悪転生殺〜ある執行者の物語〜
毎日朝起きて顔洗って、歯を磨いてトーストとコーヒーを腹に押し込み、スマホで今日のニュースをチェック。特に好きでもないVの炎上記事をチェックし今日の話題作りを確保する。
そんなことをしているといつもの3倍は早くなっている時間に急かされ慌てて服を着替える。
最低限の身なりを整えたら、一日が始まる。日常というなの地獄が…
人混みと満員電車に揉まれ学校へ向かう。
周りには俺と同じで死んだ目をしているサラリーマンや朝から猿のように騒がしいうちの学校の女ども。ふと目線が合ってしまいすぐに逸らす。
電車から下りて徒歩10分ほど学校に近づくにつれ生徒は増え俺の足取りは重くなる。まともに話せる友達も限られているため基本ここでは終始無言が続く。
学校に到着し下駄箱のロッカーを開けると酷い異臭がした。周りの生徒はすぐに原因は俺だと気付き離れていく。俺は引きつった顔で恐る恐る靴の中を見たが何か複数の生き物を混ぜたのか、赤黒く変色した物体がねじ込まれていた。かろうじて毛皮のようなものが確認できたが元の形は想像もできない。というよりしたくなかった。犯人もおおよそ検討はついていた。
俺は仕方なく靴下のまま教室に向かう。集団の中の個性はやはりというべきか、通り過ぎる生徒が異様な光景で見てくる。俺は相変わらず死んだような目で足を引きずるようにして教室に向かう
やっとの思いで教室にたどり着きドアを開け中に足を踏み入れると足に鋭い激痛が走るり
「ああッッッ!!!?」
生徒は一瞬こちらをみるがすぐに俺に興味をなくした。
彼らの中ではもう一種の集団心理のように思考が統一されていた。
ーああ、またかーと
俺は血の滲んだ靴下のまま自分の席につき持っていた鞄を下ろすと、後頭部から鈍い衝撃が走った。
俺は思い切り机に頭部を打ち悶える。すると床に弾力のある音が連呼した。必死の思いで目線を横にずらすとバスケットボールが俺の後頭部を伝って跳ね返りその余韻を残していた。
「わりぃわりぃコントロールミスっちまったわ」
背後からいかにも頭の悪そうな金髪ピアスの男が話しかけてくる。
奴は俺のすぐ後ろまで来ると、ボールを広い俺の肩をぽんぽんと叩きながら帰っていく。
ああ、いつものクソったれな日常だ。
放課後俺はいつものように奴らに見つからないルートを辿って帰宅を試みる。成功率は7割そこそこをキープしているからかなりの効果がある。
外は雨が降っておりまだ夕方だというのにまるで夜のように暗く冷たかった。
今日もひどい一日だった。唯一、クラスでまともに会話できるヲタ友に今日仕入れたVのネタで話題作りにいったものの、完全無視を決め込まれた。いつもなら喜んで食い付くような奴なのに全く反応がない。
なるほどそういうことか。俺は全てを理解した。答えは後ろの席でニヤついているゲス共の仕業だ。目の前でだんまりを決めて震える手でラノベを読んだフリをしているのがなによりの証拠だった。
こいつもクラスのカーストは下の方、もしかしたら俺がいなかったら標的はコイツだったかもしれない。それでもこんな俺に今まで接してくれてたんだ。恨んだりはしない。ただ自然の摂理にしたがっただけ。
そう納得すると、俺は自分の席に戻りぼんやりと空を見ていた。 あーくだらねー世の中。
傘を通してひどく強い雨が打ちつけられる。唯一の学校での友人を失ったというのに俺はあまり悲しくなかった。結局俺は1人が嫌で無理やり話しやすそうなやつと一緒にいただけ…そう悟ったからだ。
もちろん最初からこうだったわけではない。中学では普通に友達はいたし高校入学当初だって新しいこの生活に胸を弾ませていた。それが逆効果だった。
初めてのクラスで後ろの子に声をかけられ一目惚れしてしまった。彼女は俺の性癖にどストライク清楚系黒髪ロング美少女だったからだ。ある時この気持ちが抑えきれず校舎裏で告白した。これが地獄の始まりだった。
彼女はクスッと笑うと今まで出したことのない低音で俺を罵倒してきた。極めつけに、彼女の彼氏が今の俺の元凶に当たる奴らだった。
そう、俺が清楚系だと思っていた奴は清楚風美人局クソビ◯チだったのだ。それから俺はそいつらには家畜同然に扱われている。
まあ、学校が終わればこっちのもんさ。帰ったらゲームでもして気分を落ち着かせよう。そうやって自分を納得させ心を保っていた。
そして頭を切り替え早足で帰りながら昨日買った新作ゲームでの戦略を練っていた。
そして家につくと、見知らぬ靴があった。それも複数。奥から母さんが出てきて笑顔でいった。
「お友達、アンタの部屋にいるわよ!あんたいつも一人だから心配だったけど大丈夫そうね」
ニコニコとしながら語る母さんをよそに俺の顔は青ざめていた。俺は急いで自分の部屋の二階へ駆け込む。いや、そんなはずない、嘘だ!嘘だぁ!!
そして自分の扉を勢いよく開けると絶望の光景が広がっていた。
「お〜す、帰り遅いから心配したぜ。一緒にこの新作ゲームやるか?ま、お前んだけど」
「どうもーお邪魔してまーす」
俺をいつもいじめているリーダーと取り巻き、そしてあのクソビッチまでいた。しかも俺のベッドで俺が大事に置いておいた新作ゲームの袋をビリビリに破り捨て勝手にやっていた。
「あ…あ…」
最早言葉にならなかった。
「てゆうか、お前ちゃんと友達作れよ?母ちゃん、俺らのこと友達と勘違いしてすげぇ喜んでたぞ?まあ原因は俺だけどwwww」
全員が笑い出す。頭がおかしくなりそうだ…
「てかゲームも飽きてきたな。そうだおもしれーこと思いついた。お前のこの並べてあるキモいフィギュア一体ずつぶっ壊していったらおもしろそうじゃねwお前の反応がw」
は?何をいってる。頭が追いつかない。
「ちょ、やめ」
俺はすぐ抑えられた。こういうことには慣れてるんだろうというすごい手際だった。
「じゃあせーのw」
そしてまるでボーリングのピンがボールに当たった時のように僕の大切なものが吹き飛び壁にぶつかり粉砕していった。僕は涙を浮かべ抵抗したが帰ってそれらは奴らを刺激するドーパミンになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ飽きまし帰るわwちょー楽しかったぜwまた明日学校でな。親友ww」
「えーやさしーw」
そして脱力した俺を捨て奴らは帰っていった。
残されたのは部屋中にバラバラになった俺のコレクション。壁にも穴が空いている。
「…………………………………」
「……………………………けんな」
「ざっけぇんなああぁぁぁ!!!!!!!」
家中に響き渡る怒声で吠えた後、俺は残っていたコレクションを自らの拳で破壊していった。
俺の部屋はまるで廃墟のような散乱状態になった。そして何故か落ち着いた。そしてある答えにたどり着いた。
「ハアハア、そうだ………」
「あいつら殺そう」
俺は部屋にあった金属バットを持って部屋を出る。かろうじて靴は履いただけで傘はさしていない。身体はすぐにずぶ濡れになり、変な奇声をあげながらまだそう遠くへいってない奴らを追う。
そして、角を曲がった所で呑気に傘をさして談笑しながら歩いている奴らをみつけた。よし!!よし!!!よっし!!!!!
俺はバットを構え奴らに走っていく。
あと、30m、あと20m、15m、10m。
やっとやっとだやっと救われる。さあ終わらせようすぐに今すぐに、刹那に、一瞬に、またたく間に。
あと5メ ドン!!!ガシャン!!!!!
え
どうなった?俺は奴らをぶっ殺せたのか?
身体が動かない。周りが騒がしい。身体が冷たい。口が鉄臭い、息ができない………
あっこれ死ぬのか。最後まで何もできないのか。
俺の……生きる…意味って…………………何……やってんだ……………お………れ…………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん…うう……」
次に目覚めると当たり一面が眩しかった。辺りを見回すとヒゲがやたらと長いローブを着たジジイが優しい笑顔でこっちを見つめていた。
どうなってんだ…俺は死んだはずじゃ…
「おお!!目が覚めたか!!!勇者よ!!!!」
「勇者?」
俺はそれからそのジジイに説明を受けた。あの時俺は横からトラックに轢かれ死んだ。ここは異世界とそれを繋ぐ中環地点みたいな場所。このジジイはこの世界の神的立ち位置だと。
そして俺は勇者に選ばれたー
「もちろん、勇者じゃからな。才能も、ステータスも覚えるスキルも加護も、桁違いじゃ。この力でどうか魔王を倒してくれんか?」
俺は手を空にかざしステータス画面を開く。なんだこりゃ。そこには最初から振り切ったパラメーターと10を超えるスキル、それもほぼどれもチートスキルだった。引きこもっていた、俺はゲーム三昧だったためかこのスキルの説明だけでほぼハメ技に近しいイメージができた。
「やってくれるか?勇者よ」
俺は拳を固く握りゆっくりと振り返る。
「もちろん、世界を救うためですから。どんな困難だって立ち向かってみせますよ」
俺は快く引き受けると、そのジジイに笑顔を送った。
ついに来た!!このときが!!モンスターや仲間との冒険!!様々なダンジョンや謎解き。魔法!!!圧倒的な戦闘能力!!!!ワクワクするなぁ!!!よし!!世界の平和のため、俺は悪と闘う!!!俺はあいつらとは違うんだ。俺の正義を阻むやつはねじ伏せる!!!俺が望む幸せな世界を作るんだぁぁぁぁ!!!!!
勇者は邪悪な笑みを浮かべながら光の中に消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこだ?俺はどうなった?
目を開くとそこは暗闇だった。頭が痛い。身動きが取れない。何かで縛られているのか腕が全く動かせない。足もだ。自分のふくらはぎから尻背中にかけて何か硬いものが当たっている感触が確認できた。
どうやら、椅子のようなもので拘束され、暗い部屋に閉じ込められているらしかった。
俺は口で大きく息を吸い込み状況を生理しようとすると急に息を吸い込んだのが不味かったのか、むせ返る。ちくしょう、身動きができないから呼吸もしづらい。
そのせいか、太ももに液体がつたう感触がある。汗をかいてヘトヘトだ。
こんな極限の状態だが何とか脱出しなければと俺はここに来るまでの最後の記憶を呼び起こす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どこまでも透き通る空から鳴り響く咆哮、大きな翼を広げたそれはまたたく間に帝都と呼ばれる国家都市をその赤き翼竜によって火の海へと変えていった。
いくら城壁が立派だろうが空から攻撃されては何の意味を持たない。街の中は既にパニックになった民衆で溢れかえっている。
「い、嫌だ死にたくない」
「助けてくれぇぇぇ!!」
「騎士団は何やってんだ!早く何とかしてくれよ!!」
逃げ惑う人々は皆自分の命を安全圏に移すため、群衆になり街の外に避難を進める。
無論状況を鎮圧するため、帝都最強の鉄壁を誇るとされる護り手、騎士団は交戦を試みるが天高く飛行する翼竜に対して成すすべなくという状況である。
一応、気休めの弓や大砲、中級魔法などを行使しているがその強靭な皮膚の前にほぼ無傷である。
その反面、翼竜はその圧倒的有利な状況で人を喰らい大砲を踏み潰し、街を焼き尽くしていた…
「お、終わりだ」
一人の兵士が武器を落とし呟くと背にある高い時計塔を翼竜がその大木のような爪足で倒したのを確認する。周りには数人の兵士、女、子供、老人。
ここにいる誰も助からない。そう兵士は思うと静かに目を閉じた。
数秒後、兵士は辺りの静けさに異変を感じ再び目を開けた。止まっている。時計塔が、空中で…
いや止まってはいない。浮いている、空中で…
かつてこの街のシンボルとでもゆえる巨大な時計塔は空中で浮遊し来たるべきはずだった多くの人々の犠牲を救った。
しかしどう考えてもおかしい。物体浮遊の魔法は低級魔法、基礎中の基礎、せいぜい浮かせれても人一人が限界だ。
物を動かす時にかかる対象の物体の重さは術使用時に比例する。熟練の猛者ならミノタウロスのような巨大な魔物を吹き飛ばす奴はまれにいるらしいが、今回は次元が違う…吹き飛ばすならまだしも一定のまま宙に浮いている。
近くに上級魔法部隊でもいるのかと兵士は辺りを見渡すがどこにもその姿はない。
翼竜はそのことを見向きもせず既に別のエリアに飛び立っていた。
「た、助かった?」
「おお…神よ、あなたの慈愛に感謝します」
「い、生きてる…まだ生きてる」
命を救われた人々は目の前で起こった奇跡に対しての感想を述べる。
「ふー何とか間に合った」
間の抜けた声が近づいてきた。兵士が驚いて後ろを振り返るとそこには右手を時計塔に向け最初の推測通り「物体浮遊」の魔法を行使して歩いてくる青年の姿があった。
彼は半年前にこの街に突如として現れ冒険者認定試験では全て最高記録を叩き出し、その数日後に勇者として、名を馳せた。
500年間、この世界を支配した魔王を倒し、2000年前の封印から目覚めた古代兵器を粉砕し、S級ランク相当のモンスターに至っては目を瞑っていても勝てる。
そんな彼に与えられた二つ名は「神威」正に神の所業である。
「遅いよー兄ちゃん」
「あんたか!?命拾いしたぜ、ありがとよ」
「ありがとう、勇者様」
彼はこの国の王により召喚された勇者であった。 彼はその類まれなる才能を活かし日々活躍しているため民衆の指示も厚い。まさに救世主だ。
「ごめん、みんな遅くなった」
そうみんなに笑顔をむけると彼は地面を蹴り20mほど先の宙に浮いている時計塔に飛び乗った。
「さあ、いっちょやるか」
彼を乗せた時計塔はすごい速度で加速し上昇する。
上空には先ほどの翼竜の姿があった。
翼竜は再び咆哮を上げ向かってくる巨大な時計塔を恐れることなく突っ込んでくる。
ー空中で恐ろしいほど大きな衝突音が響くー
翼竜が時計塔を粉々に砕いていた。
そう思った矢先20メートルは優に超え、身体は数十トンはある翼竜が5キロほど先の隣の山まで吹き飛んだ。
それは紛れもなくあの勇者の一撃であった。勇者の拳があの鋼鉄の巨体を吹き飛ばしたのだ。
吹き飛んだ翼竜はすぐさま半壊した山から飛び立ち、空中に浮いている勇者に向かい、特大サイズの火炎球を吐き出す。
勇者は避けることなく余裕の表情で片手でそれを受けとめていた。
「じゃあお返しするよ」
勇者は止めていた炎の塊を更に増幅させていった。
増幅と云っても大きくはなっていない。むしろ小さく、小さくなり勇者の手に収まった。だが先程の火炎球より増幅して見えたのはその色の変化。赤黒くどこか禍々しい色と大気を焦がすような熱が伝わる。
そして片手を翼竜に合わせ、まるで弓を引くように細い線が1本つたった。
それは炎と云うより、光線といった方が正しかった。
その巨大な硬い皮膚に風穴が開いた。
決着は静かにあっさりとついた。おそらく相手側が気付かず死んだかもしれない。 それほどの一瞬。
「ふー終わったね」
そう勇者が呟くと街から一気に歓声が上がった。
みな勇者を取り囲む。涙を流して感謝するもの。祈りを捧げるもの。彼の腕に抱きつく絶世の美女、恐らくこの物語のメインヒロインであろう。
ーそう全てが圧倒的な主人公、転生者ー
「勝ち組」 「イージーモード」 「チート能力」
ーーーーーーーーーー
辺りは既に夕暮れに染まっており、広場では宴が始まっていた。
勇者とヒロインは噴水の流れる場所で美しい夕日を背に向かいあっている。
「もう!あと少しあなたの到着が遅れていたら本当に危なかったんだからね!」
彼女の透き通る声は怒りながらもどこか嬉しそうであった。
「いやーごめんごめん、ちょっとワイバーンの群れに襲われている村があったんで討伐してたんだ」
「ワイバーンの群れを一人で?」
彼女は口を開け、ぽかーんとする。
「あははは…」
勇者のその間の抜けた感じに彼女も耐えきれず笑い出す。
「本当にあなたは無茶苦茶なんだから。あっ、まさかまたその村で別の女の子に言い寄られてたりしてないでしょうね?」
勇者は視線をずらし空を眺めポリポリと顔を掻く。
「いやーあははは…」
「ああっ!またあなたは!!」
「いや、本当にごめんて僕も決してそんなやましい気持ちがあったわけじゃ」
「わかってるわよ…」
「へ?」
「私も最初はあなたのことなんか大っ嫌いだったけど今こうしてこの街もみんなも私もいるのはあなたのおかげ…それは紛れもない事実よ。今回に限ったことじゃない、今までだって私はあなたに何度助けられたことか」
そうゆうと彼女は勇者を見つめ大量の涙を流す。
「いやーほんと最初転生したとき君に初めてあったときは苦労したよ。それがまさかこの国のお姫様だったなんてね」
「そ、それはあなたがずけずけと、私に近寄ってきたり、余計なお節介するからでしょ。今までもそうゆう奴は沢山いたわ。でもあなたは違った。本当に私を姫ではなく一人の女の子として見てくれた」
夕日に照らされた彼女は勇者をまっすぐ見つめる。
それは彼が転生されてから今日に至るまでの事を思い出すのに十分な時間であった。
「アリシア、結婚しよう」
「はい」
彼女は先ほどとは違った意味での涙を流しながら笑顔で答える。そして瞳を閉じる。
勇者は彼女の肩に手を置き静かに顔を近づける。
これでこの世界での勇者の物語は完結する。誰もが幸せなそんなハッピーエンド。ありきたりなよくある話し。
グサッ
「は?」
勇者の間の抜けた返事と共にアリシアの顔に返り血が降り注ぐ。
夕暮れ、赤く染まった街と赤く染まったアリシアの表情、身体が熱い、ひどい痛みだ。
大地を一瞬にして無法地帯にする神獣麒麟の雷鎚を受けた時も、大陸を割る怪力を誇る巨人族の山より高い剣を振りかざされた時も、なんならこの世界の絶対者だった魔王戦の時も傷一つ付くことはなかった。
なのに今俺の胸はただの刀に貫かれ鮮血が降り注いでいる。そして勢いよく得物が引き抜かれた。
半径53キロメートルの自分の敵と認識した相手を自動で察知する千里眼スキルは?自身に攻撃行動が行われた際に必ず先手を取れるALLカウンタースキルは?女神の祝福によるオートヒールは?転生先で神から授かったチートスキルの時間遡行は?…
勇者は血染めの地面に倒れこみながら後ろを振り向くと黒いフードから白髪の髪、全てを飲み込むような不気味な赤い瞳をのぞかせる男が立っていた。
「どう…して…」
勇者は口の中で循環する血と共に聞き取れないほどの声で問いただす。
「ん?…ああなんでお前にダメージが入るのかか?……まあ戻るまで暇だし答えてやるよ」
男はため息まじりに答え合わせをする。
「お前の背後に立ったのは今転移してきたから反応する前に刺した、お前のALLカウンタースキルは外部から攻撃した瞬間に発動するから突き刺してから貫通するまで刀を透過した。つまり内側から攻撃したいなもんだな。回復スキルはこの刀の能力でな、切った対象の箇所は攻撃が持続するようになってる…まあようするに今でもずっと刺され続けられてるってことだ。時間遡行できないのは能力を付与した神をあらかじめ殺してきた。
この男は何を云っているんだ?
勇者はこのフード男の云っている意味を半分も理解できていないだろう。でもそんなのどうでもよかった。
今この勇者は勇者としてではなく、一人の人間、動物の本能、怒り、嫉妬、憎悪をこのフード男に向け、口から血を噴き出しながら歪めた顔をほころばしている。
「オマエ…ハ…カナラズコロス…」
その刹那、フード男と勇者の周りを囲むように、光が包まれた。
赤、青、緑、黄の4つの光、その光の中から、4匹の精霊が姿を現した。 精霊は1体辺り街の建物より3、4倍くらいはあるだろう。
勿論勇者の街は無事ではなく、召喚した衝撃で、建物、地面、そして民間人が吹き飛んだ。
無数の叫び声、地面をつたう血、そして4体の精霊の咆哮。地獄絵図だ。
その中でかつて勇者と呼ばれた男は胸に剣が刺さった状態でケタケタ笑いながら
「サア、この男を殺せぇぇエエ!!イフリート!!ウンディーネ!!シルフ!!ノーム!!」
元勇者は四大精霊を集結させ黒いフード男をけしかける。
四大精霊は元勇者の指示通り、各々の能力で囲うように攻撃を仕掛ける。
「最後に四大精霊使って自爆とかスケールでかすぎだろ…まあタイムオーバーだ」
フード男はそう云うと左手を空にかざし指を鳴らした。
四大精霊の裁きが下る。4つの膨大なエネルギーは2人どころかこの街を包みこみ爆散した。周りの全ての生命が絶たれたように見えたが皮肉にも目標の2人は無害だった。
ー元勇者とフード男はこの世界から消えたー
「ハアハアハアハア…」
元勇者はあの時の事を鮮明に思い出すとゾッとした。
完全無欠、無敵の存在と自負していた俺のプライドをものの数分で無に返した男に囚われているこの状況。
まずい、マズイマズイマズイマズイマズイ…
必死に身体を震わせるが意味はない。
「オイ!!クソ野郎!!早く俺を解放しやがれっ!!お前自分が何やってんのか分かってんのかよッッッ!!俺は勇者だぞッッ!!500年間世界を支配していた魔王を倒したあの勇者ッッッ!!全人類を救った救世主だッッ!!こうしてる間にも俺の助けを待っている人がいんの!!?わかるよな!?お前のやっていることは重罪な国家反逆罪ィ!!お前もお前に関わる全ての人間を殺してやるッッッ!!カナラズミナゴロシニシテヤルカラナァァァ!!!!」
口から血を噴き出しながら怒り狂う元勇者に俺は呆れ口を開く。
「やはり正解だったな。あの世界はお前(勇者)には相応しくないわ」
すぐ耳元で聞こえたその声に元勇者は驚く。
「は?お前いたの?いつから?全く視えないんだけど?」
その問いかけに俺は少しおかしくなり、苦笑しながら答える。
「ああ(笑)お前もう、目ん玉ねぇんだわ。そりゃ視えねえよ一生な。ついでに四肢も外しておいた。趣味とかじゃなくお前ら勇者手足ついてたら経験上何するかわからんからな。この方法が一番確実なんだわ。勘弁な」
絶望のカミングアウトに元勇者は声にならない声で叫び出す。
「やかましいな。口も塞いだらよかったか?」
フードを被った白髪の男は椅子に置かれたその元勇者に蹴りを食らわすと無理やり静かにさせた。
転がった椅子と元勇者の頭を引っ張り
「さて、本題だ。お前どうやって転生した?経緯は?」
「……………」
返答がない、というよりもう喋る気力がないといったところだ。
「痛覚遮断解除」
俺は元勇者の身体に触れ唱えた。
「ぎゃあああああああああ!!??あああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!??」
「痛覚遮断」
もう一度唱え、再度質問をする。
「転生と経緯は?」
すると元勇者がよだれに塗れた口を開く。
「やめ……おねが……たすけ…」
俺はため息をつきもう一度「痛覚しゃ…」
「分かった!!云う!!云うがらぁ!!」
少しの静寂、そしてーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は拷問室から出るとそのまま地下の階段を上がって扉を開ける。
書庫に入ると夜で薄暗いが月明かりが通っており周りに積み重なっている本に当たらずに通れた。
少し歩くと大きな長めの高級机の横にセットで購入したと言わんばかりの背の高い椅子があり腰を掛ける。
フード越しに背を椅子にぴったりくっつくように預け深いため息をついた。すると書庫の入り口から静かなノック音がした。
俺は目線をそちらに傾けわかったように云う
「入れよ」
返答から少しの間をおいて
「失礼致します」
メイド服に身を包んだ若い女が入ってきた。
彼女は「ヒスイオルタナヴァール」
青髪のショートカット、顔は整っているが目は鋭く翡翠色の目がこちらに向けられる。
無表情なその顔に少し嫌気がさしながらみていると
「マスター今回もお勤めご苦労さまでした。何か収穫はございましたか?」
表情を変えずに軽く一礼をして俺に問う。
俺はヒスイから目線を逸らし
「んんや、全く。また1つ世界が無駄に消えただけだな」
どこか悲しげに云う俺にヒスイは少し食い気味に
「いいえ、マスターのしたことは決して無駄ではありません。あの勇者、いえ下賤「冴島転輝」は勇者でありながらその数々のスキルで民衆を酷い拷問の末に人々からの記憶に残らないようスキルで細工をし存在ごと消したり自分と張り合えるような敵を自ら作り上げ、ある程度の被害を人々に与えてから始末し、魔王を倒した後も勇者の地位を維持していました。表では完璧な勇者を証拠を欠片も残すことなく実行していたのであの世界の魔王よりよほどたちが悪いです」
淡々と話すヒスイをよそに「ああ」とひとこと。
わかってる、わかってるさ。そんなことは…これまで無数の転生者が生まれ、数多くの世界を救ったが裏を返せば失敗、何ならその力に溺れる者だっている。それを見せてないだけで…こうしてる現在も数多くの異世界に転生者は生まれている。
俺は机の上に積み重なっているレンガ本の中から1つ取り出すと、ヒスイが横に掛けていたランタンを取り、左手でそっとなぞり、明かりを俺の前に向けてきた。
本をペラペラとめくると1枚の黒い栞が出てくる。
栞には文字が書かれていた。
それは転移先の座標と術式だった。この栞そのものが高密度の転移装置になっていた。
「マスター次はそちらの世界に向かわれるのですか?」
ヒスイがそう尋ねると俺は小さく頷き
「文献に目は通した。しがない若者がある日異世界転生しそこで出逢った友人達と食文化を通してスローライフを送る」
なんとも平和な話、誰もが幸せそうなありきたりな物語
しかし
ここにある本は全ていわくつきだ。俺はあるきっかけで「異世界の管理者」その担当になった。
テーマーパークだって裏方の人間がキレイにするから客の目にはいつもキラキラしたものだけが映る。それと同じ。
「ああ。まずは身辺調査からだな。いけそうならまた目標を拉致って吐かせる」
ヒスイはランタンを置くと哀しそうな顔で俺を見つめ
「いってらっしゃいませ。マスターどうかご無事で」
俺はヒスイと初めて遭った時のことを思い出した。
いつかどこかの世界の終焉の中で泣いていた少女を。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おかあ……さん…」
少女はピクリとも動かない母の手を必死に握りしめていた。
ヒスイの母は俺の師匠だった。ただ唯一尊敬できる人間でありその圧倒的な強さと完璧な判断力…そんな彼女が最後に護ったのが自分の娘だった。
「師匠、どうしてあんたが…」
俺の言葉に気付いたヒスイが振り向く
「あなた、だれ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そんな顔するな。俺は必ず戻ってくるから。もうお前を1人にさせない」
それを伝えると彼はフードを取った。白髪の髪、赤い瞳、どこか中性的な整った顔で幼く見えるが実際はヒスイと10も離れている。首元にはこれまでの中での無数の傷が、見え隠れしていた。
ーそうこれは裏の転生者を裁く物語。誰にも知られぬ陽の目を浴びることのない物語
「さあ、いこう次の物語へ」




