Ⅲ
※本編「背中合わせ」の閑話です。
花火大会から2年経った今、梨桜はオレの腕の中にいる。
やっとオレの腕の中から逃げなくなった。
…目の前にいるこの男。
ムカつく女に連れて行かれた梨桜を追いかけるように見ている眼が気に入らねぇ。
「東堂って、東京で元気にやってるのか?」
梨桜が雄太と紹介した男が笑いながら聞いて来た。直感で、コイツは無害。そう感じた。
「元気だぜ」
拓弥が答えると「そっか、良かった」と笑っている。
「同じ学校って、梨桜は共学に通ってるのか?」
“梨桜”と呼び捨てするこの男に腹が立つ。
それはコイツも同じらしく、オレ達を睨みつけている。
「お友達に気安く呼び捨てされたくねぇな」
宮野が言うと、尚人と呼ばれた男が睨み返している。
「オレと梨桜は友達じゃない。あんた達こそ人の女を気安く呼び捨てにするな」
「あ?」
『人の女』だと?
宮野の眉が一気に吊り上った。
男の胸ぐらを掴んで『ふざけた事言ってんな』と怒鳴りたいが、梨桜の言葉を思い出して留まった。
「梨桜に男がいるって聞いてねぇけど?」
梨桜が言っていた『気まずい男』それはコイツの事に違いない。梨桜はこの男と今でも付き合っているのか?
…否、違う。付き合っているならあの時、泣きそうな顔で行きたくないなんて言う訳がない。
他に好きな男がいるなら、オレに抱き締められたままでいられるような女じゃない。
「彼女の中では、過去になっているみたいだけど?」
三浦がムカつくことを言いやがった。
オレには言わなくても三浦には話すのかよ…梨桜、おまえはどんだけ三浦に手懐けられてんだ?
「愁、どうしておまえがそんな事知ってるんだよ!」
「本人に聞いたからに決まってんだろ?梨桜ちゃんの中で、札幌での恋愛は終わってる」
「梨桜と別れたつもりはない」
その言葉に、宮野と三浦が尚人を見た。
「あんたの話だけを聞いても埒があかねぇな」
拓弥がニヤリと笑いながらオレを見た。コイツは今、この状況が面白くて仕方がないに違いない。
焦れるオレを見て楽しんでる。とことん趣味の悪い男だ。
梨桜とムカつく女が戻って来ると、険悪になっているオレ達を見て梨桜は不思議がっている。
おまえの自称彼氏が出てきて、ムカついてんだよ。
鈍いお前には分からないだろうな…
宮野が呼びつけた矢野がオレ達を見て顔を強張らせた。
どうせ梨桜に聞いても総ては言わないだろう。
それなら、知ってる奴に吐かせるだけだ。
「なんだよ、オレは修羅場に呼ばれたのか?」
宮野が梨桜を連れて会場を出て行くのを見届けると、矢野が口を開いた。
「察しがいいね、矢野君」
三浦が言い、矢野が「梨桜が騒いでいる王子様ってあんたか」と三浦を眺めていた。
「へぇ、仲のいい友達にもオレの事をそう言ってるんだ。梨桜ちゃんは可愛いね」
余裕の笑みを浮かべている三浦。矢野がオレを見てニヤッと笑った。
「東堂って、びっくり箱みたいだろ」
「あ?」
「あー、何となく分かるような気がする。びっくり箱っつーか、
無自覚・無茶・無謀?そんな感じだな」
拓弥が頷きながら言い、矢野が激しく同調していた。
「あんた達の前でさらけ出せてんなら安心だ。場所を移そうぜ」