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この思い、君に捧ぐ  作者: ことは
第一章:再会編
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6:知らぬは自分ばかりなり

 某月某日。晴れ。

 兄がレイと面会しました。

 すると、私が御前試合に出ることになっていました。


 何故ーっ!



「そんなこと聞いてません!」

「それはそうだろう。今決めたんだから」


 どこの暴君だ!


「団長も何か言ってください!新参騎士が御前試合出るなんてありえません!普通隊長とか、もっと研鑽を積んだ方が出られるものでしょう!」

「それは、まあ、そうだが」

「だったら――」

「しかし、その隊長を入隊初日に叩きのめしたのは、……誰だったかな?」

「「は?」」


 黒歴史として塗り潰したい過去を持ち出され、私は恥ずかしさと気まずさで失神しそうになった。


「隊長を、」

「叩きのめした?」


 予定調和のような完璧さで、二人は私に尋ねてきた。似てない双子かと疑いたくなるほど、同じ表情でこちらを見詰めてくる。

 生まれたからの付き合いなせいか、レイとアルはとても気が合う。勿論性格や嗜好は大分異なっているが、ある時は二卵性双生児と言っても過言ではないほどのシンクロっぷりを見せる。だからこそ、鋼よりも固い結束があるのだが――。

 正直言って、こんな時にその成果を発揮しないでもらいたい。


「そんなことありましたっけ……?」


 黙っててください。

 眼差しに思いを乗せて嘆願するが、団長は意に介することなく肯定してくる。


「おや、忘れたのかい?あれは強烈だったけどなー」


 だから、黙ってー!

 泣きそうな顔で団長を再度見詰めるも、人を食った笑顔で切り捨てられる。確信した。この人、わざとやってる。


「『女の分際で近衛などできるか!』という罵倒に平手で返事をするなんて、今時の貴族じゃ君ぐらいだろうね。しかもそのあと直ぐに試合を申し込むなんて、これ以上ないくらい男前だったよ。気づいていないのかい?あの堂々とした態度と隊長すら敵わない技量で、今や二番隊の者は皆、君の信奉者だよ」


 知らなかった。いや、むしろ知りたくなかった。男前って誰?信奉者って何?私は単なる新人騎士ですよ。神様でも英雄でも、何でもないですよ。


「へえ……」


 なんとなくレイの機嫌が悪くなった気がする。心なしか、声のトーンも下がったようで、レイの顔を直視するのが怖い。

 やはり自分の守護隊が、自分の近衛とは言え、他人を崇めるようになるのは嬉しくないだろう。申し訳ない気持ちで一杯になるが、私も今初めて知ったことなので勘弁してもらいたい。


「しょうがないでしょー!兄さんに、“売られた喧嘩は即倍返し”って、教わったんだから!」

「そういう問題か?」

「義兄上らしい……」

「だから、突然求婚されたのも、私のせいじゃないんですー!」

「「………………………………え?」」


 この時の私はパニックを起こしていた。だから、気付けなかったのだ。目を見開いて固まるアルも、しまったという表情で青褪める団長も、恐ろしいほど目が据わったレイも、私は全く見えていなかった。


「キャス。求婚・・って、誰に?」

「隊長に……。試合で叩きのめしたのに、終わった途端結婚してくれなんて、冗談酷いわよ。そこまで馬鹿にしなくても良いと思わない?そんなにも女近衛っておかし……、レイ?」


 がちゃりという、執務室このへやには相応しくない音で、私は思考の海から浮上した。反射的に腰の剣に手を伸ばすが、不穏な金属音は守護すべき人の手中にある剣から発せられたものだった。


「アイザック。二番隊の隊長は確かフィリップで間違いなかったよな」


 口調は穏やかだったが、完全に据わった目がその心境を如実に表していた。数刻前に見た兄さんと同じ、怒りに燃えた瞳。そして、錯覚かもしれないが、黒い炎がその背後に立ち上っていた。


「で、殿下、落ち着いてください!」

「レイ!きっと冗談だよ、冗談!本気なわけないだろう」

「はっ。あの融通の利かない、堅物石頭のあいつが冗談?それこそ冗談だろう」

「いや、そうかもしれないけど。もう、どっちでもいいから!剣を置けー!」


 レイを必死で押さえつける二人を、私はぽかんと見ていた。

 何故急に剣が出てくる?近衛騎士と隊のトップの対決はまずかったのか?

 それなら団長が止めているはずだし……。


「キャス!逃避していないで、レイを止めてくれ!原因は君なんだから!」

「ほえ?」


 私が原因?


「……嗚呼!そういうこと!」


 突然の私の叫びに、揉み合っていた三人は一斉に動きを止めた。まさかと驚く目、遠くに意識を飛ばそうとしている目、そして怯えと期待に満ちた目。三種三様の瞳がこちらを見返していた。


「レイも隊長と手合わせがしたかったのね!」


 どさぁっ。


「流石、キャス……」

「やっぱりと言うべきか、当然と言うべきか。悩むな、これは」

「わざとだろ……、絶対……」


 床に崩れ落ちた三人は、私をじっと見て溜め息を溢した。どういう意味かはよくわからないけど――、非常に不愉快です。


「剣を持ち出したってことは、誰かと手合わせする気だったんでしょう?何か間違ってる?」

「間違ってはいない、けどね」

「確かに、間違ってはいないな」


 そう言って顔を見合わせたアルと団長は、揃ってもう一つ溜め息を吐いた。


「キャス」

「何よ?」


 少しぶっきらぼうな物言いに、レイは少し戸惑ったようだった。主に向けて良い態度だとは思っていないけれど、こういう口調になってしまったのは私の責任ではないと思う。絶対。


「…………お前は、俺とフィリップ、どっちを取る?」

「は?何を訊くかと思えば。そんなの、レイに決まってるじゃない」

「!ほ、本当か?」

「ええ、隊長と手合わせするなら、誰かに近衛の仕事任せないといけないじゃない。自分の都合で仕事を放り出すのって、私あんまり好きじゃないのよね」

「……そっちかよ」

「それに、約束したでしょう。ずっと傍にいるって」


 あの時からずっと決めていた。私の居場所はレイの横だと。


「だから、他の人の所には行かないわ」


 貴方の傍でずっと生きていく。永遠の忠誠を、貴方に捧ぐ。


「本当に男前だねぇ」

「殿下、完全に負けてますよ」

「……ほっとけ」


 顔を赤くして俯くレイを、揶揄するような笑みを浮かべた二人が見下ろしていた。

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