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この思い、君に捧ぐ  作者: ことは
第一章:再会編
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9:光よりも速く

大変お待たせ致しました。更新再開です。

「キャサリン様ーっ!お帰りなさいませぇーっ!!」


 ……キャサリンって、誰デスカ?

 王太子宮の廊下に高々と響き渡る声に、私は本気で私以外の“キャサリン”を探した。


「聞きましたわよぅ。中庭で殿下と二人っきりで過ごされたとか!」


 残念なことに私以外の“キャサリン”はいなかったので、声の主、メイベルは私に向かって突撃してきた。

 確か王太子宮の女官って、国王付きに次いで格式のある役だった気がするんですが。そしてこの方は、謹厳実直と名高いルクターナ家のご息女だった筈なんですが。何がどう転べば、近衛騎士に抱きつく女官の図ができるんだろうか。

 はあと溜め息を吐くと、メイベル嬢は見上げていた顔をぷぅと膨らませた。


「溜め息なんて酷いですわー、キャサリン様」

「……私に“様”は不要です、メイベル様」

「まあっ!キャサリン様こそ、敬称なんてお付けにならないでくださいませ。私は一介の使用人ですわ」


 外務大臣の息女が何を言うか。それに、広い意味では私も使用人の一人だろうに。


「そんなことより、中庭の件ですわっ!皆、キャサリン様のお話を聞きたくて、ずーっと待ってましたのよ!」

「話って……。何も話すことなんてないですよ」


 それよりお風呂入って寝たいです。合同練習の後にレイとの手合わせ、それに四時間にわたる書類整理とくれば、流石の私だって直ぐに休みたい。夕飯なら執務室で書類片手に済ませてあるから問題ないし。


「そんなこと仰らずに。――エレナがパウンドケーキ焼きましたのよ?」

「行きましょうか」


 反射的に答えた自分を殴りたい気持ちでいっぱいになりながら、私は引き摺られるように控えの間に連れて行かれた。



「今日はチョコレートを入れてみましたの」


 そう言って差し出されたパウンドケーキは、王城の料理人作と言っても遜色のないもので、たまりかねた私は、行儀悪いのを承知で一切れ口に放り込んだ。


「美味しい~」


 夜の間食は太る元、という義姉の声が脳裏に響くが無視。今日は結構体を動かしたし、夕食も軽めの者しか食べていないし、少しぐらいなら大丈夫……、だと思う。


「キャサリン様のお口に合いまして?」

「とっても美味しいです!」

「良かったですわ」


 ふわと、エレナは上品に微笑んだ。その優雅な身のこなしは、まさしく侯爵令嬢のもので、位としては同格の二人なのに性格はこうも違うのかと、毎回感歎していた。ケーキを食べ終わった頃合を見計らって紅茶を勧めてくる所も卒がない。私が男だったら、是非とも嫁に欲しいタイプである。


「ありがとうございます」


 四人掛けのテーブルにつき、遠慮なく紅茶をいただく。ふんわりと立ち上る芳香に、これが私の好きなアップルティーだと悟る。私の前の席に座ったエレナが、わかっていると言うように微笑んだ。本当にエレナは優し――


「で。中庭では殿下と何をなさっていましたの?」


 げふごっ。


「まあ、キャサリン様。紅茶が熱過ぎましたかしら」


 いえ、丁度良い温度で……、って。


「なんでその話になるんですか!」

「あら。この話にならない方が不思議ではなくて?」

「そうそう」


 先程からの微笑を崩さずにエレナが答える。彼女の隣に腰かけたメイベルも、さもありなんと同意してきた。……前言撤回。エレナの後ろに黒い尻尾が見え隠れします。


「本当はスザンヌもアイリスも聞きたがったてたんですよぅ。でもお仕事が残っているから無理だと、泣く泣く諦めてましたわー」


 ついでに貴女方も諦めて欲しかったです。


「ねえ、キャサリン様。お話しいただけますよねぇ?」

「パウンドケーキ、明日の分も用意してあるんですのよ」


 二人の笑顔が非常に怖いです。ハイエナに追い詰められた子ウサギの気分。二人とも女官を辞めて、タブロイド紙の記者にでもなった方が良いと思う。……いや、家柄からして無理だろうけど。


「話すと言ってでもですね……」


 この二人が期待する類の話は確実にできない。だからと言って馬鹿正直に言ったところで解放してくれるとは思わないし……。


「キャサリン様、焦らさないでくださいませ」

「そうですわー。ここには私達しか居りませ――」

「貴女達。何をしているのです」


 凛とした声が扉の方から響いた。


「「に、女官長様っ」」


 そこに立つのは、王太子宮の女官達をまとめる女官長、アリエットだった。彼女の登場に青ざめる二人を厳しい目で見下ろす。お世辞にも天使とは言い難い様相だったが、私には間違いなく救いの神。彼女の背後から後光が差して見える。


「このような時間に大声で……。一体何を話しているのです」

「え、う、あ、あ、あのっ。キャ、キャサリン様に、殿下の御様子を窺おうと思いまして!」

「そ、そうです!もし体調を崩されておいでなら、何か温かいものをご用意しようかと!」

「つまり、キャサリン様が今日殿下とどのようにお過ごしになったか、聞いていた訳ですね」

「「あう」」

「返事は?」

「その通りですぅ……」

「申し訳ありません……」


「全く、貴女達は――」


 そうだ、そうだ。もっと言ってやってー!


「――何故、私を呼ばないのです!」

「「「は?」」」


 ちょっと待て。今、女官長様はなんて仰った?

 固まる私を無視した女官長はそそくさと私の隣に陣取る。ずずいと膝を詰めると、無駄にキラキラと輝いた瞳をこちらに向け、満面の笑顔で語りかけてくる。


「ささ、キャサリン様。お話しくださいませ。今日は殿下と中庭でデートだったとか」


 お ま え も か 。


「キャサリン様、確か明日はお休みでしたよね。時間はたっぷりございますわ」


 王太子宮に咲く花と名高い女官達の満面の笑みに、私は引き攣った笑顔で応える。確かに明日は非番ですが、何故私の個人情報をご存じなのでしょう?…………いえ、良いです。訳なんて聞きたくないです。


「キャサリン様ぁ。そんなに勿体ぶらないでくださいませぇ」

「そうですわ。さ、パウンドケーキでも召し上がって、気楽にお話しくださいませ」

「私達なら、一日ぐらい寝なくても平気ですから」


 期待の眼差しで見詰められ、今すぐにでも脱走したい気持ちで一杯になる。

 この日私は、女の噂好きと執念を身に染みて実感したのだった。

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