Ⅶ
本編「泡沫」(6)と(7)の間の閑話です。
最近、塞ぎ込んでいた梨桜の気晴らしになれば。
オレと宮野の考えは尽く裏目に出た。
どうして今日に限って護衛を付けなかったのか…
梨桜に何かあったら?最悪のパターンが頭を過った。
「温度を上げておけ」
そう指示を出して公園の中に進んで行くと、男が傘を差し出している様子が街灯の白い光の中に見えた。
「寛貴さん!」
章吾がオレを見つけるとホッとしたような顔をした。
『ベンチに座り込んでいて動こうとしないんです。話しかけても返事をしてくれません』
そう報告してきたとおり、梨桜は「寛貴さんが来たぞ?」そう話しかけられても無反応だった。
「悪かったな」
章吾に声をかけると、解放されてホッとしたのかオレに頭を下げて倉庫へと戻って行った。
ベンチに目をやると、ずぶ濡れになり、携帯電話を握り締めている梨桜がいた。
制服に乱れた様子が無いことに不安が1つ減ったが、呼び掛けても返事はなく、涙を流しながら何処かを眺めていた。
「梨桜!」
様子がおかしすぎる。…何があった?
返事をしない梨桜を抱き上げると、前より軽くなったように思えるその体は雨に打たれ続けたせいで冷たかった。
車に乗せ、運転手の牧村に着替えさせる事を伝えると、「暖かいものを買ってきます」と言って車を降りた。
「梨桜、脱がせるぞ」
タオルで濡れた身体を拭いてやり、倉庫に置いてあった梨桜のワンピースに着替えさせた。
その間も止まらない涙…
声をあげる訳でもなく、しゃくり上げる事もしない。
ただ、涙だけが流れていた。
「オレが分かるか?」
冷たくなった頬に手をかけて視線を無理やり合わせると、虚ろな目でオレを見た。
「梨桜?」
唇がオレの名前の形に動いたけれど、それは声になっていなかった。
「怪我はしてないか?誰かに絡まれたのか?」
首を横に振って俯いた。
さっきから携帯電話を握り締めている。
服を着替えさせた時にも離そうとせずに指先が白くなる位、力を入れて握り締めていた。
「梨桜」
オレの胸に額をつけると空いている手でシャツを握り締めた。
コツコツと窓を叩かれ、窓ガラスを下げると牧村が戻ってきた。
「もう大丈夫ですか?」
「あぁ、出してくれ」
濡れた髪の毛を拭きながら、オレにしがみつくようにしている梨桜の背中を撫でてやった。
倉庫につく頃、やっと涙が止まり、体を温める為にシャワーを浴びさせなければと思った。
携帯電話を握り締めている手の上から両手で包むように手を重ねると力が少し緩み、ゆっくりと指を開かせ、携帯電話から手を離させた。
「一人で大丈夫か?」
頷いたから一人にさせたが、拓弥と悠の『遅い』という言葉に慌てて戻るとオレが梨桜を残して行った時の格好のまま、シャワールームの床に座り込んでいた。
「梨桜!」
強い口調で名前を呼ぶとゆっくりと顔を上げた。
泣いてはいないけれど、どこを見ているのか分からない目で顔をオレに向けていた。
「脱がせるぞ」
「…」
何かを言いかけたが、返事を聞かずに濡れて冷たくなっている下着を脱がせて熱めのシャワーをあてた。
「熱いか?」
「温かい…」
やっと会話になるような言葉を口にした。
「髪の毛を洗うから目を閉じてろ」
素直にこくりと頷き目を閉じた。
髪の毛を乾かしてやりながら、男に乱暴されてない事だけは確かめた。
でも、何があったのかを聞くと、俯いて首を横に振るだけで決して口にしようとしなかった。
余りに頑なな様子に、宮野なら聞き出せるかもしれない。
そう考えて追及をやめた。
「少しだけ…」
そう言ってしがみつくように抱き付いている梨桜の背中を撫でてやると、目を閉じて体の力を抜いた。
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