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逃げ出した地球

作者: あがぺー

使用禁止。

 彼等の「地球」には、そう書かれていた。


「納得できるかってんだ」

 少年は張り紙を毟り取り、地球の上で胡座を掻いた。

 改めてその紙を眺め、くしゃくしゃに丸めて放り捨てる。

 彼の胸元では「3年3組 西野公平」という名札がはためいていた。

「西野ぉ……怒られるよぉ」

 別の小柄な少年が、彼を不安そうに見上げた。地球に座る西野は、ふんと鼻を鳴らして腕を組む。

「怒られるのが怖くて餓鬼がやってられるかってんだ。怖いなら野口は帰れ」

 野口と呼ばれた小柄な少年は、泣き出すのを堪えるように口をへの字に曲げた。

「か、帰れないよぉ……。西野が来いっていうから、僕、ピアノサボってきたんだもん」

「そんなん知らねぇよ」

 西野は地球から飛び降りた。野口が「ひどい……」などと戦慄していたが、彼は気にも留めなかった。


 夕方の公園。そこには、彼等のための地球があった。

 鉄のパイプを、球状に組み上げた遊具。掴んで回せば、いくらでも加速する。

 中に入って、外から回して貰うも良し。外側にしがみつき、遠心力に任せて足を浮かせるも良し。てっぺんに座って、征服者気分に浸るのも良い。

 兎に角この「地球」は、彼等にとって無くてはならないものだった。

 その地球が、この度撤去されることになった。


「まぁ、確かにちょっと危ないよね。大分錆びてきてるし、鉄も脆くなってきてるか……おおあっ!?」

「危ないがどうしたぁあああ!」

 突如野口は、襟首を掴んで持ち上げられた。西野はジタジタと暴れる野口を振り回すようにして、熱く語り出す。

「遊ぶときゃ常に命がけなんだよ! 誰ぞが怪我したんだか何だか知らねぇが、俺達が大切に遊んできたこの地球を、役所の大人なんかに渡してたまるかってんだ!」

「大切って。西野はいつも足で蹴って回転させてたじゃ……なんでもない」

 野口は自分の口を両手で覆い、ぶんぶんと首を振った。西野は疑わしげに彼を眺めていたが、舌打ちしてから解放した。

「アイツ等、血も涙も無ぇんだ。この間だって、タコハチの頭を刈り取っていったんだぞ!」

 西野が鼻息も荒く指さす先には、大きな滑り台があった。元々はタコの形をしており、足の部分が滑り台や階段になっていた遊具である。タコの頭の部分が頂上で、ドーム型になっており、子どもたちはその中から滑り出してくるというシステムだった。

 しかし、今は頭の部分が無くなっている。滑り台としては十分に遊べるが、タコを模した吸盤柄などが残っているため、かなり不可思議な見た目となっている。

「タコハチの内側、落書きだらけだったもんね。ほら、西野もえっちなこと書いてたじゃん」

「うるせんだよ!」

 頭の上から怒鳴られ、野口は首を竦めた。

「兎に角、この地球だけは絶対に助けるぞ。役所の奴等が刈り取ってスクラップにしちまう前に、俺等で何処かに隠すんだ」

「隠すったって……」

 野口は地球を見上げた。地球の直径は、子どもの身長の1.5倍ほどもある。そしてそもそも、地面に固定されているのだ。

「勿論、その点に関しては考えてある。おい、山田!」

 西野の呼びかけに応じ、今まで無言でベンチに腰を下ろしていた少年が、徐に立ち上がった。

 西野より頭一つ分以上背が高く、ぽっちゃりというにもやや度を超した、大きな身体をしていた。

「なぁに?」

 大魔神のような見た目とは対照的に、山田はのんびりと返事した。

「よぅし、山田」

 西野は、びしりと地球を指さした。

「もげ」

「いやいやいや無理無理無理」

 無茶な命令に、野口がパタパタと手を振る。山田は地球を眺め、二つ瞬きをした。

「いーよ」

「ええええ!?」

 あんぐりと口を開く野口の横を通り過ぎ、山田は地球の前にしゃがみ込んだ。そしてその下に手を回し、何かごそごそとやり始める。キュウキュウという、仔猫の鳴くような音が聞こえた。

 暫くごそごそやった後、やはり徐に立ち上がり、地球を掴んでぐいと引いた。地球はそのまま、ごろりと転がった。

 野口は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせながら、傍らの西野を見上げた。西野は得意気に、ポケットサイズの工具を掲げてみせる。

「使用禁止になってから3日、こっそりコイツでネジを緩めてきた。手で回すだけで、いつでも外せるようにな」

「よい子は絶対に真似しないでください……」

 野口は誰に言うでもなく呟き、頭を抱えた。

「中に入れ野口。転がして運ぶぞ」

「はああ!?」

 唖然とする野口を、殆ど蹴飛ばすようにして地球の中に潜り込ませる。西野も後に続いて潜り込んだ。

「西野……俺、入れない」

「あーそっか。山田はデブだから隙間通れないのか。よし、外から押せ」

「うん」

 失礼な発言に腹を立てた様子もなく、山田はゆっくりと地球を転がし始めた。中に入っている二人は、ハムスターのように歩き出す。

「ちょ、ちょっと西野。まさか、この状態で移動する気!?」

「おう。グッドアイデアだろ? これなら新しいタイプの乗り物に……」

「見えないよ! うわ!」

 がつんと音がして、地球の回転が停止した。公園入り口の柵にぶつかったらしい。

「早速障害物か」

 西野は眉間に皺を寄せた。

「ほらぁ、やっぱり無理なんだよ。こんな無茶しなくてもさぁ、他のことして遊べばいいじゃない」

「山田。この柵引っこ抜け」

 野口の発言は完全に捨て置き、西野は背後を指さした。山田は柵を眺めて三つ瞬きをした。

「いーよ」

 山田が力を込めると、柵は簡単に引っこ抜けた。元々ある程度の力で抜ける仕組みになっているようだが、それにしても、本来子どもには重すぎる筈だった。

「クリアー!」

 西野は拳を突き上げ、駆け足を始めた。地球が再び転がり始める。張り切った所為か、かなりの勢いが付いた。

「ぼ、僕、足遅いんだよおおおお!」

 回転する球体の中では、自ずと同じ速度で足が動く。野口は半べそで走り続けた。

 地球は道路に飛び出し、ごろごろと転がり続ける。外側にいる山田は、巨体にしてはなかなかの俊足で、「ほっほっ」とリズミカルに息を吐きながら、転がる地球を追った。


 夕方。人通りも少なくなった頃。

 だが、こんなものが往来を転がっていて、注目を集めぬはずがない。

 目を見張る買い物帰りの主婦。吠えまくる散歩中の犬。腰を抜かすサラリーマン。アレ買ってとせがむ幼稚園児。

 途中で近所のおばあさんとすれ違った。

「おや、コウちゃん。お散歩かい?」

「そうだよー!」

「暗くならないうちに帰るんだよ」

「はーい」

 西野は足を止めることなく、和やかな会話でその場を切り抜けた。

「ねえ、あの人なんで止めないの……」

 項垂れる野口とは対照的に、西野は不適な笑みを浮かべていた。

「婆ちゃんが何十年生きてらっしゃると思ってんだ。ちょっとやそっとじゃ驚かねぇんだよ」

 他の通行人達も無論驚いては居るようだが、関わり合いになりたくないのか、追ってくる者はいない。

 野口は溜息を付き、足を止めずに西野を見上げた。

「これさぁ、何処へ向かってるの?」

「学校。俺等の秘密基地なら、これくらい隠せるだろ」

「秘密基地……」

 野口は自分達の「秘密基地」を思い浮かべた。

 屋外プールの裏手。校舎周りの塀と、プールの壁との隙間。落ち葉だらけで手入れの行き届いていないその場所に、彼等の秘密基地はあった。

 枝や段ボールなんかを組み立てた基地の周辺には、まだ十分なスペースがある。少々狭いが、幅的には地球もなんとか収まるだろう。

 学校の敷地だとか、年度終わりには業者が掃除する場所だとか、そんなことは彼等にとって関係のないことだった。秘密基地は他人に知られていないことが前提であり、「仲間」以外は不可侵の領域であった。

「うーん……」

 野口は不安げに唸りながらも、地球を転がし続けた。


「西野くん……それ、何?」

 背後で声がした。落ち葉で地球を覆い隠そうとしていた3人は、反射的にその手を止める。

 後には、若い女性が立っていた。彼等の担任教師だ。歳は20代半ばといった所で、彼等のクラスが初担任。子どもたちのやんちゃぶりに、この頃目つきがどんよりしていた。

「センセー……」

 見回りでもしていたのだろう。衝撃的な物を発見してしまった教師は、ただただ唖然としていた。

 3人と教師は、しばし見つめ合う。気まずい沈黙を破ったのは、西野の一言だった。

「ほら、あれだよ。自由研究? 遊びの歴史を研究しようと思って……って、やっぱ無理があるか」

 教師の顔が、徐々に青ざめていく。当然だ。大人がコレを見て、彼等が何をしでかしたか分からぬ筈がない。

「返してきなさい! 今すぐ!」

 彼女の金切り声を耳を塞いでやり過ごし、西野は地球に潜り込んだ。

「逃げるぞ」

「え、えええ!?」

 野口も反射的に地球に入り、山田はそれを確認するや転がし始めた。

「待ちなさい!」

 彼等は器用に校門の間を転がり抜け、再び街中を爆走した。


「まいたか?」

 西野は油断なく背後を振り返る。

「先生……益々やつれちゃうね……」

 野口は地球の中で座り込み、ぜいぜいと息をしていた。西野も傍らに腰を下ろし、山田は地球の隣でしゃがみ込む。

「後でゴメンナサイしとくよ。それより……どこに逃げるかだな。山田ぁ、どこか良い隠し場所しらないか? 広ーい庭とかあって、物置いといても文句言われない場所!」

 山田は地球を眺め、二つ程瞬きした。

「俺の爺ちゃん家」

「よぅし、そこに決定!」

「えええええ!」

 西野は直ぐさま立ち上がり、駆け足を開始した。地球がごろごろと転がり始める。

「山田、案内しろ」

「いーよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 山田は地球を押しながら、軽快に走り出した。


「これ……線路じゃん」

 地球は、線路にすっぽり収まっていた。野口は茫然としていたが、残る二人は腕組みして線路を眺めている。

「線路辿らないと道わかんねぇからな。お前の爺ちゃん家遠いのか? 駅、何個くらいだ?」

「うーんとねぇ……」

 山田は指を折って数え始めた。両手の指を使い切り、2週目に突入する。

「10越えてんじゃん!」

 野口が鋭く叫んだ。

「この案は没だな」

 西野がかっくりと項垂れた時、甲高い笛の音が聞こえた。

「そこおおお! 何してるんだ!」

 駅員らしき服装の大人が3人。此方を睨み付けて歩いてくる。

 彼等が怒りの表情なのも無理はない。列車にとってこの地球は、これ以上ないほどの障害物なのだ。

「やば、バレた」

「怒られるよぉ、もう無理だよぉ」

 野口がしがみついてくる。西野は一瞬考え、直ぐさま駆けだした。

「逃げるぞ! 押せ、山田!」

 山田は力一杯地球を押した。線路に嵌っている球体は、面白い程の勢いで転がり始める。

「ま、待てえええええ!」

 駅員達がホイッスルを吹きながら追いかけてきた。

「走れ走れ走れええええ! うひゃひゃひゃひゃ!」

 相手が必死になるほど楽しいのが、悪さというものである。西野は悪党のような笑い声を上げながら、地球の中を走りまくった。


「僕……もう帰りたい……」

 野口は、ぐずぐずと洟を啜りながら顔を覆った。

 彼等は線路上からなんとか脱出し、河原の土手の上で途方に暮れていた。

 日は今にも沈もうとしていて、彼等の後には、楕円形の長い影が伸びている。

「そうか……ここだ!」

 不意に西野が立ち上がった。彼の視線は、土手の下に注がれている。

「あの草の所に突っ込んでおこうぜ! あれだけ雑草だらけなら見つからねぇよ!」

 河原には背の高い草が大量に生えている箇所があった。子どもは勿論、大人でもすっぽり覆い隠されてしまうだろう。勝手にゴミなんかを捨てていく者も多く、大概の人間は近寄ろうとしない、小さなジャングルであった。

「よぅし、降りるぞ。山田、押せ」

「降りるって、この土手をぉ!?」

「いーよ」

「よくない!」

 野口の制止も虚しく、山田は地球をちょいと押した。球体である地球は、勢いよく土手を転がり出す。

「ぎいああああああ!」

「ぬお!」

 回転速度に足が付いていかず、二人は横型ドラム式洗濯機の中の洗濯物のように、地球の中を転げ回った。

 地球はそのままごろごろと転がり、ねらい違わず草むらに突っ込む。草を大量になぎ倒し、地球はようやく停止した。

 漫画のように、ちらちらと星が飛んでいる。目をぎゅっと閉じて頭を振ると、いくらか星が治まった。

「だいじょうぶ?」

 器用に土手を滑り降りてきた山田が、心配そうに覗き込んだ。

「おー……なんとかな」

「もおおおお! 死ぬかと思ったじゃないかああああああ!」

 野口がぽかすかと殴ってきた。余程恐ろしかったらしい。

「生きてんだから別に良いだろ! それより早くこれを隠さないと……」

「この辺りです」

 不意に視界が開けた。彼等と地球を覆っていた草が折れ、代わりに見知らぬ数人の大人が顔を出す。

「業者を呼んで草刈りをお願いしたい………君たち、何してんの?」

 地球の存在に気付いた大人たちは、茫然とそれを見つめた。皆作業着のような服を着ていて、プラスチックの名札をしている。名札の右上には、難しい漢字が並んでいた。殆どが読めなかったが、「市役所」だけは読めた。

「まずい……こいつら、役所の連中だ」

 西野は冷や汗を流した。大人達は眉間に皺を寄せ、草をへし折りながら近付いてくる。

「これアレですよ! 公園の遊具!」

「撤去する予定のやつか!」

 大人達の言葉には、「とんでもない奴だ」という批難が感じられた。

「ど、どうすんのぉ」

 野口が半べそでへばり付いてくる。しかし西野は、にやりと笑んだ。

「決まってんだろ……逃げる!」

 西野のその言葉を待っていたかのように、山田が草むらから地球を押し出した。中の二人は、間髪入れずに駆け足を始める。地球は凄まじい勢いで転がり始めた。


 野口はまた、ぐずぐずと洟を啜っていた。西野が面倒そうに顔を歪める。

「泣くなよ、面倒くせぇ!」

「泣きたくもなるよ! 今日だけでどれだけの大人敵に回したと思ってるんだよ!」

 野口に怒鳴り返され、流石の西野も押し黙った。野口は息をつき、ぽつりと言った。

「結局……逃げ場なんてないんだよね」

 3人は公園に戻ってきていた。日は既にとっぷりと暮れ、空にはいくつかの星も輝いている。大人達から逃げまくり、彼等が最終的に辿り着いたのは、元の場所だった。

 並んでベンチに腰を下ろし、寂しげに転がる地球を眺める。大人達がここを捜し当てるのも、時間の問題だろう。

「地球……潰されちゃうのかなぁ?」

 そう問いかけても、西野は口をへの字に結んだままだった。野口はベンチから立ち上がり、地球に手を掛けた。

「役所の人に頼んでみるとかさ、なんか良い方法……」

 言葉が途切れた。彼は目を全開にして、ある一点を見ている。

「どしたの?」

 山田も立ち上がって野口の隣に立ち、やはりあんぐりと口を開いた。

「なんだよ」

 西野は眉間に皺を寄せた。野口は口をふがふがさせながら、何とか声を絞り出した。

「タコハチの頭が……復活してる」

「何?」

 西野も立ち上がって、二人の視線の先をみた。

 頭を刈り取られた筈の、タコ型滑り台。しかしそこには、紛れもないタコの頭があった。

「どういうことだ?」

 呆気にとられる3人の目の前で、タコ型滑り台は更に驚愕の変化を見せた。

 動き出したのである。

「うああああ……んが!」

 恐怖の雄叫びを上げようとした野口の口を、殆ど殴るような勢いで西野が塞いだ。タコ型滑り台は、完全にタコとしか思えないような動きで、うねうねと彼等に迫る。

 そして、頭の部分をぐうっと近づけてきた。

「く、喰われる! 喰われるって!」

 逃げだそうとする野口を、首を掴んで引き留める。西野はタコの顔を、じっと見つめた。

「タコハチ?」

 山田が口を開いた。野口は「やめろ」と言うように涙目で首を振っていたが、山田は興味深げにタコを見ていた。

「君たちはそう呼んでくれましたね」

 タコの頭から声がした。顔がないためどこから喋ったのか不明だが、ドーム状の頭に反響する低い声だった。

「喋った……」

 呆気にとられる野口の首を掴んだまま、今度は西野が問いかけた。

「タコハチ……生きてたのか!?」

「はい。頭部くらいは何とか再生できますので。しかし、折角の君たちに愛していただいた証拠が消えてしまいました」

 タコは頭をうねうねと動かした。どうも落書きのことを言っているらしい。西野は咳払いして続けた。

「そうか。じゃあまた書いてやるよ」

「お気持ちはありがたいのですが、実はこれから、故郷に帰るところなのです」

「故郷って……海とか……?」

 野口がびくびくしながら問う。

「いいえ。あの辺りです」

 タコは足の一本を、空へと向けた。数個の星が瞬いている夜空。他には何も見えない。

「タコハチ……もしかして宇宙人?」

 山田が言った。タコの頭から「ふぉふぉふぉ」と変な音がした。笑っているらしい。

「そんなようなものです。しかし、帰る前に君たちに恩返しがしたい」

「恩返し?」

 3人は声を揃えた。よじ登ったり滑ったり落書きしたり。返されるほどの恩を提供したとは、到底思えなかった。

「私のような者を愛していただいたお礼です。どうも君たちは、その星を逃がしてやりたいとお困りのご様子。よろしければ、私が共に空へ連れて行って差し上げましょう」

 タコは足の一本で、地球を示した。3人は目を見張る。

「そんなことできるのか!?」

「ええ。それだけの丸さなら、立派な星になるでしょう」

 タコは頭をゆさゆさと動かした。

「頼む! こいつこのまま此処にあったら、潰されちまうんだよ!」

「それはそれは。タイミングがよかったですね」

 タコは長い足で、地球を絡め取った。

「それではこれにして失礼します。またこの場所に立ち寄った際は、どうぞご贔屓に」

 タコは2本の足で地球を抱え、残る足をバネのようにくるくると丸めた。その足が伸びきると当時に、高く跳ね上がる。

 3人が見ている目の前で、タコ型滑り台は空へ一直線に飛んでいった。砂煙だけを残して、辺りは静かになった。



 翌日の放課後。3人は砂場に寝ころんでいた。

 昨日あんなに多くのことをしでかしたというのに、教師からも駅員からも役所からも、3人は特に怒られなかった。

 教師などは、「ゴメンナサイ」と言ったのに、

「何の話? また何かしでかしたの?」

と青い顔になっていた。昨日のことは、全く覚えていないらしい。

「きっと、タコハチが魔法使ったんだよ。俺達が怒られないように、みんな忘れさせてくれたんだ」

「そうかなぁ……?」

 夕焼け色に染まる空を眺め、3人は溜息を付いた。

「まだ、星でないかな」

 山田がぽつりと言う。

「出ないよ。というか、星が出る時間には子どもは帰らなきゃいけないよ」

 野口が言うと、彼の脇腹を西野が小突いた。

「お前はいちいち夢がないんだよ! 俺達の地球は……あの辺に出るだろうな」

「えー。飛んで行ったの、あっちの方じゃなかった?」

「いや、この角度でこう飛んでったんだから、あの辺だ!」

「そうかなぁ?」

 砂場しか無くなった公園で、彼等は笑いながら空を眺めていた。


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