじゃないですか。それが死亡動機ですよ!」

「んーでも。今の状況から逃げ出したい、脱したいって言葉を誇張しただけなんだよ。現代人の死にたい! って言葉はさ」

 だから、本当に死にたいわけじゃないんだよ、と少年に説明する。


 少年は口を尖らせた。

「難しいですね。言葉を額面通りに受け取っては駄目って事ですか」

「そういうこと。言葉はどんな形にも変化するし、見る角度でも変化する生き物なんだから」

「そういうものなんですね」

「そう。志望動機でも死亡動機でも、本音は隠して、誇張されてしまうものなのよ」

 少年は眉に皺を寄せ、視線が左上を向いた。志望と死亡の違いがわからなかったのかもしれない。

 けれどそれも一瞬で、すぐ私に微笑んだ。

「はい! 勉強になりました」

 真面目に頷く少年に目を細め、書類に視線を戻す。

 


 本当に、死亡動機はなかったか。

 自然と死ぬ直前のことを思い返していた。

 私は今日、とても落ち込んでいた。泣き崩れていた。

 寝坊して、焦りから仕事のミスを連発して、ものすごく注意された。その愚痴を彼氏に聞いてもらおうと電話をかける。彼に慰めてもらいたかったのだ。しかし電話口から別れを切り出された。彼氏の胸元に飛び込んだらクロスカウンターを食らわされたような気分だった。

 コンビニで缶ビールを三本買って、帰宅しながらちびちびと飲む。口から燃料を摂取すればするほど、目から燃料があふれ出してきた。

 元々お酒は強いほうではなかったから、すぐに酔いが回って、足元がおぼつかなかった。同時に眠気も襲ってきた。

 多分、全てがどうでもよくなっていたんだ。

 仕事でミスするのは今日だけじゃないし、失恋も今回が初めてじゃない。でも、蓄積してきた何かと、今日の不幸と、お酒が爆発を起こしたんだ。


 人目を憚らず泣いて、泣いて、泣いた。

 全てを放棄した、我儘のようなもの。

 思い通りに出来ないことに、ただだだをこねる。

 内で生じた爆発を何処かに向けたくて、でもどこに向ければわからなくて。

 涙として流れ出たんだ。

 止め処なく頬を流れる液体には、塩以外にも溶けているものがあったんだと思う。どうなってもいいやっていう投げやりな感情が。角度を変えればそれは、死にたい、という気持ちといえるものかもしれない。

 でも涙を流しきれば、思う存分泣ききったら、抜けたはずだった。

 心機一転して前を向けるはずだった。

 強烈な光と音と共に現れた鉄の塊が、私を轢きさえしなかったら。



「あ、救急車ですね」

 少年の声に反応し、私は地面を一瞥した。

 私を轢いたトラックの運転手と、到着した救急隊員が私の体に駆け寄るのが、はっきり見えた。

 狼狽する運転手を捉え、ごめんねおじさん、と心のなかで謝る。

「あ、私の体」

 担架に乗せられ、手際よく救急車に入れられる。

 しばらくその様子を眺めて、私は口を開いた。

「あのさ」

「はい!」

 今思いついた考えを口から吐き出してみる。

「死人証明証が発行されなかったらもしかして、生き返れたり、するの?」


 馬鹿なことを聞いてるなとわかっていた。もしそんな簡単なことで生き返られるのなら、今頃世の中は神の子で溢れかえっている。もし生き返ることが出来るとしても、彼の立場上「はい」と答えることはないだろう。

 それでも、つい、聞きたくなってしまった。

 あの変わらない日常が急に恋しくなって。

「はい」

 少年はいそいそと本を服の中に仕舞い込む。

「そのための、死人証明証です」


「えっ?」

 予想外の答えに思わず聞き返す。

「それって、生き返るために証明証があるってこと?」

「逆です。それを阻止するための、証明証なんです」

 少年は本の文字をなぞって話していたときは違って、つらつらと説明し始めた。

「証明証は、自分が死んでいることを自覚してもらうために発行するんです。自分の死を自覚していない魂がどうなるか、知っています?」

 私はゆっくりと首を横に振る。

「生死と、加えて自他の境界が曖昧ですから、他人に乗りうつってしまう場合があるんです。でも本人じゃないから、これはいけないこと。証明証を発行していれば、あなたは既に死んでいて、生前はこういう人物だったと外から証明出来るんです。なるべく傷つけず魂を誘うには大変いいやり方ですよね」


「うーん」

 既に遠く小さい救急車を一瞥する。

「じゃあ、私が、私の体に憑くのは、問題ないの?」

「はい。でも、生命維持機能が駄目になってるんです。とり憑けても、指一つ動かすことは出来ないですよ?」

「じゃあ手術して、サイボーグの体にでもなったら、生き返れるわけだ」

 私はロボットダンスもどきをしてみせる。

 少年は私を見て、手で口元を押さえた。笑う様子ではなく、きょとんと見つめてくる。

「お姉さん、そこまでして、生きたかったの?」

「えっと」

 言葉に詰まる。


「そこまでして」と問われると「いやそこまでは」と反射的に思う。

 日常は、確かに恋しい。

 急に失われると思っていなかったから。

 でもほんのり甘いのかすっぱいのかわからない日常が恋しくなるだけだ。証明証発行書類の欄にある、生前でやり残したことは、まるで思いつかない。

 巡るのは、言ってしまえばみみっちいものばかりだ。

 今日死ぬと分かっていたら、私は何か特別なことをしたかな。

 そんなことを考えてみる。


 そういえば、駅前で売っているプリンがあったな。どんな味がするんだろうっていつも気になってた。看板に書いてあるキャラクターが可愛かったのを思い出す。まあでも、今日死ぬと分かってても、買わなかっただろうなあ。

 いつかしようかな、してみたいな、なんて思っていることって結局しないんだよね。でも後悔することも無く忘れていくから、同じ事を繰り返しちゃう。

 うーん。

 腕を組んで、一ひねり。


「何か悟ろうとしたけど、駄目。死んだくらいで人は変わらないね。いつもそんなこと考えてないと無理だ」

 私は日常を何となく生きていただけ。何にも考えちゃいない。

 八十歳まで生きるくらいしか人生に目標なんてなかったし。

 親より先に死ぬのは申し訳ないけれど、起きたことは仕方がない。

 私はこの死を受け入れるしかない。

 納得は出来ないけれど、事実死んだんだから。



「はい! これ新しい紙です」

 少年が私に紙を手渡した。

「何? 追加書類?」

 まだ一枚目も書き終わっていないのに。そう思って眉間に力を入れてその書類に目をやる。

「え、これ」

 先程と同じ書類だった。途中まで書いていた用紙とどう違うのか見比べようとして、気づく。

「あ」

「もうその紙はにじんでしまってますから。その新しい紙に書いてください」

「うん」

 紙の端を強く握る。ゆっくり顔をあげ、空を仰いだ。

「ちょっとだけ、時間をちょうだい。書くから。ちゃんと、書くから」

「はい。いいですよ」


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