猫さがし。
少年と女性版お絵描き(文字書き)60分一本勝負
お題は【相棒】
「ミー! ミーどこいるのー! いたら返事、は無理だろうけど、鳴き声くらいあげなさいよー!」
河川敷のへそ程まで高さのある草むらを掻き分けながら、胡桃は半ば自棄気味に叫んだ。曲げっぱなしだった背筋を伸ばし、年寄りのように腰を叩いて一息をつく。
「あのうちの馬鹿猫はどこにいったのかしらね、まったく」
胡桃家は三毛猫のミケを飼っており、外には出さず家猫としてミケを胡桃以外少々過保護気味に可愛がっていた。しかし三十分程前、開けたままだった窓からいつの間にか外に出ていったことが判明したのだ。家族中大騒ぎで、妹はミケがいなくなったことで泣き始めて親はそれを宥めるのに精一杯、手が空いていて体力が有り余っている女子高生の胡桃一人に捜索を押し付ける形になったのだった。
「猫なんだからお腹が減ったらひょこっと戻ってくるわよ」
愚痴を吐きつつも、道路に跳びだして事故にあう可能性を考えるとサボる気にもなれない。
「この河川敷を1人で探すのはちょっと無理そうね」
整備をする気が微塵も感じられない草むらを眺めてぼやく。地道に足で探すのではなく、視点をあげて上から眺め、動いてるものを探そうと辺りに視線を回した。
道路側に大きく高い頑丈な木があるのを捉え、そこへ足を向ける。その木は胡桃が小学生の頃友達と秘密基地やヒーローごっこをして遊んだ思い出の場所で、懐かしさを感じ、頬を緩める。
「あの頃は子供だったなあ。同年代の男子は子供に見えて、中高生の男の人が大人っぽく見えたっけ」
同級生の男子達を思い返し、幻想だったなとげんなりした。
その時、胡桃の背後の草むらが音を立てて揺らめいた。すぐに振り替えり、何かが草むらの中を動き近づいてくるのがわかる。
「ミー?」
探していたミケかと思い、腰をかがめて待ち構える。
直後、お腹に強い衝撃が飛んで来た。
「ぐほっ!?」
およそ花の女子高生らしからぬ声をあげ、尻餅をつく。咳き込んで息を整えながら前を見ると、そこには頭をさすりながら胡桃と同じように尻餅をついている少年がいた。
「いたた」と可愛らしく呟いたかと思うと、少年はキッと鋭い目をして胡桃を睨んだ。「いたいじゃん!」
「あ、ごめんごめん」
胡桃は尻についた土を払いながら、立ち上がった。気が強く、手が早いと同年代の男子に恐れられる胡桃だが、幼い子の相手は妹でいつも慣れており、保育モードのようなものに瞬時に切り替え、対応した。
「立てる?」
片手を差し出し、笑いかける。
「いい。一人で立てるもん」
むすっとした顔で少年は立ち上がった。
「良かった。で、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「何? ぼくいそがしいんだけど」
「すぐ終わるから。この辺で三毛猫見なかった? 黒、白、茶色の模様をした猫。赤い首輪をしてると思うんだけど」
それを聞くと少年はフッと勝ち誇った笑みで私を見上げた。
「うん。それなら見たよ。今日はじめて見るねこだったからどこから来たんだろう、って思ってたんだけど、お姉ちゃんのところのねこだったんだね」
「よかった! その猫どこにいるか教えてくれない?」
「いいけど、だめ」
「え、なんで?」
「そこに行くにはこの草むらをまよわず行かないといけない場所なんだ。だから、ぼくがあんないしないといけない」
「それで、ぼくは案内してくれないの?」
「さっきも言ったでしょ? ぼくはいそがしいんだ。せかいをやつらから守るには早くメンバーを集めないといけないんだから」
胡桃は幼い頃のヒーローごっこを思い出した。時代は変わってもこういう遊びは変わらないんだなと少々年寄りじみたことを考えてしまう。当時を思い出しながら、少年に語りかけた。
「大丈夫だよ。今いるメンバーで、世界は守れるって! たくさんいるんでしょ?」
胡桃は当時のことを思い出しながら話したので、友達がたくさんいるなかのごっこ遊びだと思っていた。けれど口を突き出し俯く少年を見て、自分の発言を後悔した。
「もし、もしも力が足りないっていうなら、お姉さんも世界を守るのに協力するから、ね?」
泣き出すのを止めようと必死で合掌し、頭をさげる。少年がぐずるのを覚悟しながら、待っていると少年が涙声で「ほんと?」と呟いた。
「ほんとほんと! もしかしてメンバーが多すぎて私はお邪魔になるかなー?」
少年は目元をこすり、鼻をすすって顔をあげた。
「うん。メンバーは足りてるけど、お姉ちゃんがどうしてもっていうならいれてあげる」
「うん! 入れて入れて!」
「わかった! お姉ちゃんがそこまでいうんなら、とくべつにぼくのあいぼうにしてあげる」
「相棒か。うん、わかった。わたしはキミの相棒ね!」
何か忘れてる気もするが、これでどうにか解決しそうだと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、お姉ちゃん。ちょっとあたま下げて」
少年の言うとおり、頭をさげると、少年は胡桃の頬に唇を触れさせた。
「これでけいやくせいりつ! お姉ちゃんはぼくのあいぼうだからね!」
手を振りながら去る少年を、胡桃はぼうっと眺めることしか出来なかった。
小さい頃は子供に見えた男子と同じ歳頃の子に、大きくなってから翻弄されてしまうとは。
ちなみに、ミケは夕飯の時間に普通に家に帰ってきた。