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お題SS  作者: 湯城木肌
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ミルクコーヒー

第24回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉へ投稿したものに修正を加えたものです。投稿時のタイトルは「カフェオレ色」でした。制限時間は二時間。

その時のお題は「指輪」「カフェラテ」「契約書」

 違いなんてどうでもいいじゃないか、なんて思う。


 カフェラテ、カフェオレ、ミルクコーヒー、コーヒー牛乳、加糖コーヒーミルク入り。

 その辺の事情に明るくない俺でもこのくらいはすぐにあげられる。コーヒーと牛乳を混ぜて、お好みで砂糖を入れただけの単純な飲み物だ。製法が異なるだとか、豆が違うだとか、根本から違うとか、いろいろ言われそうな考えであるけれど、基本茶色のおいしい飲み物ってことは変わりないんじゃないか。

「厳密なものは専門店に任せておけばいいんだっての」

 

 俺は家の扉を開け、足早にマンションの階段へ向かった。すぐに帰ってくるから鍵なんてしなくとも平気だろう。

「1人暮らし男子高校生のもとに、空き巣なんて来やしない来やしない」

 体を冷やさんと襲ってくる夜の寒さと冬の風を何層羽織った服で護り、しかし寒いので肩を震わせつつ階段を駆け下りていく。このマンションは築20年だけあってエレベーターがなく、どんなに寒い風が吹こうとも自分の足で降りるしか手段がない。

 俺の住む最上階でも4階までしかないから問題ないといえば問題ないのだが。

「ただ寒いのを我慢すればいいだけ。……ってそれが一番問題なんだけど」


 1階まで降り、数メートル先に見える縁を赤く塗装された自動販売機へと足を運ぶ。

「ええっと、110円は」

 ポケットから財布を取り出し、冷たい環境でも変わらず働いてくれる自動販売機に感謝しつつ、お金を投入した。金額に応じて自動販売機の一番下の段に並ぶ缶のボタンが光る。

「うう。さみっ」

 特に悩むこともなくボタンを押した。「あたたかーい」さえ満たしてくれていればいい。あとさっさと決めて暖かい我が家に帰るのだ。

 この寒空の強行軍の戦利品を勝ち取るため、俺は腰を折って商品取り出し口に手を伸ばす。


「ん?」

 奇妙なものを見て眉をしかめた。

 温かいを通り越して熱いカフェラテ缶を取り出し姿勢を戻しながら、それから目を離せなかった。

 そこは紙幣挿入口で、本来なら千円札を挿入するのに用いるはずだ。自販機から出てくるときもあるが、それはうまく認識できない時やおつりの場合のみである。それも飲料の自動販売機だから千円札しか入れられず、おつりで紙幣は返ってこない。

 それなのに。

「なんか、出てきた?」


 先程、俺が買うときには何もはいっていなかったはずだ。

 挿入口から出てきたものに手を伸ばして、恐る恐る引き抜いてみた。少しだけ掲げ、自動販売機の光に照らしてみる。

「ただの、白い紙、だよな?」

 真っ白で折り目も曲がった後もなく、きれいな一枚の紙が自動販売機から出てきた。サイズは千円札と同じくらいだろう。


 カラン。


「おうっ」

 硬貨返却口から何かが落ちた音が聞こえた。気の入っていないところからだったのでちょっとだけびくついてしまった。

「なんだろ?」

 この白い紙と同類か、それとも白い紙の謎を紐解く鍵か。


 好奇心に誘われて手を突っ込み、指に触れたものを抜き取る。ゆっくりと、自分だけしかいないのにもったいぶらせるようにして、目の前まで持ってきた。一度呼吸して、期待感を倍増させる。

 またもゆっくりと手のひらを開いて、その正体を明らかにした。


「指輪かあ」

 銀色の金属の輪に、茶色の宝石が乗ったシンプルな指輪だった。アクセサリーの類に関してもあまり詳しくないし、興味もない。大方誰かの忘れ物なのだろう。

「がっかりだな。ってさむ!」

 好奇心が治まったと同時に体が現状を思い出したのか、急に歯がかちかちと鳴らし始め、体が小刻みに震えてきた。

「寒い!」

 熱い缶から表記の「あたたかーい」温度になった缶を両手で抱えつつ階段をダッシュで上り、鍵をかけていなかった自分の家へ駆け戻った。


 リビングに座って缶を開け、猫舌に優しくなったカフェラテに口をつける。

「ああ、あったけえ」

 温かな液体が体に取り込まれるのを感じて、ほっと息をついた。

「さて、これどうしよっか」


 目の前の机の上に置いたのは、白い紙と指輪。それと飲みかけのカフェラテ缶だ。3つを眺め、考えをまとめられず、カフェラテを再び飲む。

「うーん。白い紙はどうでもいいとして。指輪は必ず持ち主はいるよなあ。でも、あんなとこに落とすかあ?」

 持ち主の指がとてもゆるゆるで、硬貨返却口のふたか縁にひっかかって落としてしまったとか。それともいたずらで指輪をしかけてみたとか。いくら考えてみても、納得できるようなものは思い浮かばなかった。

「ま、いっか。ほんとに大事なら、あんなとこに落とさないか! なんか安っぽいし。それより」

 興味はないといっても、高校生になったのだから少しはオシャレしてみたい気持ちがあるにはある。

「ちょっと、ちょっとためしにね。いや俺が普段していくわけじゃなくてね」

 誰かに言い訳しつつ、右手の中指に指輪をはめてみる。おお、ぴったり。

「なかなか似合うんじゃね?」


「あれ?」

 抜けない。

 一通り眺めて満足したので指輪を抜こうとすると、指にはまって抜けなかった。

「ふんっ!」

 力を込めて引っ張ってみても、抜ける気がしない。ぐりぐりと回してみても指輪が動いている様子が見えなかった。

「こんにゃろっ!」

 渾身の力を振り絞って、肘を張って両側に引っ張ってみる。

「こんのー、抜けろっ! あっ!」


 思わず、声が出てしまった。

 指輪が抜けたんじゃない。力いっぱい引っ張っていたため、周りを気にするのを忘れていたのだ。だから、そう、肘が缶に当たってしまったのだ。まだ半分も飲んでいなかったカフェラテ缶に。

「やばいやばいやばい!」

 急いでタオルを持ってきて、こぼれたカフェラテを拭っていく。こんなことになるなら無理に指輪を抜くんじゃなかった。


「ふーっ」

 見えるあたりのカフェラテが吹き終わり、一息つく。俺の愛用ゲーム機もパソコンもひとまず無事だ。

「よかったよかった」

 俺の代わりにカフェラテを飲んで茶色くなってしまったタオルを洗濯機に入れようと持ち上げて、気づいた。白かった紙もカフェラテを吸って茶色く変色していた。


「ん?」

 その紙の異様さに、顔を近づけてみる。

 ただ一様に茶色くなっているわけではなく、濃さが違う部分があった。それも、規則正しく濃さが分かれていて、それがどうやら文字を形成しているようだった。

 未だ汁気がある紙を持ち上げて、記されている文字に目を通してみる。


「契約、書? 『このたびは弊社商品を、ご購入いただきありがとうございます』? なんだこれ? えっとそれで」

 意味不明な内容に、思考が止まる。ただ状況を把握しようと文章を読み上げる。

「『契約が成立いたしますと、お客様はいつでもカフェオレを飲むことが出来ますが、代わりにカフェオレ以外の飲み物を飲むことが出来なくなってしまいます』!? いやいや、意味がわかんなすぎでしょ」

 それに、俺が買ったのカフェラテだし。

 ツッコミをいれつつ、契約書を読み進める。

「『仮に摂取いたしますと、胃酸が逆流して全てを吐き出そうとしてしまいますのでお気をつけください。それらをご理解の上、契約をお願いいたします』、か。なんだ、契約しなきゃいいのか、なあ、んだ」

 一瞬ほっと安心したが、右手につけた指輪を一瞥し、契約書の最後の文に目を通す。


「『指輪が契約の証です。一度装着しますと一生外すことが出来ません』!?」


 タオルも契約書も手放し、指輪に手をやる。引っ張ってみるものの、取れるどころか、動く気配がない。指と一体化してしまっているような気さえする。


「今更になって気づくけど」

 自分のくだらない主張を思い出して、鼻で笑った。


「コーヒー牛乳、飲みてえ」


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