人と龍のコウリュウ
第43回フリーワンライ
お題[I(我輩) 糖分補給はいかが?物語の中だけの存在】
「我輩を召喚したのはお主か?」
竜がいた。もしくは龍。ドラゴンでも構わない。
長い体に橙色の鱗を纏い、四つの足に尖った爪、それらに反比例して尻尾が可愛らしく揺れる。一方顔は龍らしく、鋭い黄色の眼光と黒光する枝分かれした二本の角を持ち、立派な口髭といかなる生物をも噛み千切ってしまいそうな牙を具えていた。
「お、おお」
高野コウは返事とも感嘆ともつかない言葉を発する。
「我輩を召喚したのは主かと聞いておるのだが」
龍が鋭い歯をみせて威嚇する。
高野は我に返り、どうにか言葉を返した。
「う、うん。僕だと思う」
「思う、だと」
「い、いや僕が呼び出した。君を呼び出したのは、僕だ」
「ならば、よろしい。いざ契約を交わそうぞ」
物語だけの存在だと思っていた。
高野が紡いだ物語。
今高野の目の前にいるソレは、昔高野が思い描いた龍そのものだった。召喚に使われた魔法陣も当時、考えたもので間違いがなかった。
当時とはいつか。
それは三年前、高野が中学二年生の頃だった。
今思い返せばベッドの上で悶絶するほかないのだが、高野はあらゆるモンスターをノートに描き、想像の中で使役していた。黒歴史として既に葬ったけれども、まさか妄想が現実化するとは思ってもいなかった。
輝かしい高校デビューを果たしていた今では触れたくはない歴史だが、現実に起きてしまうと、あの時の熱い心が疼き始めそうだった。
ただ。
「小さいんだよなあ」
「何ぞ」
「いえ、何も」
目の前の生物は、まさしく「龍」の姿をしていた。しかし如何せんサイズが小さかった。これでは迫力がない。召喚に使われた魔法陣が、当時ノートに描いたモノだからかもしれない。手乗り龍の名前がぴったりくるサイズだ。
「では、契約方法だが」
「うん。血とか?」
高野は中学時代の自分の思考を辿り、血や骸骨が好きだったなあと思い返した。例え、この龍になら血をいくら座れても死にはしないだろう。
「たわけ。そんなもの、痛みがあるだけで何の益もないわい」
「確かに」
悪魔や吸血鬼なら血液で契約のイメージがあったが、龍が血をすするところは想像出来ない。
「それなら、何がいいのさ?」
「ふん。決まっておろう」
龍は体の上部を持ち上げて、鋭い歯を見せる。
「我輩を満足させてみろ」
龍を満足させてみろと言われて、「はいこれ」とすぐ策が出てくるわけがない。
とりあえず高野の頭に龍を乗せ、街の中を歩きながら探すことにした。
「んー。満足か」
「期限は日が落ちるまで。過ぎれば我輩は契約しない」
「わかったよ」
返事はするものの、高野はどうしようかなと考える。
今はもう高校で楽しくやっているし、龍と契約して残ってもらう必要もない。
「とりあえず、コンビニ行こう」
「こんびに?」
「うん、いろんなものが売ってるんだ。甘いものとか好きかい?」
「甘味か。得意ではないな」
龍が尾を振るのを高野は頭で感じる。
「そう。なら、糖分補給をしよう。頭を働かせるには糖分は欠かせないしさ。糖分補給はどうだい?」
「……先刻と同じではないか?」
「まあまあ」
高野は龍を宥めながら、コンビニの自動ドアをくぐった。
「どう、おいしい?」
「ふん。まあ、まあまあだな」
龍は高野が買ったアイスキャンディーにかぶりつきながら答える。普段目にしているアイスだが、龍の小さな口で食べている姿を見ていると、とても巨大に見えてくる。大きなお菓子を一所懸命ほお張る姿を見ていると、高野も段々食べたくなってくる。
高野は食べている途中のアイスキャンディーをひょいと取り上げた。
「む。何をする」
「いや、まあまあならいいかなって」
「いや、それは」
龍は思案する様子を見せ、飛んで高野の肩に乗った。
「これは契約だ。この氷菓で我らの契約とする。だから、一つ残らず我輩が平らげる」
「わかったよ」
高野は龍にアイスキャンディーを返し、またその様子を眺めた。
「なあ」
「何だ」
食べるのを止め、龍は高野のほうを向く。
「キミの名前、なんていうの?」
「我輩の名前、か」
龍はアイスキャンディーを一瞥する。
「我輩は、我輩だ。名前等持っておらぬ」
「それって、寂しくない?」
「さあな。持ったことがないから、分からんよ」
「なら、僕が勝手に呼んでいい?」
「好きにせい。お主は我輩と契約を交わしたのだからな」
龍は再びアイスに向き直り、食べ始める。
「うん」
高野は、龍とアイスキャンディーと自分の名前を、頭のなかでめぐらせて、笑った。
「俺の名前は高野コウ。これからよろしくね、コウリュウ」
「それが、我輩の名前か。ふん、これからよろしく頼むぞ、コウ」
コウリュウは飛び上がり、高野の頭に陣取る。
頭に溶けたアイスを感じ、高野は苦笑する。
「一緒に風呂に入ろうぜ、コウリュウ」