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この思い、君に捧ぐ  作者: ことは
第一章:再会編
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1:七年ぶりの再会

 ローディア王国。

 エウロキオ大陸の中央近くに位置し、豊かな大地がもたらす恵みとその地理故に発達した交易で栄える王国である。歴史は決して浅くなく、また全てが穏やかなものではなかった。しかし今は近隣諸国との関係も概ね良好で、きな臭い話は一つもない。

 王国の都である街の名もまた、ローディアと言った。王国国内のみならず、世界各地から様々な品物が集まる商業の街、ローディア。商人でこの名を知らなければモグリだと言われるほど、ローディアは栄えた都である。どんな日でも人が絶えず、馬車が何台も行き来する。それでいて殺伐とした所はなく、正に王国の縮図といった街だ。


 そのローディアの真ん中にそびえる王城から、私は街を見下ろしていた。私の愛するこの街は、七年経っても変わっていない。そのことが嬉しく、私は思わず笑顔になる。

 変わっていないと言えば、この王城もそうだ。塵一つない廊下、綺麗に磨かれた窓、その下に広がる庭。あらゆるものが昔のままだ。

 この廊下を歩くのも七年ぶりである。小さい頃は随分長い廊下だと思っていたが、今見ると案外短い。


「懐しいか?この王城が」


 横を歩く騎士団長が訊いてきた。様々な死地をくぐり抜けてきたと言われるその人は、その噂に似合わずとても穏やかな顔をしている。身体のあちこちにある傷跡や均整の取れた筋肉が彼を武人だと知らしめていたが、ゆったりとした僧衣を纏えば神官と間違えられるだろう。

 そんな彼に微笑まれると、思わずこちらも微笑んでしまう。


「はい、とても」


 隠すこともないので素直な気持ちを打ち明けた。

 何しろ彼に会うのは久しぶりだ。魔術修行をしてきた七年間、幾度か実家には戻ったが、城には一度も上がっていない。

 小さい頃から彼らと遊び回り、第二の我が家とも言うべきこの王城。しかし彼との約束――彼に相応しい人間になるという――が果たせない内に、ここへ踏み入れてはいけない気がしていた。

 でも今なら、胸を張って入って行ける。


 私達は重厚な扉の前で立ち止まった。忘れもしない。ここは王太子の執務室。七年間会いたかった人が向こうにいる。

 団長の視線に私は頷いた。向こうも頷き返すと、厳粛な面もちで扉を叩く。


「殿下、アイザックです」

「入れ」


 どくん。

 記憶にあるよりも幾分低くなった声。それでも私はその声に胸を高鳴らせる。


「失礼します」


 団長について、私も執務室へと足を踏み入れた。

 テーブルの配置も、調度品もほとんど七年前のままだった。そして残念なことに、うず高く積み上げられた書類の山も昔となんら変わっていない。

 山になった書類の向こうで、蜜色の髪が揺れ動くのが見えた。山の向こうには仏頂面が隠れているに違いない。彼の執務嫌いは何年たっても治らないようだ。

 私の考えを読んだのか、書記官のテーブルに座るもう一人の幼馴染が、呆れ気味の私を見て苦笑した。


「殿下にご紹介すべき者がおりまして、連れてまいりました」

「そうか。だが、俺は今忙しくてな。後にしてくれ」


 団長が私を紹介しようとするが、彼はこちらを見ようともしなかった。騎士団長の顔を見る気もないとは、よっぽど疲れているらしい。そういう所は本当に成長していない。


「レイ、顔を上げた方が良いと思うぞ」


 主君の暴言を書記官のアルフレッドが窘める。これも昔から変わらない光景だ。が、しかし、諌言にそぐわないその不気味な笑みは、一体どういう意味なのだろうか。……知らない方が良い気もするけど。

 アルは同意を求めるかのように団長を見た。団長もそれに頷き返し、にやりと笑う。二人ともどこか面白がっている風だ。


「おい」

「あ、はい」


 団長の視線が移ってきたことで我に返る。あまりにも懐かしい光景で、ぼーっとしていた。なんという失態。こんなことがないよう、これからは気をつけないと。


「挨拶しておけ」


 私は黙って頷き、名誉挽回!と深々と頭を下げる。


「アークフォールド伯爵家長女、キャサリン・リディア=アークフォールドです。今日から近衛騎士に着任致しました。レイヤード殿下近辺の警護に当たらせていただきます」


 書類の向こうで動きが止まった。


「――――キャサリン?」


 がたんと人が立ち上がる気配。それを感じて、私は顔を上げた。

 見開かれたエメラルドグリーンの瞳。七年前とは異なり、可愛いより格好いいと表するのが相応しくなった顔。陽だまりのような蜜色の髪がふわりと揺れる。見た限り、身長もかなり伸びたようだ。別れた時は私より小さかったのに、きっと今では彼を見上げなくてはならないだろう。

 七年は大きかったなと、その立派になった姿を見て思った。まあ、中身はあまり変わっていないようだけれど。


「お久しぶりです、殿下」

「お前、キャス……?」


 呆然とするレイに微笑みで答える。


「只今、戻って参りました。……殿下との、約束を果たすために」

「な……に……?」


 そんなに驚かなくても良いだろうに。約束を守らない人間だと思われていたのだろうか。もしそうなら、少し腹立たしい。

 ここはきっぱりと私の真意を伝えておくべきだろう。


「殿下!」


 びくりと、レイの肩がはねる。


「不肖私、キャサリン・リディア=アークフォールド、殿下に永遠の忠誠を誓い、お傍で殿下をお守り続けることをここに宣言致します!」

「…………………………は?」


 なんだろう、その間は。ここはレイに疑念を抱かせないよう、もっとはっきり私の忠誠心を示した方が良いのかもしれない。


「ですから、殿下は傍にいろって仰ったじゃないですか。確かに四六時中傍にいる警護は親しい人間の方が気楽ですよね。だから約束通り、お傍で殿下を守れる力を身に付けてきました!剣術に自信がないわけではないのですけど、やっぱり女手だと剣だけじゃ心許ないですし!これからはずーっと傍で殿下を守護しますからね!」

「お前何を…………、いや、待て。キャス、お前が七年間修行してきたのって……?」

「魔術修行ですよ」


 何を今更訊くのだろうか。それとも剣術の修行だと思っていたのかしら。確かに剣の腕も磨いたけれど、女騎士の剣術には限界がある。それぐらいの自覚はあった。


「……殿下?」


 何がそうさせるのか、レイは両手で頭を抱えていた。一方、残りの二人は目を合わせてにやにやと笑っている。

 騎士が魔法を学ぶのがそんなにまずかったんだろうか。剣も魔法も使える魔術騎士(マジック・ナイト)は珍しいけれど、決しておかしい類の人種ではないと思うのだが。


「魔術修行じゃいけなかったのでしょうか?」

「…………いや、そうじゃない。……ちょっと自分の馬鹿さ加減に後悔していた」


 修行内容の問題ではないらしい。

 しかし何かを納得していない様子で、そうだったよなーとかああいう奴だったよとか近衛ってなんだよ騎士ってなんだよとか、ぶちぶち独り言を言っている。そう言えば、レイには時折一人の世界に入り込む癖があった。

 だが、別世界の住人となっているレイを、団長は躊躇いもなく現実へ引き摺り戻した。


「で、レイヤード殿下。今日から彼女が殿下付きの近衛になりますので」

「なっ……!近衛だなんて認めるわけ……」

「ちなみに、近衛として認められなかった場合、彼女は王国騎士団の一員として通常の業務にあたることとなりますが」

「待て、おいっ!」

「勿論、他の男とペアになって行動したりもしますよ」

「何だとっ!」

「泊まりがけだってしょっちゅう」

「とまっ……」

「寄宿舎は流石に男女別ですけど、割と近いんですよね〜。そのせいか、女騎士の恋人って同僚がほとんどだそうで。まあ、近衛ならここに詰めっぱなしなんで、関係ないですがね」


 なんなんだろうか、この会話。主君たるレイは苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいるし、団長は相変わらずにやにや笑っているし、アルに至っては、耐えきれなくなったのか、部屋の隅で肩を揺らしている。声を殺してはいるが、あれは絶対爆笑している。話が自分についてのものであるが故に、アルの態度にはイライラする。一回殴ってやろうかと思ったら、レイが先手を打って蹴飛ばしていた。

 しかし、だ。この会話の主体は私であるはずなのに、その私が会話についていけないのはどういうことなのか。文句の一つでも言おうと思ったが、またしても機先を制された。


「どうします?殿下」


 団長が立ち尽くすレイに問う。無言の背中に何を思ったのか、笑みを更に深くして言を継ぐ。


「近衛なら四六時中側におけますよ」

「……………………………………………………許可、する」


 なんだ、その葛藤は。約束を果たしに来たんだから、もっとすんなりと受け入れても良いだろうに。

 しかしそんな恨み言も、振り向いた二つの緑玉に封じられた。真っ直ぐ向けられた双眸に、私の意識は絡め捕られる。


――この人の傍にいられれば、それで良い。


 それだけのために、私は頑張って来たのだから。

 私は彼の前に跪く。これが、私の決意、私の望み。


「殿下、これからよろしくお願い致します」

「ああ。よろしくな、キャス」


 そう言って彼は微笑んだ。七年ぶりに見る、彼の笑顔だった。

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