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この思い、君に捧ぐ  作者: ことは
第一章:再会編
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4:騎士のお仕事?

「では、これよろしく」


 そう言って、アルは自分の机にあった書類の山の一部を私の前に積み上げた。


「緊急と思われる案件とそうでないものに分けてくれるだけで良いから。できれば案件の可否も見分けて欲しいけど、流石にそこまでは大変だと思うし」


 これから覚えていってねと、人懐っこい笑みを浮かべてお願いされた。


「「ちょっと待てぇぇぇっ!」」


 あまりにも急な爆弾発言を聞いて、私とレイは寸分たがわず立ち上がり、抗議の悲鳴を上げた。


「何これ、明らかに国家業務じゃない!機密保持とか、問題ありまくりじゃないの!」

「何でキャスに負担かけるんだ。これはどう見ても俺のサポート、つまりお前の仕事だろうが!」

「ちょっと、二人とも。一気に話すなよ。僕の口は一つしかないんだから、一度に言われても答えきれない」


 突然のことに混乱する私達に対し、その混乱を引き起こした張本人は全て理解しているといった風に笑顔を向けた。そして、一旦席に着くよう促す。二人とも立っていることに意味は見出せなかったので、大人しくアルの勧めに従うことにした。


「じゃあ、問題点を整理しようか。まずはキャス。一介の騎士が国家の中枢に入ることを気にしているんだよね」


 間違ってはいないので一応頷いておく。しかしその前に、騎士の本分とか事務方である文官はどうなるのかとか、色々つっこみたいことがあった。


「で、レイはキャスを信用できないから書類は預けたくないと」

「んなっ!キャスを信用してない訳があるか!」

「じゃあ、キャスには仕事を任せるほどの能力がないと」

「おい。キャスを侮辱するのは、たとえお前であっても許さないぞ」

「なら、何の問題があるんだ?」

「!だから……、その……」


 いや、あるだろう……と、心の中でつっこむ。私の能力という個人的なレベルの話ではなく、近衛騎士の扱いとしての問題だ。

 しかし、レイはそんなことを考えもしないのか、反論するきっかけを必死に探しているようだった。眉間に皺を寄せ、いやとかそのだとか、全く意味をなさない言葉だけ呟いている。


「レイ。気持ちは理解できなくもないが、過保護も度が過ぎると毒にしかならないぞ」


 溜息混じりでアルが指摘すれば、レイの眉間に酔った皺がより一層深くなる。アルの苦言を自覚しているのか、苦々しそうな表情で彼を睨んでいた。一方睨まれている方は、半ば苦笑しながら言葉を継いだ。


「ま、一生日の当たらないところに置いておくなら別だけどね」


 そうじゃないんだろとアルが言う。そう言われて返す言葉もないのか、レイは黙ってうつむいた。

 そんな二人のやり取りを、私はぼーっと眺めていた。自分が当事者である気はするのだが、いかんせん会話についていけない。何か重要な事が抜け落ちている、そんな気がする。しかし、その重要なことが何なのか。私には全くわからなかった。

 わからない私は考えた。考えて出した結論は――、一人静かにお茶を飲むことだった。

 大分冷えてしまっていたが、高級な茶葉を使っているのか、十分美味しい。無駄にしたら大の紅茶党である師匠に叱られる。あの人だったら、国境とか常識とかそういうもの全て無視して飛んで来そうで恐い。師匠の元にいたのは七年だが、あの人の破天荒っぷりを知るには十分な年数だった。

 とは言え、師匠に感謝しているし、尊敬すべき師だと思っている。今も張り続けているこの結界も、師匠の指導があってこそのものだ。単なる騎士では近衛にはなれなかっただろう。

 ありがとう師匠、紅茶好きで。現実逃避できてます。七年は案外長かったです。弟分二人が自分の知らない世界で生きてます。


「ねえ、キャス」

「ふえ?」


 意識を現実に引き戻すと、エメラルドとサファイアの二つの双眸がこちらを見詰めていた。アルは今まで浮かべていた笑みを引っ込め、真剣な面持ちで口を開く。


「僕は君を信頼している。能力も忠誠心も全部含めてね。豪華な椅子にふんぞり返って座っているだけの大臣たぬきジジイ達よりも、よっぽど君の方が優秀だ」


 どういう流れでこういう話になったのかわからないが、一応感謝の言葉を述べておく。しかし、アルに褒められると薄ら寒く感じるのは何故だろうか。


「だから、キャスには騎士という枠を超えてレイをサポートして欲しい。これがキャスに仕事を追加でお願いする理由。今のレイには一人でも多くの信頼できる人間が必要なんだ。これは王太子付きの書記官としてではなく、レイの友人としての考え」


 でもね、と口調を一転、優しいものに変えて話を続ける。


「僕はレイの友人でもあるけど、キャスの友でもあるんだ。で、友人という立場から言わせてもらうと、正直、近衛騎士なんて辞めてしまえって思う。こいつの傍にいれば、国政を手伝おうが手伝うまいが、否が応でも色んなことが見えてくる。綺麗なことだけじゃなく、どす黒くて吐き気を催すようなこともね。下手するとキャスも巻き込まれて、傷付いてしまうかもしれない。――それでも、君は傍にいたいと言える?」


 なんだ、そんなことか。いつものらりくらりと物事をかわすアルだから、もっと重大なことがあるのかと思った。そんなこと、悩む必要すらない。


「勿論」


 そう言って、私は笑う。

 決意なら、七年前にできている。


「流石。男前な所も変わってないね。――これでも躊躇うのか、レイ。お前は、彼女を疑うのか?」


 レイは少し不貞腐れたようにかぶりを振って、視線をアルから私へと移した。


「疑ってなんかいない、……キャス」

「はい」

「ずっと俺の傍にいろよ」


 何を今更。

 何度目かと笑い飛ばそうかと思ったが、こちらを見るレイの顔があまりにも真剣で、私は笑うことができなかった。ただ素直に自分の気持ちを吐露する。


「勿論。レイがそう望む限り、ずっと傍にいるわよ」

「……俺は、絶対にお前を手放さない」


 緑玉の瞳が私を射抜く。強い、確固たる意志を持った瞳。


「絶対に」

「それなら、私も絶対に離れない。一生、レイの傍にいます」

「本当か?その言葉に嘘はないか?」

「ありません。一生、レイの近衛として仕えさせていただきます!」


 政事ここまで深く踏み込むことにしたんだ。これぐらいの覚悟があると伝えておいた方が良いだろう。そう思って、私は熱弁を奮った。


「安心して頂戴よー。父上にも、お前に見合い話は来ないって見離されたし。無理してまで結婚なんてしたくないもの。絶対嫁には行きません!一生騎士として生きていきます!……レイ?」


 ふと見遣れば、先ほどまでの態度はどこいったのかと訊きたくなるほど脱力したレイと、何故かまたも抱腹絶倒しているアルがいて、私はまたもや一人で首をかしげるのだった。

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