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この思い、君に捧ぐ  作者: ことは
第一章:再会編
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8:メルリック侯爵

「これは、これは。レイヤード王太子殿下」


 うわ、趣味悪い。

 これが、闖入者に対する私の第一印象だった。

 不必要なまでに大きいダイヤのカフスに、女性でも着けなさそうな派手派手しいサファイアの指輪。服の色はダークグレーと地味ではあったが、いかんせん金糸の刺繍だらけなのでお世辞にも上品とは言い難い。その上、坂道でつつけばそのまま転がりそうな肥満体型なので、悪徳役人の典型的サンプルを見ているようだった。


「メルリック侯爵。このような時間に何用か」


 低く咎めるような声が、私の背後から響く。それは、今まで聞いたこともない声。聞く人の足を竦ませる、為政者の声。

 しかし、その声も眼前の男には効果がないのか、侯爵と言われた男は下卑た笑みを浮かべた。


「御無礼をお許しください。アルティオス殿下を探しておりまして。こちらにいらしたと人伝に聞いたのですが――」


 アルティオス殿下――。

 その名を聞いて、私はこの男の正体を思い出した。

 アルティオス殿下は、現国王――つまりレイの父親――の異母弟であり、王位継承権第二位を持つ男性である。王弟と言っても、先代の晩年に生まれた彼はまだ三十代。レイと同じ蜜色の髪に、ビリジアンの瞳。更に童顔なのも相まって、殿下とレイ並ぶとまるで兄弟のように見える。

 そのアルティオス殿下の母方の伯父が、このラザード・リエラ=メルリック侯爵だった。


「此処には大分いたが、叔父上は見かけなかったぞ」

「そうですか。見間違いだったのかもしれません」


 そう言ってにやりと笑む姿は、王家に近い血筋の人間とはとても思えない。家柄によって人の貴賎は決まらないという、最たる悪例だろう。


「しかし、このような場所で女性と戯れておいでとは……。いやはや、有能な・・・方は違いますなぁ」


 私は露骨な嫌味に顔を顰めた。侯爵の位を持つ者へ向けて良い表情ではなかったが、剣を抜かなかっただけまだマシだと思う。

 しかし、レイはこんな状況にも慣れているのか、涼やかな顔で闖入者に応じた。


「日々の鍛錬も王族の務め。上に立つ者、学だけでなく武にも秀でておらねば民の心は掴めまい。候爵殿も一緒に如何か?いざという時・・・・・・、自分の身は自分で守らねばなるまい」

「お戯れを。この老いぼれの命など……。買い被り過ぎですぞ」

「そんなに謙遜せずとも良いだろう。貴殿も、叔父上も・・・・まだ若いのだから。まだまだこれからであろう」


 背後でレイが笑う。普段の無邪気な笑いではない。ひどく冷たい、乾いた笑み。

 嗚呼、そうだ――


「恐悦です、王太子殿下」


 ――この人は、“王”になる人だ。


「もう日も大分傾いた。叔父上も自室にお戻りだろう。叔父上に用があるなら、そちらを探すと良い」

「は。ありがとうございます。では、私はこれで。殿下もお早めにお戻りなさいませ。年寄りの戯言たわごとかもしれませんが、暗くなると足元が危険ですぞ」

「そうかもしれぬな。貴殿も、十分に注意するが良い」


 侯爵の姿が見えなくなると、レイは大きく息を吐いた。同時に張り詰めていた空気がほぐれ、胸の内に押し込めていたのであろう怒気がレイの周囲にたちこめた。


「あの狸……!」


 警戒すべき人間も消えたので、私は体をくるりと回転させ、レイへと向き直った。先程の己を殺した声とは違う、素直に自分の感情を露わにする姿を見て、私は思わず微笑んだ。


「何がおかしい?」

「いえ、別に」


 ただ――


「だったら笑うな!」


 ただ……、何だろう。


「あら。そうやってむくれるなんて、子供っぽいわよ」

「!」


 顔を赤く染めて極まり悪そうに私を見下ろしてくる彼は、数刻前の威厳に満ちた人物とは同一とは思えない。拗ねて膨れるのは七年前と全く変わっておらず、まだ小さかった昔の姿と重なった。

 外面は良くなったけど、中はまだまだ成長しきれていないらしい。


「戻りましょう。まだ、書類しごとが残ってるわ」

「手合せで疲れたから、少し休んでも――」

「アルに頼んで、書類の量を二倍にしてもらおうか」


 昔も勉強をサボっていたレイをこんな風に叱ったっけ。そしていつも不満そうに私を睨むのだ。


「……戻ればいいんだろ」

「わかればよろしい」


 放り出した模造剣を拾い、レイの手を取った。昔とは違う、しっかりとした手の感触に、どくりと心臓が音を立てる。

 私よりも滑らかで見惚れるほど綺麗だった手は、ペンだこと剣だこでやや歪になり、色もやや黒っぽくなっていた。


「早く戻るわよ」


 ちっと不服そうに舌打ちするが、彼が本気で嫌がっていないことはわかっている。

 手を歪にするほどのペンだこと剣だこは、彼が頑張り続けていた証。王太子としての執務も身を守り抜くための鍛錬も、この七年間、彼は決して放り出していなかった。私が傍にいた時だってそう。不満を言いながらも必ずそれらを遣り遂げていた。

 だから、私は。


「もう、膨れないの。私も手伝うから」


 この人を、支えたいと思ったんだ。

終わりそうな雰囲気ですが、まだまだ続きます。

登場人物も増えてきたので、一覧表でも作ろうかと思案中です。

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