舞踏会の後4
「ーそれで? どうなったって?」
夕食の後、メアリーは兄のケントを噴水に誘うと、2人は座り込む。
秋の夜空は真珠を散りばめたように輝いており、美しかった。
噴水の水がまるで聖水なように澄んで流れる中、メアリーは切り出す。
「それが、その、何というか…」
「はっきりしないな。ダニエルに結婚しようって言われたんだろう?」
「そ、そうなんですけれど…。その、答えていないといいますか」
「答えていない? あり得ない!!」
ケントは驚いた声を出し、顔を手で覆う。
メアリーは居心地が悪く、尻を動かすと、硬い感触をやわらげようと、ドレスがひらりと舞う。
「いいか、メアリー」
「は、はい、お兄様」
「ダニエルほどいい男はいないぞ? 他の娘にとられる前に、手に入れてしまえ」
「そ、それが…。お兄様に聞こうと思ったのですが、男性と、その、どうやってお付き合いしたらいいのか、分からなくて」
「はあ!? そこからか!! これは…大変だ!!」
ケントは大げさにため息を吐くと、メアリーの耳を引っ張ってくる。
「いいか? 幼い頃、一緒に遊んだことがあるのに、しかも舞踏会で一緒に踊ったのに、話ぐらいできるだろうが…!! 普通でいいんだよ。今日は寒いですねとか、あなたの衣装、素敵ですねとか、何でもいいんだよ」
「は、はあ…。そういうものですの?」
「ああ、そういうものだ。あとは髪型とか、ドレスを褒めたりとか、ダニエルはしてくれなかったのか?」
「それが…その、色々とありまして」
メイズでのことを思い出すと、身体がかあっと熱くなる。
ーまたキスされてしまった…。
自分は隙だらけなのだろうか。
それともダニエルが扱い方が上手なのだろうか。
答えは不明だが、ケントは急に胸を叩く。
「分かった。この俺が中に入る」
「だ、駄目ですわよ、お兄様!! ゆっくりでいいって、おっしゃってくださったんですから」
「そうなのか? …メアリーも真面目だからな」
ケントは噴水の縁に手を置くと、星空を眺める。
その顔は清らかな感じで、嫌な印象はなかった。
「ま、ゆっくりって言っても、気に入ったら即、手に入れろ。女性にもてる男だから」
「そうですの…!! ま、まあ、どうしましょう!!」
両頬に手を当て、メアリーは困惑した表情となる。
舞踏会だって、メアリーと踊った後、美しい華達に囲まれていたのを思い出す。
ーわ、私は…その、嫌いではないのですが…。
ただケントの普通に話せばいいという言葉だけが、頭を通り過ぎていく。
ダニエルのスキンシップは、メアリーを戸惑われるものばかりであり、他の娘達にもそうやってきたのだろうか。
ー…何か腹が立ちますわ。
今まではどうか知らないが、女性達に嫉妬すると、メアリーはふと気づく。
ー…私、…。もしかして。
両手で口を押さえると、悲鳴を飲み込む。
ダニエルの存在が前よりも深く感じられた。
ーい、いいえ。騙されてはいけませんわ。恋愛経験値のない私を笑っているのかもしれませんし。
そう思うのだが、ダニエルの言動を思い出すと、メアリーを気遣ってくれるものばかりだった。
「…お兄様、あの、ダニエル様って、その、遊びは…?」
「遊び? ダニエルが? そんな男に見えるか?」
「い、いいえ!! とんでもない。真面目な御方だと思います」
「そうだろう、そうだろう。遊ぶといっても、クラブに来るくらいだからな」
「く、クラブ…」
会員制の場所で、女人禁制だった。
だからメアリーは詳しくは知らないのだが、上流階級の男性達が集まり、楽しむところだと聞く。
「舞踏会に行くのも、珍しいんだよな…」
「え!? そうですの!! てっきり慣れているのかと、思いましたわ」
「ああ、あいつも人の多いところは苦手みたいだしな」
「そ、そんな風には思いませんでしたわ…」
メアリーはケントが嘘をついているのではと、彼の顔を覗き込むと、メアリーの肩にかかった髪を後ろに流してくれる。
「メアリーが行くって言ったから、ダニエルも行ったんだろう」
「お、お兄様がお教えになったんですの…!?」
「ああ、だって、お前ら幼い頃から仲が良かったし」
何でもないように言い、ふうと息を吐く。
まるでしゃぼん玉を作っているみたいに、軽い動作だった。
「幼い頃、仲が良かった…。そうですわ!!」
メアリーは立ち上がると、ケントの肩を揺さぶる。
「お兄様、教えてください。幼い頃、何かあったんですの?」
「それはな…。ダニエルは?」
「その、ツリーハウスがヒントだと」
「そうなのか?」
「は、はい…。嘘は言っていませんわ」
真剣な表情で言うと、ケントは顔を引き締め、口を開く。
「ダニエルが言わなかったのなら、俺も言わない。時期がきたら分かるだろうさ」
「時期…」
小さく呟き、メアリーは足元を見る。
影は2人分、伸びており、まるで主役は自分のほうだとばかりに、強く主張してくる。
それを足を動かすことで誤魔化そうとしたのだが、闇は深く、飲み込まれそうだった。
ー私…何で覚えていないんだろう?
顎に手を置くと、噴水の縁に座り直す。
ダニエルは秘密主義者なのか、教えてくれてもいいのにと思っていると、急に冷たいものが顔に当たった。
「きゃ!! な、何ですの…!!」
「いや、さっきから怖い顔をしているから、緩めてやろうかと思って」
噴水の水をまたかけてきたので、メアリーは怒ってやり返す。
「やったな、この!!」
「きゃあ!! わ、私だって負けませんわよ!!」
兄妹で水をかけ合うと、2人は笑顔になっていく。
見ているのは月のみで、優しい光を放っている。
虫の鳴き声がようやく耳に入ってくると、メアリーは落ち着き始めていた。
「お兄様、私、ダニエル様のことを信じていいのでしょうか?」
「いいに決まっているだろう? 俺を信じろ」
胸を張るケントに、メアリーはしっかりとうなずく。
ー少しずつ、互いのことを知っていこう。
そう決めると、メアリーはケントに手を取られ、噴水を後にしたのだった。




