枯葉の蝶々
一
鵺は眠っている。すっかり白くなってしまったその顔を天井に向けて、口笛を吹きそうなとがった唇を少し開けて眠っている。息をしている。身じろぎはしない。ただ昏々と眠っている。わたしはそんな鵺の子供のような顔をちらりと見ては、彼女に似合いそうな鮮やかな若草色のマフラーを編んでいる。
窓際にあるベッドに眠ることの出来る鵺はとても運がいいと思う。他の、鵺と同じく眠れる人々は、この窓の外の風景の一部になることが出来ないからだ。窓の外には不恰好なまでに大きな、でも無数の美しい葉で身を包んだ、銀杏の木がそびえ立っている。銀杏の葉はぱらぱらと舞い落ちていく。気まぐれな雨のように。その一瞬一瞬は、まるで絵画のようだ。鵺は切り取られた絵のような景色と一体化している。
わたしは鵺のところにほとんど毎日通っている。朝から晩までいることもあるし、昼食は鵺のそばで食べる。清潔すぎるにおいに満たされたこの場所は、居心地のいいところだとは言えないけれど、わたしは誰が何と言おうとこの場所にいる。いなければ、自分がどうにかなってしまいそうだ。ここで食べる弁当はおいしくない。舌に消毒液がしみてしまったような嫌な味がする。
「鵺、鵺。空が鉛色になったよ。本当に、金属で出来たみたいな風景。何だか悲しくなってくるね」
わたしはたまに、鵺に声をかける。返事をしたりしてくれないことは分かっている。ただ、声をかけたい。鵺のそばにいたという証が欲しい。それが自分だけにしか立てられない証だとしても。
鵺の足音が聞こえてくる。土を踏み、軽やかに跳び、素早く通り過ぎる、あの音。その音は遠くから聞こえて来たあと、段々耳に近づいてきて、中に入り、やがてわたしの鼓膜を踏みにじって、また耳の中を通り過ぎていく。遠ざかっていくその音を聞きながら、わたしは眠っている鵺を見つめていた。鵺は相変わらず、無垢な赤ん坊のような顔で眠っていた。
この日、わたしは夕方になってからここを去った。途中ですれ違った顔見知りの男性看護師は、にっこり笑ってさよならを言った。わたしも同じ顔を作って同じことを言った。そしてナースステーションを通り過ぎる時、わたしは女性看護師たちに挨拶をした。彼女たちは曖昧に笑った。彼女たちはいつも曖昧にしか笑わない。わたしはどこか変だろうか。彼女たちの気に触ることをしたのだろうか。そう考えて、少し笑う。本当は、知っている。何故なのか、知っている。けれど知ってはいけない。気がついてはいけない。気がついたら、何もかもおしまいになる。わたしは彼女たちの視線を後ろにし、逃げるようにして病院を出た。
冬の街では、縮こまって普段よりいくらか小さくなった人々が早足に歩いている。皆寒いのだろう。わたしは、寒くない。眠る鵺に会えれば、ちっとも寒くない。安心で、体までもが麻痺する。今日も鵺は目を覚まさなかった。けれどあの寝顔を見ていると、そこはかとないぬくもりを、喉から腹部にかけて感じるのだ。
スーパーやネイルサロンや美容室といった賑やかな建物のある通りを歩いて、わたしは人の流れを無視して途中の古本屋の角を曲がる。人気の無い、住宅街。公園に、小川。烏のしゃがれた鳴き声が聞こえる。街灯は少ない。だから、薄暗い。でも、わたしは怖くない。目的の場所がすぐそばにあり、そこがわたしを守ってくれると知っているから。
竹垣が見えてきた。生い茂る山茶花。手入れはずいぶん前からされていない。伸び放題で、みっともない。しかしわたしはそれを無視して、竹垣の内側に入る。広い庭の中に、明かりのともっていない家が見えた。
わたしの住む家は、とても狭い。小さな薄型テレビと和箪笥とちゃぶ台しかない畳敷きの六畳の居間に、冷蔵庫もコンロも炊飯器も、何もかも古い台所、仏間、それに、廊下を挟んだその隣に、一部屋。あとは牛乳石鹸のにおいのする風呂と、下水の気配を感じるトイレだけだ。二階もあるし、しっかりとした広い縁側もあるけれど、二階は物置になっているし、縁側は今の季節では寒くて戸袋を開けることも出来ない。玄関は懐かしい形の茶色いタイルが敷いてあって、スニーカーをはいて歩くと、キュッ、キュッ、といい音が鳴る。わたしはここをとても気に入っている。とても古い、染み付いた線香のにおいがしていても。
わたしは仏間の表の部屋で一人、寝ている。仏壇に線香をあげることは滅多にない。わたしは仏間に入ることがない。避けているのだ。それに、義務が無い。ここはわたしの家ではないから。
この家は鵺のものだ。そしてその祖母のものでもあった。彼女は一年前に亡くなってしまったけれど。この家は元々、鵺とその祖母の二人暮らしの家だったのだ。祖母が亡くなってから、鵺はわたしに「一緒に住もう」と言ってくれた。それからわたしはここに住んでいる。鵺が病院で眠るようになってからも、ずっと。他人の家での一人暮らしは気楽ではない。わたしはいつもこの家に気を遣っている。毎日掃除をしているし、前の住人が残した線香の香りを消そうとしたりもしない。
居間でぼんやりと文庫本を読んでいたわたしは、にゃあ、という甘い鳴き声に顔を上げた。いつもの三毛猫だ。わたしは彼女にえさをやったりはしないのだけれど、彼女はここにいついている。わたしを気に入っているのか、この家の庭を気に入っているのかはわからない。もしかして、以前の住人に懐いているのかもしれない。線香の香りの主。
わたしはますます暗くなった庭に出た。庭はそれなりに広く、この家には不釣合いなくらいだ。冬の庭には花が無い。わたしは花が好きだ。だからとても寂しい。しかし代わりに、冬の庭に彩を添えているものがある。紅葉だ。背は低いけれど広く場所を取った真っ赤な紅葉が、てのひらの形をした葉を繁らせているのだ。わたしは、紅葉の赤色が少し怖い。紅葉の赤色は非現実を思わせる。誰かの夢の中にいるような、錯覚を覚えさせる。
強い風が吹いて、わたしは寒さに身をすくませる。紅葉がぱらぱらと空を舞う。それを見て、わたしは病院で見た銀杏の黄色を思い出した。そして、最近頭の中に浮かんで離れない、あの言葉をつぶやいた。
「枯葉の蝶々」
風が止むと、紅葉は土の上に落ち、積もった。少しずつ積もっていく紅葉の葉。掻き出して、捨てる勇気は無い。わたしは、この庭の所有者ではないのだから。
戻ってみると、玄関先に三毛猫はいなかった。わたしは幻を見たような気持ちでぼんやりしていた。そしてふっと笑った。幻はわたしだ。この世を生きていないのはわたしだ。
鵺がよく使っていたゴム草履を脱いで家に入ると、ちゃぶ台の上で携帯電話のバイブレーションが鳴っていた。わたしは急に心を凍らせる。誰が電話をかけてきたのか、わたしには分かっている。わたしは折りたたみ式の携帯電話を開き、無造作に通話ボタンを押した。
「もしもし」
「もしもし。元気か?」
「うん」
「鵺ちゃんは、まだ眠ってるのか」
「うん」
「一人か」
「うん」
「そろそろ、うちに」
「え?」
「戻ってこないか」
「ううん」
「どうして?」
わたしは携帯電話を体から離して、一息ついた。それからまた耳に当てると、相手はくどくどと何か言っていた。わたしには何の意味も成さない、言葉たち。
「鵺ちゃんがいないのなら、その家にいる意味はどこにある。どうしてそこに住み続けるんだ。戻ってきなさい。第一大変だろう。一人で働いて、一人で家事をして。一人で住むのは危ないし、心配なんだよ。だから」
「わたしの家族は鵺だけなの。もうそんな話は必要ない。もうかけてこないで」
そう言って、わたしは電話を切った。相手がどう思おうが関係ない。わたしはわたしの家族のためにここに住み続けている。それを他人にとやかく言われる筋合いは無い。
わたしはすっかり凪いでしまった気持ちを奮い立たせて、鵺のことを想った。それから病院で編んでいたマフラーの続きをした。いつまでもいつまでもかかるこの長すぎるマフラーは、もはや鵺の体には合わない。けれどわたしは編み続ける。これからもずっと編み続ける。季節が冬を通り過ぎるまで。鵺が目覚めるまで。
次の日の昼、庭で洗濯物を干していると、音彦がやって来た。竹垣は低いから、すぐに彼と分かる。音彦は乗って来た自転車から降りて庭の入り口に停めると、わたしの方へと歩き出した。機嫌よくにこにこ笑っている。その顔が段々大きく見え出して、やがて近すぎるくらい近くに現れる。音彦はひょろりと背が高くて、わたしはいつも彼を見上げることになる。
「いいね」
と、音彦がつぶやいた。わたしは首を傾げて、
「何が?」
と聞いた。音彦は何も考えていない顔で、
「天気がいいね」
と言った。彼にはこんなところがある。つかみどころがない。しかしわたしはそれに慣れているので、笑って返す。音彦は彼の舌になじんだわたしの名前を呼ぶ。
「花」
「何?」
「今日は鵺のところに行く?」
「行く」
「そう。ならおれも行く。一緒に行こうよ」
「そうだね」
「何かおみやげ持っていく?」
「眠ってる人におみやげなんて必要ないよ。馬鹿」
そうわたしが言うと、音彦は笑ったまま黙った。わたしは昨日着ていたオレンジ色のセーターを広げてハンガーにかけた。音彦はぼんやりとそれを眺めていた。雲が少ない、暖かな日だった。
バスに乗って、鵺のいる病院に向かう。揺れるバスの中で、音彦は時折あくびをしながら黙っていた。わたしはそんな音彦をちらりと見た後、自分のてのひらを眺めていた。生命線の短い、わたしのてのひら。短く切りそろえられた爪のついた指は長くて、それなりにきれいだ。乳色の手の甲は、少し骨ばっていて、そこから伸びる手首は細い。わたしはミニスカートをはいた自分の足を見た。黒いタイツに包まれた足は、細くてしなやかだ。
わたしは最近自分の姿をろくに見ていない。特に、顔を。鏡の前で化粧をする時も、ぼんやりとしか認識していないと思う。仕上がった顔を確認する時も、自動的にバランスを見ているだけだ。
わたしは自分の顔を見てはいけない。見てしまったら、欲望のとりことなってしまうと分かっているからだ。わたしは、美しい。その事実を自分に教えてしまうと、取り返しのつかないことになる。
わたしは欲を持ってはいけないのだ。欲しがると、全てが壊れる。
病院に着くと、またいつものようにナースステーションを通り過ぎる。看護師たちは曖昧に挨拶をする。わたしがどんな姿をしているか、知っているから。はっきりと嫌な顔をすればいいのに、そうしない。彼女たちはわたしを嫌ってはいけないと、分かっている。わたしはそのせいで居心地が悪い。
銀杏の木を背景にして眠る鵺は、美しいとは言えない。顔のパーツが一つ一つ小さすぎたり大きすぎたりする。例えば、目は小さいし、口は大きい。鼻は小さくて鼻の下が少し長い。顔の形は角ばっていて、えらが張っている。だけど鵺は小さな、形のいい後頭部を持っている。髪はいつも短く切っているから、それがよく分かるのだ。わたしは鵺の後姿が好きだ。短距離走の時の、遠ざかっていく小さな体が好きだ。
「鵺、白くなっちゃったな」
音彦が小さくつぶやく。
「陸上であんなに真っ黒に焼けてたのに」
「わたし、ずっと前に日焼け止めを勧めたことがあったよ」
音彦がわたしを見る。わたしは鵺の白い顔を見つめている。
「面倒くさいって、断られた」
音彦が、少し声を漏らして笑う。
「こいつ、化粧だってしないんだもんな。いいよいいよ、そんなこと勧めなくても。こいつが見た目に気を遣うことを想像したら、ちょっと気持ち悪いって」
ひどい、とわたしは思って音彦をにらんだ。音彦はきょとんとしている。音彦は知らないのだ。鵺が化粧をしたがっていたことを。きれいになりたがっていたことを。
「化粧の仕方、教えて」と言う、鵺の低くてかすれたかわいい声を思い出す。どうして、と聞くと、恥ずかしそうに下を向く。どうして、ともう一度聞く。すると今度は顔を上げて、「音彦が化粧くらいしろって言ったんだよ。むかつくよね」と言ったのだった。ちっとも怒った感じのしない、はにかんだ顔で。
「音彦は、彼女作らないの」
唐突に聞くと、音彦は面食らった風も無く、真顔でうなずいた。
「どうして」
「面倒くさい」
「若いのに」
そう言って笑うと、音彦は横目でわたしを見て、
「おまえだって若いのに」
とやけに低い声で言った。わたしは少し笑った。音彦は、口を閉じて鵺を見た。
瀬川は週に一度、わたしの住むこの家にやって来る。そしてわたしと夕飯を食べる。食べるのは、決まって肉だ。今日は豚肉のしゃぶしゃぶだ。煮立った湯に肉をさらし、赤みが抜けた頃にたれをつけて口に運ぶ。わたしは肉もご飯も食べずにサラダばかり食べている。レタスをつつきながら、この脂ぎった五十代の男の旺盛な食欲を見る。するとなんとなく自分の食欲が無くなり、わたしは更に肉から遠ざかることになるのだ。
「きみはいつもあまり食べないね」
「胃が小さいんです。昔から」
「その割には背が高いね。ぼくとあまり変らないくらいじゃないか」
わたしは身長が百七十センチ近くあるので、瀬川は背が低いというわけではない。少し贅肉がついているけれど、顔は醜い方ではないと思う。多分、女が寄ってくるタイプだ。わたしも時々、その我の強さやみなぎっている自信に呑まれてしまう。こんな男が、どうしてわたしなどを囲っているのか。
今時囲われ者でいるなんて、古いとは思う。それにわたしは二十二歳だ。普通なら今頃は大学で卒業のための試験や論文で騒いでいる頃だろう。もしくは仕事に就いて、レジを打ち間違えたり、計算間違いをして上司に叱られたりしているのかもしれない。けれど実際はこの通り、囲われ者だ。理由は簡単だ。瀬川がそれを提案したから。そしてわたしは毎日、出来るだけ長く鵺と一緒にいたかったからだ。そのためには労働というものがわずらわしかった。働いている間、鵺が目を覚ましたらどうするのだ。わたしを探したらどうするのだ。
わたしは、瀬川が口座に振り込んでくれる金でそれなりに豊かに生活している。わたしには鵺の入院費用を支払う義務が無いので、余計に余裕がある。余った金を使って、わたしは服や帽子やアクセサリーを作る。わたしが着るものは大抵どこか手を加えてある。鵺のためにも暖かい帽子を作ろうと、わたしはマフラーを仕上げないうちから思っていた。
「きみはさ、本当に美しいな」
あ、と思う。瀬川がいつのまにか煙草を吸っている。枯草が燃える匂い。嫌な匂い。この家に線香以外の匂いが広がって、染み込んでいく。いけない。止めなければいけない。
「ぼくはね、きみを初めて見たときから囲われ者にぴったりだと思ってたんだよ。そのぼんやりした風情だとかちょっと変っているところだとか。ぼくはすごく好きなんだよ。まさかぼくのものになるとは毛筋ほども思わなかったけどね」
瀬川は白い煙草の煙を口からもわもわと吐き出しながらそう言った。わたしは何も言い出せずにその煙の匂いが自分を満たしていくのを知った。
「そろそろ、寝ようか」
何気ない調子で瀬川は言う。条件反射のように、サラダを空にしたばかりのわたしは立ち上がり、瀬川の元に行く。瀬川はわたしの体を点検するようにしてつま先からふくらはぎ、腰、胸を見ると、顔を見た。その顔は欲望が丸出しというふうには見えなかった。けれど瀬川はわたしの体を急いて求めていた。だからわたしは煙草のにおいがぷんと匂うのを気にしながら、瀬川の首に腕を巻きつけた。
「きみは美しいな」
染み込まないように気をつけなければ。そう思いながらわたしは呼吸をした。ただ呼吸をした。それが魔除けになると信じていたのかは、分からないけれど。
早朝、体中のだるさにうんざりしながら、わたしは目覚めた。瀬川はいなくなっていた。いつものことだ。瀬川は来たい時に来て、帰りたい時に帰って行く。わたしは体中に染み付いたような気がする煙草の匂いを落とそうと、風呂場に行った。脱衣所の重い引き戸を開けると、つん、と匂いが鼻をついた。風呂場も煙草の匂いで充満していた。瀬川が風呂を浴びて行ったからだろう。
「禁止だって言ってたのに」
わたしは独り言をつぶやいた。煙草は禁止だった。どうして瀬川は突然に、平然と約束を破ったのだろう。わたしは考えようとしたが、思考は途中で止まるばかりだった。わたしの体も、お湯をいくらかぶっても、石鹸の泡で洗っても、匂いは落ちなかった。わたしは少し、泣きそうになった。
二
鵺は今日も眠っている。
マフラーを編んでいると、音彦がやって来た。長い手足を持て余すようにして、ぶらぶらと歩いてくる。彼が足元を通り過ぎる、眠っている人々。彼らは夢の中にいる。目覚めるのかどうか、分からない夢。
「長いな」
音彦はマフラーを見て、笑った。
「これ、鵺にぴったりでしょ」
わたしはにっこり笑う。音彦が軽く握った手を口元に当てながら、声を漏らして笑う。
「色はね」
「鵺は緑色が好きだもんね」
「そうだっけ」
「そうだよ」
音彦は鵺を挟んでわたしの向かい側の椅子に座った。
「あーあ。高校時代はこんなの、思いもよらなかった」
「こんなの?」
「よくこの三人でつるんでたけど、高校卒業してまで一緒だとは思わなかったんだよ」
「いいじゃない。今も三人で」
「こいつがこんな風になることも、想像だにしてなかった」
わたしたちは黙って鵺の顔を見た。白い寝顔が外の弱い日差しを浴びて、あちこちに陰影を作っていた。かわいいな、とわたしは思った。
「ねえ、鵺の好きな人って、誰か分かる?」
音彦はとぼけたような顔で、わたしを見た。唇が少し開こうとした。
「回診です」
扉がローラーの音を立てて開き、女性看護士の声がわたしたちの間に飛び込んできた。わたしは少し、身構えた。
「こんにちは。いつもお見舞いご苦労様です」
低い声。顔を上げると、瀬川が立っていた。にこにこ笑って、愛想がいい。白衣を着て、聴診器を首から下げている。表の顔だ。
わたしと音彦は目を伏せて、椅子を奥に片付けて病室の隅に立った。お互い黙っている。
「きみたちはいつも仲がいいね」
瀬川が鵺の胸元をはだけて聴診器を当てている。看護士は血圧を測っている。黙っているわたしたちを、瀬川が見つめる。
「三人とも、同じ高校なんです。彼と彼女は同じ大学で」
わたしが呟くように答えると、瀬川はにっと笑って作業に戻った。
「きみは違う大学なの?」
白々しい。知っているくせに。
「いいえ」
「じゃあ、何してるの?」
「フリーターとして働いてます」
「そう」
その声には笑いがこもっていた。音彦の顔つきが厳しくなる。
「それじゃあ」
他の患者の回診を終えて、瀬川は澄ました顔で出て行った。音彦が閉じた扉に向かって歩き出す。わたしは慌てて音彦を止めた。
「どうしたの? 何怒ってるの?」
すると、音彦はわたしを見て、
「馬鹿」
と怒鳴った。
「あんな奴でいいのかよ。おまえの人生、こんなんでいいのかよ」
「ずっとじゃないから、平気」
音彦は唇をぎゅっと噛み締めて、わたしを見下ろした。少し、泣きそうな顔。
「鵺の家に住むの、止めたほうがいいよ」
「どうして?」
「あいつが来る」
「わたし、実家に帰りたくない」
「何でそうなるのか分からないよ。どこもおかしなところのない家じゃないか」
「あの家は、嫌」
わたしは化粧ポーチを取り出し、チークブラシで鵺の頬をピンク色に染め始めた。
「何やってるんだよ」
「鵺って化粧したことないでしょ? 寝てる間だけでもさ」
「やめろよ。死化粧みたいじゃないか」
ぴたっと、わたしの手が止まった。死化粧? 鵺が死ぬ?
音彦は鵺のサイドテーブルからウェットティッシュを取り出し、ごしごしと鵺の顔を拭いた。鵺の顔がぐらぐら揺れる。
「止めて。鵺が起きちゃう」
音彦が手を休めずにわたしにこう尋ねた。
「おまえ、鵺に起きて欲しくないのか?」
窓の外でびゅうびゅうと、風が吹く。風が吹いて、銀杏の葉が落ちる。ぱらぱらと、落ちる。
枯葉の蝶々、とわたしは思う。
数日後、音彦はこの間とは打って変わって明るい顔で、鵺の家にやって来た。わたしは病院に持っていく弁当を作っているところだった。
「病院は止めてさ、ちょっと出かけようよ」
台所の中に入ってきた音彦は、わたしの手元をまじまじと見つめていた。わたしの手は忙しく動いていた。
「それは夕飯にすればいいじゃないか。お昼はおごるから」
「どうしたの? 気前いいね」
わたしは出来上がった具を弁当箱に詰め込みながら笑った。
「おまえ、いつも一人で飯食ってるだろ? たまにはいいじゃないか」
「音彦と食べるのが?」
くすくすと笑う。わたしはだんだん機嫌が良くなってきた。音彦の言うとおりにするのもいいかもしれない。
「いいよ、行こうか」
わたしたちはバスに乗って、少し遠い街に行った。鵺の病院とは別の路線。わたしは鵺を想って少し不安になりながら、音彦と話をした。音彦は彼らしくなく、おしゃべりだった。わたしも少し、はしゃいでいた。
映画館に行って、アメリカのSF映画を観た。ありきたりの筋だったけれど、最後のハッピーエンドにわたしは感動してしまって、泣いた。音彦はそれを見ると微笑んだ。多分、昔を思い出したのだろう。
昔はよく鵺と音彦とわたしで映画を観に行った。アメリカの大作映画ばかり何本も。わたしたちは三人とも違った性格だったし、別々の趣味を持っていたけれど、こればかりは共通した趣味だった。わたしはいつも映画の最後に泣いたし、鵺はそんなわたしを慰め、音彦は軽くからかった。
音彦は、勉強ばかりしていた。それに昔は眼鏡をかけていたのだ。少しさえなかったけれど、おっとりしているところがわたしと鵺は気に入っていた。鵺は、陸上に専念していた。勉強なんてしなかった。けれど頭がよくて、音彦と同じ大学にひょいと入った。そこでも陸上を続けていた。わたしは鵺が走るのをいつも眺めていた。高校時代も、鵺が大学に入ってからも。
わたしは専門学校に入り、一週間で辞めた。理由などない。ただ、なんとなく辞めた。
「どうした? 花」
映画館を出て、物思いにふけっていると、音彦がわたしの顔を覗きこんできた。その顔を見て、変らないな、と思う。ぼんやりした、つかみどころのない表情。わたしはこの顔が好きだ。とても、優しい顔だ。
わたしは笑って、その場をごまかした。音彦はあまり気にした様子もなく、次はどこに行こうか、と辺りを見回した。道行く人々は皆、色鮮やかに着膨れしている。通りは賑やかだ。
美術館に寄ったのは、何か好きな展示物があったからではない。音彦が、わたしの美術品好きを知っていて連れてきてくれたのだ。
「何もないな」
「あるでしょ。渦巻の絵」
その展示室には渦を描いた絵ばかり何枚も飾られていた。赤いもの、緑色のもの、灰色のもの。小さな渦がたくさん描かれているものがあれば、巨大なキャンバスに同じくらい大きな渦を一つ描いたものまである。
「意味が分からないな。おまえは好きなの? こういうの」
「好き、じゃないな。何だか怖い」
渦巻状の風に舞う、落葉を思わせた。鵺の眠る病室から見える、銀杏の落葉。鵺の家の庭にある、紅葉の落葉。風に舞う。舞う。舞う。
「じゃあ出ようよ」
音彦がつい、と部屋を出て行った。わたしはそれを追いながら、ぐるぐると回る、枯葉を思っていた。
喫茶店でおいしいオムライスを食べてから店を出ると、何か買ってやるよ、と音彦が言った。わたしはにっこり笑った。
「一万円超しても?」
「ええっ。うーん。いいよ」
「いいの?」
「おれ、金遣わないし」
思わず、音彦に抱きつこうとすると、音彦はさっと避けた。わたしははっとして、自分のしようとしたことに気づいた。
「何を買うのか知らないけど、贅沢だね」
そんなことを呟く音彦の後姿を見て、わたしは鵺を思い出した。音彦のことが好きな鵺。隠したまま、告げなかった鵺。わたしはその気持ちを踏みにじろうとした。
「本屋に行こうよ」
二人で出かけたことを知ったら、鵺は悲しむだろうか。
家に帰って、音彦に買ってもらった、数人のシュルレアリズム画家の絵を集めた大きな画集のページを、一枚一枚めくっていた。非現実的な空間が、絵の向こうにあった。列車が壁を突き抜けていく絵。石膏像と赤い手袋が一緒に描かれた絵。女たちの卑猥な絵。ふと、鵺の見る夢はこんな感じなのだろうか、と思った。
ぱっ、と硬い紙をめくる。すると、心臓がぎゅっと縮まった。枯葉が地面に積もっている。銀杏が、紅葉が、空に届かんばかりに溜まっている。わたしはこの絵をじっと見た。落葉ではない。なんでもない、何かつるつるした塊だ。様々な形の部品が、絵の下部に沈殿していた。けれど、もう一度見ると、それはやはり落葉に見えた。色鮮やかな枯葉が落ちている。積もっている。これだ。鵺の見ている夢は、これだ。
どんどん落ちてくる、枯葉。雨のように、ざあざあと。地面に寝転んだわたしを埋めていく。わたしを、消し去っていく。落葉の音に混じって、鵺の少しハスキーな声が耳に届く。
「もう冬。ずっと冬。わたしたち、枯葉の世界にいるの。ずっとずっと」
ずっと? ずっとわたしはこの冬の世界にいるのか?
「ずっとだよ」
嫌だ。嫌だ。冬なんてもう嫌だ。わたしは春に会いたい。枯葉なんて燃やしてやる。
「ずっと、一緒」
揺り起こされて、音彦だと思ったわたしは、その人の首にしがみついた。
「おいおい、どうしたんだ」
その声が老いていることに気づいて、ぞっとする。そのあと、なんだ、と思う。瀬川がわたしを抱きしめて、髪の匂いをかいでいた。
「怖い夢を見たの?」
わたしは黙っていた。ちくたくと鳴る時計を見ると、もう十時で、わたしは画集を見たあと、居間で寝ていたらしい。頬に触れると畳のあとがでこぼこについていた。
「かわいいじゃないか」
瀬川がわたしを見て、笑った。わたしは曖昧に微笑んだ。
「夕飯は作ってないだろうね。その様子だと」
「すみません。今日いらっしゃること、知っていたのに」
「いいよいいよ。疲れてたんだろう。今日はぼくが作ってあげるよ。簡単なので良かったらね」
そう言いながら、瀬川は台所に向かった。わたしは瀬川を止めたりすることなく、夢のあとの浮遊感に浸っていた。久しぶりに鵺と話した。何だかよそよそしい会話だった。以前はあんなに仲が良かったのに。
以前はあんなに仲が良かったのに?
わたしはそのフレーズに、くすりと笑った。台所からはじゅうじゅうという卵の焼ける音が聞こえてきた。
昼と同じ、オムライス。卵は焦げていて、ソースの代わりにケチャップ。粗末だったけれど、わたしは食べた。おいしかった。瀬川が自分の料理にいちいち文句をつけながら食べているのが面白くて、わたしは笑った。
わたしの食事が済むと、瀬川は煙草を口にくわえた。わたしはそれをちらっと見て、目をそらした。それを瀬川が見ていた。
「煙草、いけないんだっけ」
「はい、出来れば」
「どうして?」
「線香の香りを消したくないんです」
「え、何で?」
「わたしは見張られているということを、自覚してなきゃいけないんです」
「誰に?」
「鵺の、おばあさん」
鵺の祖母はわたしのことが嫌いだった。高校時代、学校に近いこの家に、わたしはよく遊びに来た。鵺の祖母はいつも嫌な顔をした。そして、鵺の祖母が鵺に言っているのを、わたしは偶然聞いてしまったのだ。「あの子は淫乱な女になるよ」と。
「その通りじゃないか」
瀬川のその言葉に、軽い失望を覚えながらわたしは頷いた。慰めてもらえると思っていたのだろうか。この、わたしを囲っているだけの男に。
「きみは魅力的な女性だよ。きみは美しい。それに嫉妬する人はいるだろう。淫乱だと想像する人もいるだろう。けどね、そういうことをして、結果負けてしまっているのはその本人なんだよ。きみは淫乱だ。だから何だ? 男を惹き付けるからって、何だ?」
わたしは瀬川を見つめた。瀬川は目の前で、堂々と、煙草に火をつけた。開いた口から白い煙が広がっていく。匂いが家に染み付いていく。わたしは鵺の祖母の気配を消したくないのに。見張られていたいのに。
けれど、わたしは瀬川の言葉を頭の中で肯定していた。わたしは間違っていないんだ、と思った。そして、「きみは美しい」という言葉が、煙草の匂いと共に体に染み付いていった。
「布団、敷いてある?」
「まだです」
「一緒に、敷こうか」
わたしと瀬川は、仏間の前にある部屋に入った。一瞬、鵺の祖母の視線を感じた。けれどわたしは気にしなかった。煙を伴う「きみは美しい」という言葉に酔って、忘れてしまった。
三
わたしは美しい。
わたしがこの家で唯一見ることの出来る、ファンデーションケースの鏡を見つめながら、わたしは鼻の筋をなぞった。真っ直ぐな鼻、はっきりとした輪郭、笑っても中心がうねっている唇。そうだ。わたしはこんな顔をしていた。
どうして鏡を片付けてしまったのだろう。それも家中の鏡を。わたしは鵺が眠り始めてから、この家にある鏡を一切合切二階の物置に置いてしまった。
けれど、取りに行く気にはならない。
人気のないバスに揺られて、鵺の病院に行く。今日もわたしは鵺の横で弁当を食べるのだろう。消毒液の香りをかぎながら。女性看護士たちに白い目で見られながら。
鵺の病室には、いつものように誰もいなかった。看護士も、瀬川も、他の医師も。鵺は眠っていた。深く、深く。わたしは鵺のすべすべした頬に触れる。
「まだ冬なの? ずっと冬なの?」
鵺は答えない。静かだ。
しばらくそのままでいた。鵺の冷たい顔が、わたしのてのひらで温まり、わたしたちはそのとき同化していた。
昼食を食べても音彦は来なかった。今日は忙しいのだろう。音彦は相変わらず真面目だ。大学の講義でも、誰よりも熱心に聴き入っているのだろう。
「でも、秀を取るのは結局鵺なんだよ」
以前、音彦はそう言っていた。二人は同じ学部に通っている。鵺は優秀だ。わたしとは全然違う。
わたしは鵺の、さほど美しくもない顔を眺め、少し笑って、荷物を置いたまま病室を出た。
この病院は小さいけれど、その分色々な人たちがいて面白い。パジャマを着た子供がおもちゃのロボットを掲げて走り回っていれば、車椅子に乗った老人が看護士に押されて移動していたりする。やくざのような男もいれば、何も知らなさそうな少女もいる。
わたしは車椅子に乗った少年とその母親らしき女と一緒に、エレベーターに入った。少年がちらちらとわたしを見る。母親がそれに気づいて、わたしに顔を向ける。こちらはすぐに顔をそらした。
いつものことだ。わたしはいつも、こんな風に疎外される。学生時代もそうだった。わたしは中学生の時、「性格が悪い」といじめられた。誰かに意地悪をした覚えはなかった。むしろ一人の人間を、蟻が死んだバッタを蝕むように集団でいじめる人間のほうが意地の悪さを露呈しているのではないか? 当時親友だと思っていた同級生にそう言ったら、
「あんたは気取ってるからいじめられるんだよ」
と睨まれ、笑われた。それ以降彼女はわたしを無視する集団に仲間入りした。わたしは必死で勉強して、彼女らが入れない進学校に入った。しかし、高校でも同じようなことを言われた。
「美人を鼻にかけてる」
わたしがおどけた性格だったら良かったのかもしれない。こんな風にぼんやりした、冗談を聞いても手を叩いて大声で笑えないような女は、そう言われても仕方がなかったのかもしれない。
わたしはつまらなかった。何もかも。
二年次に出会った鵺と音彦は、そんなわたしを変えた。彼らはわたしを特別視しなかったし、秀才の二人でばかりいつもつるんでいるのに、わたしを加えてくれた。どうしてかと聞いたことがある。鵺は笑ってこう答えた。
「花はきれいでしょ。性格もきれい。見た目もきれい。わたしはきれいなものが好きなの。それに、ぼーっとしてるから、一緒にいて気楽だし」
音彦はその横であくびをしていた。それを見た瞬間に、わたしの世界は弾けた。身を守るように、小さく固まっていた世界。風船が割れるようにして、壊れた。鵺と音彦が提示してくれた新しい世界は、とても新鮮で、明るくて、美しかった。彼らという居場所の他に、わたしを受け入れてくれる世界があっただろうか。
わたしは、鵺の病室の窓に近い、銀杏の木の下に立っていた。黄色い銀杏の葉は、それほど溜まっていなかった。アスファルトの駐車場には、枯葉を掃除する誰かがいるのだろう。
それでも銀杏の葉は、ぱらぱらと落ちてくる。少しずつ、地面に蓄積していく。まるで鵺の夢のようだ。美しくて終わることのない夢。
わたしはしばらくそこに立ち尽くしていたが、やがて身を翻して建物の中に戻った。昇りのエレベーターには誰も乗っていなかった。
病室に入ると、瀬川がいた。何故か、一人だ。わたしを見ながら、にこにこ笑っている。
「看護士さんは一緒じゃないんですか」
「きみがいるんじゃないかと思って、食事の時間なんだけど来たんだ」
「食べなきゃ駄目ですよ」
「食欲がないんだ」
そう答える瀬川の顔は、少し老いて見えた。
「あの男の子は来てないんだね」
「音彦ですか。彼は大学が忙しいから」
「きみの恋人じゃないの?」
わたしは小さく声を出して笑った。瀬川がわたしに近づいてくる。洗練された仕草で。煙草の匂いを撒き散らしながら。
「きみは美しい。ぼくだけのものだ。また、会いに行くからね」
耳元でささやいて、瀬川はわたしのあごをちょっと引き、顔を近づけたが、何もせずに微笑んで、病室を出て行った。
わたしは少し笑いながら鵺の元に行った。そして、硬直した。
鵺の布団は少しめくれ、そこから見える胸元は少し乱れていた。瀬川は何をしていたのか。わたしは呆然と鵺を見つめていた。いつまでもいつまでも。考えたりはしなかった。考える気もなかった。それが何故なのか、わたしには分からなかった。
わたしは眠っていた。浅い眠り。夢は気まぐれな鑑賞者が変えるテレビ画面のように、次々と違う景色を映した。ぱっ、ぱっ、と意味の無い風景が出てきては消える。そして、とうとうあの場面が現れた。
わたしは銀杏と紅葉の葉に埋もれている。落葉は絶え間なく降ってくる。わたしの上にはどんどん落葉が積もり、わたしは消えていく。わたしはそんなわたしを俯瞰している。だから、分かる。枯葉の蝶々が空を舞うのが。銀杏は銀杏と、紅葉は紅葉と、重なり合って、羽ばたく。わたしは、枯葉の蝶々、と呟く。枯葉の中のわたしが言うのか、それを見下ろすわたしが言うのか、それははっきりしないけれど。
起きて、ファンデーションケースを開いた。じっと、顔を見つめる。
きみは美しい。きみは美しい。きみは美しい。
瀬川の言葉が頭の中で繰り返される。そう、わたしは美しい。
ぱちんとケースを閉じて、首を傾げる。今日は何をしようか。鵺に会いに行きたいけれど、瀬川に会うのは少し怖かった。だから、わたしは仏間の隣の鵺の部屋に行って、本棚にしまっていた画集を取り出した。
これで、何をしようか。
「おじゃまします。いる? 花」
玄関から声がして、いつものように断りもなく上がりこんできた音彦は、わたしのいる居間の前に来た。
「何か、匂いが」
そう呟きながら、半透明の引き戸を引いた。わたしはにこにこ笑いながら、それを待ち構えていた。それを見て笑い返した音彦は、次の瞬間、顔をこわばらせた。
「何、これ」
「音彦に買ってもらった画集」
絵が、部屋中に散っていた。夢のような非現実的な絵たち。畳を隙間なく隠しているそのさまは、わたしが今日連続して見た夢の続きのようだった。
「鵺の見ている夢は、これ」
わたしは近くにあった、一枚の絵を音彦に見せた。横向きのキャンバスに、沈殿した何かの絵。わたしには枯葉に見えるもの。
「どうしてこういうことをしたんだよ」
音彦が眉をひそめてわたしを見る。
「暇だったんだもん」
「おれがあげたこの本が、気に入らなかったの?」
音彦は、部屋の隅にある、中身を失ったハードカバーの表紙を指差した。
「とんでもない。すごく気に入ってるよ」
「ならどうして」
「分からない」
わたしは下を向いて、不意に泣き出した。不安定だ。わたしは近頃、不安定だ。もっと言えば鵺が眠り始めた頃から。どうしてだろう。どうしてわたしは鵺をこんなにまで必要とするのだろう。家族だから? それだけでは説明がつかない。わたしのかつての家族には、こんな感情は起こらなかった。
音彦がわたしのそばに寄る。紙が踏まれた音。
「わたし、デザイナーになりたかった」
「自分で学校を辞めたんだろう。途中で」
音彦は本当に参ってしまったように、沈んだ声で言った。
「好きな人と寝たかった」
「自分で選んだ道だろう」
急に、音彦が怒鳴った。わたしは下を向いたままびくりとして、そっと彼を見た。音彦は辛そうに顔をくしゃくしゃにしていた。わたしはそれを見て、ふと、思った。
「どうして音彦はわたしと瀬川さんのことでそんなに怒るの?」
「友達だからだよ」
音彦が長いため息をつく。
「友達だからって、こんなに怒る?」
音彦の目が、わたしを射る。
「どういう意味だよ」
わたしは美しい。わたしは美しい。わたしは美しい。
「寒いよ音彦。わたしを抱きしめて」
わたしはしゃがんだままの音彦の体にしがみついた。ごつごつした、脂肪の少ない体。音彦は動かなかった。わたしは思う存分音彦の匂いをかいだ。洗濯物の匂い。そして、その下から香る、音彦の若々しい匂い。
思えばわたしはずっと音彦のことが好きだった。鵺もそうだとは、全く気づかなかったけれど。
音彦は優しかった。鵺を除けば、誰よりも優しかった。わたしに新しい世界をくれた。閉じられた世界を壊してくれた。わたしは鵺がいなくなった今、誰よりも音彦を求めていた。
思い出す、夕焼けの赤が差し込む教室の風景。わたしは窓際にたたずんで、部活で走る鵺を見つめていた。ピッ、という笛の音に合わせて、鵺が走り出す。鵺の筋肉はしなやかな獣のように縮んでは伸び、縮んでは伸びを繰り返す。集団で走っても、鵺は一番速かった。わたしはいつも、鵺を見つめていた。
横には、机に座って赤い色に照らされながら今日の授業の復習をする音彦。黙々と勉強をする音彦の邪魔をしてはいけなかった。けれど、時折、音彦はわたしと一緒に鵺の走る姿を見た。わたしは、それだけで楽しかった。
「鵺、一番だ」
「そうだよ。毎日一番だよ」
「いいな」
「何で?」
「おれ、運動駄目だから」
「わたしも、運動駄目だよ」
「おれたち、似たもの同士なのかな」
「似てるかもね。ぼーっとしてるって鵺にしょっちゅう言われるし」
わたしはくすくす笑った。音彦はそんなわたしをじっと見ている。
「どうしたの?」
「なんでもない」
音彦はくるりと顔を戻し、勉強を再開した。わたしは首を傾げ、音彦を見ていた。しかしすぐに笛が鳴り、わたしはまた陸上部の様子を眺めることに没頭した。
わたしは音彦の体をぎゅっと強く抱きしめた。
「音彦」
「花」
鼻にかかったわたしの声とは違って、音彦の声は冷静だった。
「何? 音彦」
すると彼は、わたしの体を勢いよく体から離した。わたしはぼんやりと、音彦の顔を見ていた。音彦の顔はあのときと同じだ。勉強に戻っていったときの、自分を抑えているような顔。
「花。好きでもないのにこういうことをするもんじゃないよ」
わたしは呆然と、彼の動く唇を見つめていた。
「わたしは」
「おまえには瀬川さんがいるんだろう。好きなんだろう。好きだからああいうことしてるんだよな」
「違う、わたしは」
「そうじゃないならもう止めろよ」
また、音彦は怒鳴った。わたしは泣きそうになりながら、肩を掴んだ音彦の、骨ばった硬い手に触れた。その途端、彼は手を離して自分の背中に回した。そして立ち上がった。
「しばらく来ないことにするよ。花、冷静になれ」
音彦は絵を踏みつけながら、引き戸に手をかけた。
「鵺のところで会おう」
そうして、出て行った。わたしは泣き崩れた。ついさっきまであった温もり。逃してしまった。寒い。寒い。とても寒い。
目に付いた、鵺の夢の絵。鵺はこの絵を通して音彦を止めたのかもしれない。非現実的な力で、音彦をわたしから遠ざけたのかもしれない。
そう考えながら、わたしは自分をおかしいと思う。どうしてしまったのだろう。昔のわたしたちはどこに行ってしまったのだろう。鵺と、音彦と、わたし。三人で映画を観たり、勉強したり、ただおしゃべりをした日々は、どこに。
ぶち壊しにしたのは誰だ。そう考えて、思い出す。はにかんだ鵺。
「化粧の仕方、教えて」
そう言った、鵺。
「音彦が化粧くらいしろって言ったんだよ。むかつくよね」
ちっとも怒っていない口調で。
わたしはわっと泣いた。いつまでも、いつまでも泣いた。
壊してしまったのは、誰だ。
「鵺のところで会おう」
音彦の、声。行くものか。わたしは決意した。鵺に会いに来る音彦がどんな気持ちでいるのか、だとか、鵺は本当は音彦のことが好きだったのだ、だとか、余計なことは考えたくなかった。
ただ、目の前で枯葉が舞い降りてきていた。わたしを埋めようと、赤や黄色の葉が、高いところから、雪のように。鵺の夢の風景。
わたしはここから、いつ抜け出せるのだろう。
四
瀬川は来なかった。約束の夜に。わたしはしばらく鵺の病院に行っていなかったが、瀬川が心配になって、いつもの荷物を持ってバス停に向かった。
バスに揺られながら、編み物をする。大きな紙袋から、あふれ出しそうな若草色。わたしはこれを何のために編んでいるのだろう。
瀬川と音彦の両方を避けていたこの数日、わたしは心配でたまらなかった。鵺と一緒にいないことは、とても不安に思えた。鵺が目を覚ましてわたしを探したら。もしかしたらもう目を覚ましているかもしれない。そして音彦に愛を告げているかもしれない。
高校の体育祭のときのこと。最後のリレーでアンカーとして走る鵺を、わたしと音彦は黙って見ていた。騒がしい応援団や、黄色い声の同級生たちの中で、わたしたちだけが静かだった。
けれど、誰よりも鵺を応援していた。わたしの胸は高鳴り、興奮ではちきれそうだった。鵺は真剣な目で、わたしたちを見もせずに、次々と他のアンカーたちを追い抜いていった。素敵だ。鵺は誰よりも速い。わたしの友達。とても、誇らしい。
結局鵺は二位を大きく離して一位になった。クラスの友人たちに囲まれて、抱きしめられたり頭をくしゃくしゃにされている鵺を見つめながら、わたしは少し寂しくなった。隣の音彦が呟いた。
「ああしてると、少し他人みたいだ」
他人。わたしは胸が苦しくなった。鵺は他人じゃない。わたしの、友達だ。
「鵺がおれと仲良くしてるのって、時々不思議に思うよ。ただのがり勉なのに、おれ」
そのとき、わたしは笑った。
「鵺のこと好きなの?」
そう言って笑ったのだ。音彦はそれを聞くとおかしそうに唇をゆがめた。わたしはそのとき、少し安心したのだった。
今は? 今、音彦と鵺は同じ大学の同じ学部で、鵺があんなことになるまではむしろわたしは二人から少し離れたところにいた。二人が一緒にいるところに、わたしは入っていった。しょっちゅう一緒にいたけれど、二人が同じ大学だということはわたしにとって少し悲しいことだった。わたしは少しだけ、置いてきぼりにされた気がしていた。
音彦は誰を愛しているのだろう?
病室に入って、マフラーを編む。もう、三メートルくらいにはなっただろうか。意味のない行為。鵺の夢のように、いつまでも終わらない。
鵺は起きてはいなかった。いつものことではあったが、わたしはその事実にほっとした。鵺の寝顔を見て、不安に思うことなどないのだ、と思った。
銀杏の葉は相変わらず降っていた。
昼過ぎに回診の医師と女性看護士がやって来た。瀬川ではなかった。よく見かける、若い医師だ。
「こんにちは」
その声はどこか瀬川を思わせた。いつも感じていることだった。
医師は優しげな顔立ちだった。けれど音彦の優しさとは違う。この医師の目は、三日月形を作っていながら笑っている感じがしなかった。
聴診器を当てられる、鵺。看護士に繋がれた点滴を取り替えられ、血圧を測られる。鵺はこうして何人もの男女に触れられる。
他の患者の診察を、丁寧にこなす医師。わたしの方を見たりしないが、何か気配を感じる。これは、何だろう。
「きみは先に行ってて。この人に話があるから」
どきりとした。医師は看護士を追い出して、わたしに向き直った。看護士が意味ありげな目でわたしを見、出て行った。
「ぼくの名前を知らないでしょう」
若い医師はにこにこ笑った。どこか違和感のある笑顔。
「はい。この病院はお医者さんがたくさんいらっしゃるから、誰が誰だか。すみません」
わたしはぺこりと頭を下げた。その上から声が降ってくる。
「ぼくは瀬川の息子です」
わたしははっとして医師を見た。その笑顔は、どこか嫌な感じがした。瀬川にあまり似ていない。あの悠然とした感じが、この余裕ぶったように見える男にゆがんで遺伝しているようにしか思えなかった。
「瀬川院長の息子さんですか」
「そうです」
わたしが黙っていると、瀬川の息子はなんでもない口調で、こんなことを言った。
「瀬川は死にました」
「え?」
「五日前に、心臓発作で亡くなりました」
わたしは呆然と、彼を見ていた。笑ってはいなかったが、何となく、笑みを隠そうとしているように見える顔だった。
あまり驚かなかった。ただ、少しだけ胸が痛んだ。わたしはやはり瀬川を愛していなかったらしいが、多少は好いていたのだ。少し、悲しい。でも、涙は出ない。
「今、色々なものを整理しているんですよ。病院の人事だとかね。父の跡はおじが継ぐでしょう。ぼくはまだ遊んでいたいですから、しばらくはただの雇われ医師です」
「はあ」
「ところで」
瀬川の息子が一歩、わたしに近づいた。わたしは不安になって彼を見た。瀬川と同じくらいの身長。目が真っ直ぐに合う。
「あなたは父の愛人だったんでしょう。看護士たちが噂してますよ」
わたしは体をこわばらせた。どきどきと心臓が鳴る。知られていた。周りに、知られていた。
「それに、父のパソコンの整理をしていたら、これが見つかって」
瀬川の息子は、白衣のポケットから一枚の小さな紙を取り出した。それをわたしに渡す。それを見て、わたしは体の力が抜ける。
「美しいですね。父もそう思って撮ったんでしょう」
その写真には布団の上で眠っている、裸身のわたしが写っていた。横向きに寝ているわたしは、腕を投げ出し、足を重ね、乳房や尻のふくらみや白い肌をあらわにしていた。いつ撮ったのだろう。
ただ、これだけは分かった。瀬川もまた、わたしを愛してはいなかった。ただ、欲望の対象として見ていた。
瀬川の息子がまた近づいてきた。わたしの耳元に、唇を近づける。
「今度、家に行ってもいいですか」
ああ、この男もそうだ。瀬川と変らない。わたしを欲望の対象として見ている。わたしは頷きもせず、断りもせず、ただ写真を眺めていた。
「住所は知っているんです。父のパソコンの中に入っていましたから」
そう笑って、瀬川の息子は病室を出て行った。
わたしはマフラーも編まず、昼食もとらずにぼんやりとしていた。瀬川が死んだ。死んだらどうなるのだろう。金が入らなくなる。わたしは働かなくてはならなくなる。こうして鵺を見に来られなくなる。
どうしよう。
そのとき、携帯電話がうるさく騒いで震えだした。わたしは急に苛立ち、電話の通話ボタンを押した。
「もしもし」
「花か。元気にしてるか」
「何? 何なの? わたしは鵺だけが家族だって言ったでしょ。あんたたちなんてもう家族じゃないって言ったでしょ」
わたしはヒステリックに叫んだ。鵺は、家族。本当に?
「どうしてそんなことを言うんだ。鵺ちゃんは、家族じゃないだろう。友達だろう。家族はお父さんとお母さんと、草太。そうだろう。どうして意地を張るんだ。お父さんたちはいつもお前のことを想っているのに」
「その、押し付けがましい愛情が嫌なの。大嫌いなの」
「愛情は家族である限り付きまとうものだ」
「そんなものは鵺とわたしの間にはない。優しさがあるだけ。それが心地いいの。あんたたちとの生活ではそうじゃなかった。シンプルな、優しさがなかった」
「でも鵺ちゃんは眠り続けているんだろう?」
「鵺が目覚めなくてもわたしは一緒にいるの。ずっといるの。ずっと見張ってるの」
「見張る? どうして」
と、そこでわたしは電話を切った。つまらないことを言ってしまった。かつての家族には、どうしてこうも感情を掻き立てられるのだろう。
わたしは携帯電話を紙袋の一番奥にしまった。もう音が聞こえてこないように。どうせ鵺と音彦と瀬川しかかけてこない電話なのだ。鵺は眠っているし、瀬川は死んでしまった。音彦は滅多なことがない限り、かけてこない。
わたしは苛々しながらサイドテーブルの上を見た。かつての家族に、これを見せてやったらどう反応するだろう。
そう思っているとき、背後で扉が開く音がした。スニーカーの足音。
「花」
振り返ると、音彦がいた。わたしは緊張しながら、少し笑った。
「どうしたんだよ。何だか目がつり上がってるよ」
「父親と電話したから」
それを聞いて、音彦はため息をついた。
「また喧嘩したの?」
「だって、嫌いなんだもん」
「わがままだよ、花」
「違う」
「何でもない普通の家で、当たり前に生活できることって幸せだよ」
「幸せじゃない」
「鵺は寂しいからおまえと住みたがったけど、いつかは別に家族を作るんだよ」
「そんなことない」
「それに瀬川さんも亡くなったんだ。収入が途絶えたし、実家に帰るしかないじゃないか」
な、と音彦は微笑んだ。わたしも笑い返した。しかしそれは、引きつった笑いだった。音彦が怪訝な顔をする。
「大丈夫」
「何が大丈夫なんだよ」
「瀬川さんの息子さんがね、これ持ってきた」
わたしはサイドテーブルの上にあった写真を音彦に渡した。音彦は目を見開いて、唇を震わせた。
「家に行ってもいいですかって。今度はこの人がわたしを囲ってくれるのかもしれない」
そう笑った瞬間、鋭い痛みが頬に走った。と、同時にわたしは鵺のベッドの上に倒れこんだ。上から音彦がわたしを睨んでいた。わたしは音彦に顔を叩かれたことに衝撃を受けて、怯えた。
音彦はわたしの手を掴んで、自分の体に引き寄せた。そして、肩と後頭部を押さえて、わたしに乱暴な口付けをした。不器用な口付け。柔らかな音彦の唇の感触に、わたしはうっとりとした。
気がつくと、音彦のてのひらは、わたしの右の乳房を包んでいた。下から押し上げるようにする。わたしは、唇を触れさせたまま荒い息をした。音彦の呼吸も乱れていた。わたしたちは抱き合い、体をすり合わせた。とうとうわたしが音彦の開いた口の中に舌を入れると、音彦は小さくうめいてそれを受け入れた。わたしは幸せだった。とても。
わたしは美しい。わたしは美しい。わたしは美しい。
だから、音彦を欲しがってもいいはずだ。
そこに、突然、鵺の声が聞こえた。かすかな声。言葉にならない声。途端に音彦はわたしを離した。口紅でかすかに赤くなった口の周りを、てのひらで塞ぐ。
どうして?
音彦は鵺のほうを見ていた。わたしはそれを確かに見た。後悔の目。
長い間そうしたあと、音彦はこう呟いた。
「ごめん」
ごめん? それはどういう意味だろう。誰に言っているのだろう。
「帰るよ」
音彦はさっと向こうを向いて、歩いていった。扉を押し開け、出て行く。
わたしはぼんやりと、それを見ていた。わたしは何でも手に入れられるはずだったのに。そう思っていた。
鵺を見た。鵺は相変わらず、口笛を吹きそうなとがった唇を上に向けて眠っていた。いつもは静かなのに、どうして今に限って声を出したのだろう。
わたしは窓の外を見た。黄色い銀杏がぱらぱらと、冷たそうな風に吹かれて斜めに飛んだ。その一枚は、窓にぺたりと張り付いて、落ちた。
埋もれていく。鵺の夢の中のわたしは、すっかり枯葉で埋まってしまって、うずたかく積もった枯葉は、地層となってしまっている。わたしはひんやりとした落葉の中で、眠っている。枯葉の蝶々は、そんなわたしの葬式をするかのように、ふわふわと舞う。
「ずっと一緒」
そんな、鵺の声。わたしは嫌だ、と思う。
「そうなるようにしてしまったのは、花だよ」
鵺の声はよそよそしい。
「あのときわたしたちはおばあちゃんの遺品を二階に運んでた。そのとき、わたしは言ったよね」
ちっとも怒っていない声で、鵺は言った。
「そしたら花は、わたしを」
はっとして、眠る鵺を見た。鵺は寝息を立てていた。
危険だ。このままだと、危険だ。鵺を見張っていて、目覚めたときわたしはどうするつもりなのだ?
それに、この冬。いつになったら終わるのだ? 枯葉舞う冬。春はいつ来るのだ?
わたしは鵺を見つめた。美しくない鵺。どうして美しいわたしが音彦に拒まれるのだ?
枯葉の蝶々が舞う。わたしの葬式をするかのように。
けれどわたしは何も失いたくない。鵺も、音彦も、失いたくない。
「鵺、頭から枯葉の蝶々が消えないよ。どうすればいい? どうすれば消える?」
鵺はただ、寝ている。
「春はいつになったら来るの?」
わたしは、紙袋から網掛けのマフラーを取り出す。
「鵺、誰も失いたくないよ。優しい人たちを、誰一人失いたくない」
鵺の小さな頭を持ち上げて、マフラーを一巻き。頭は思ったより重い。右手で支えたまま、二巻き、三巻き。
鵺の顔が隠れ、どんどん見えなくなっていく。わたしはヴィヴァルディの『春』を歌いながら、若草色のマフラーを鵺の頭に巻きつける。頭部はどんどん大きくなる。
鵺が身じろぎをした。それでもわたしは巻き続けた。明るく、軽やかな春の音楽を歌いながら。
《了》