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"平民ヒロイン"がまともな感性を持った"暴力系ヒロイン"だった場合:

掲載日:2026/05/12

 婚約者が、どうやら浮気をしているらしい。


 そう聞いた時、私――エミリー・ルカッセン侯爵令嬢は、悲しむでも、怒るでもなく、ただただ純粋に驚愕した。


(ダルアン様に、浮気ができるほどの甲斐性と度胸があったなんて……)


 我ながら、婚約者に対してひどく失礼な感想だとは思う。けれど、仕方がない。私の婚約者であるダルアン・ベルド伯爵令息は、良くも悪くも、たいへん『平凡』な方だったのだから。

 学業の成績は中の上。剣術の腕前は中の下。社交界での立ち回りは、すべて父であるベルド伯爵の威光頼み。顔立ちは決して悪くない――というより、黙って微笑んでいればそれなりに様になる青年ではあるのだが、いかんせん口を開くと途端に思考の薄っぺらさが露呈する、という類の方であった。


 侯爵家の長女である私と、伯爵家の嫡男である彼の婚約は、言うまでもなく家同士の政治的な事情によるものだった。

 ルカッセン侯爵家は王都における派閥調整の駒を必要としており、成り上がりであるベルド伯爵家は、歴史ある侯爵家との強固な縁を喉から手が出るほど欲しがっていた。そこに、ちょうど年齢の釣り合う私とダルアン様がいた。

 だから婚約した。ただ、それだけのことである。


 そこにロマンチックな恋愛感情など欠片も存在しなかったし、彼も私に対して「口うるさくて可愛気のない女だ」と不満を抱いていることは知っていた。それでも、貴族の義務として、互いに波風を立てず無難に婚姻関係を結ぶものだとばかり思っていたのに。


 ダルアン様の“お相手”は平民出身の特待生――リーリャというらしい。平民でありながら王立学園に入学を許されるほど優秀で、奨学金を得て通っている苦学生だという。


(馬鹿な方。よりにもよって、平民の特待生に手を出すなんて)


 遊ぶのであれば、後腐れのない夜の街の女性か、事情を弁えた貴族の未亡人でも相手にすればいいものを。世間知らずの学生をたぶらかすなど、貴族の矜持に悖る行為だ。

 とはいえ、現時点で私が騒ぎ立てるメリットは何もない。浮気の証拠はすべて金庫に保管し、私は静観を決め込むことにした。彼が遊びに飽きて頭を冷やすか、あるいは……取り返しのつかない愚行に出た時に、いつでも首を刎ねられるように準備だけを整えて。


 しかし、私の予想以上に、彼は愚かだったらしい。


「エミリー・ルカッセン侯爵令嬢!!私は今日、この場をもって、君との婚約を破棄させてもらう!!」


 その大音声が響き渡った瞬間、数百人の生徒がひしめく学園のカフェテリアが、水を打ったように静まり返った。

 前期試験終わりの解放感に満ちた喧騒は消え失せ、すべての視線が声の主――私の婚約者であるダルアン様へと注がれる。


 彼は妙に頬を紅潮させ、演劇の主役気取りで私のテーブルの前に立っていた。そして、彼の後ろには――いや、彼に腕を強く引かれるようにして、一人の少女が戸惑いながらついてきていた。

 彼女こそが噂の平民特待生、リーリャだ。栗色の髪を一つにまとめ、健康的な愛らしさを持つ彼女だが、噂で聞いていたような「男に媚びるような素振り」は微塵もなく、手には分厚い本を抱えたまま。「え、何?私、図書館に行きたいだけなんだけど」とでも言いたげな、純粋な困惑と警戒心を顔に貼り付けている。どうやら、無理やり連れてこられたらしい。

 私はティーカップを静かにソーサーに置き、表情一つ変えずに彼を見上げた。


「……婚約破棄、ですか。それはまた、随分と唐突な申し出ですこと。理由をお伺いしても?」


「とぼけるな!君のその冷たく高慢な態度に、俺はもう耐えられないのだ!婚約者である俺を敬うこともせず、常に上から目線で……俺は、もっと俺を癒し、支えてくれる女性を求めている!」


「なるほど。私では役者不足であり……そちらの女性に乗り換える、ということでしょうか?」


 私がリーリャの方に視線を向けると、ダルアン様はこれ以上ないほど誇らしげに胸を張り、彼女の肩をグッと抱き寄せた。


「そうだ!君のように高慢で冷たい侯爵令嬢ではない。俺が選ぶのは、可憐で、純粋で、健気なリーリャだ!」


 言いながら、彼は隣のリーリャへと向き直る。そして、まるで物語の英雄にでもなったかのように、熱を帯びた瞳で彼女へ手を差し出した。


「リーリャ。俺は君を選ぶ。俺と共に、この先の人生を歩んでほしい――」


「ダルアン様……」


 ドサッ。

 リーリャの抱えていた本が床に落ちた、次の瞬間。


 バァァァンッ!!!


 鋭い音が、カフェテリアに炸裂した。

 手加減なし、渾身のフルスイング。ダルアン様の顔が真横に弾け飛び、その姿勢がぐらりと崩れる。


 最初、誰も何が起きたのかわからなかったと思う。ダルアン様の顔が、勢いよく真横に弾け飛んでいた。彼の整った頬には、くっきりと赤い手形が浮かび上がっている。彼を打ったのは他でもない。彼が今まさに「選んだ」はずの、可憐で純粋なリーリャだった。


「り、リーリャ……?な、何を……」


「何を、じゃないわよ!!」


 振り抜いた右手を強く握りしめ、リーリャはさらに声を荒らげた。


「お前!!婚約者持ちだったのかよ!!!」


「い、いや、だが、俺は君を選ぶと今ここで宣言を――」


「は?」


 リーリャの声が、地を這うように低くなった。先ほどの困惑した少女の面影は消え失せ、そこにあるのは、純粋な怒りと軽蔑だった。


「浮気野郎が、何言ってんの?」


「え……」


「侯爵令嬢の婚約者がいることを私に黙って付き合ってて?それで突然みんなの前で『君を選ぶ』って言われて、私が『きゃあ、嬉しい、選ばれて幸せ!』って感動すると思ったの?頭沸いてんじゃないの!?」


 容赦のない正論の連打に、ダルアン様の顔がみるみる歪んでいく。


「ま、待てリーリャ!話を聞いてくれ!侯爵家との繋がりを捨ててでも、俺は君を愛しているんだ!俺と結婚すれば、君は将来伯爵夫人になれるんだぞ!?平民の君にとっては、夢のようなシンデレラストーリーだろう!」


 焦ったダルアン様が、最後の切り札とばかりに『伯爵夫人』という肩書きをチラつかせた。これなら平民の女は必ず靡く、という浅ましい計算が透けて見えた。しかし、リーリャの態度はより一層冷ややかなものになった。


「は?何言ってんの?

 ……平民が、伯爵夫人になれるわけないでしょうが!!」


「なっ!?」


「平民と貴族の恋愛って、学生の間だけの軽い恋のお遊びじゃないの?普通。

 本気で平民が伯爵夫人になれると思ってるほど、私だって身の程知らずのお花畑じゃないわよ!」


 貴族の中には、身分差の恋を美談として語る者もいる。

 けれど、現実は甘くない。

 伯爵家の嫡男が平民の少女と結婚するなど、並大抵のことではない。本人同士の愛だけで押し通せるものではなく、領地、家臣、親族、派閥、王家への届出、社交界の承認、数え切れないほどの壁がある。

 リーリャは、それを理解していた。当の伯爵令息より、よほど。


 彼女は乱れた髪を乱暴にかきむしり、周囲で唖然としている貴族たちを一瞥してから、ダルアン様を鋭く睨みつけた。


「いい?よく聞きなさいよ。私は将来、高位貴族の『侍女』として働くために、この学園に通ってんの!必死に勉強して、寝る間も惜しんで首席を維持して、奨学金をもらってるのも全部そのため!」


 彼女の口から語られる現実的すぎるキャリアプランに、カフェテリアの生徒たちは呆気に取られた。


「侍女ってのは、ただ掃除や洗濯をするメイドとは違うの!貴族の奥様やお嬢様の話し相手にもなる、気品と知性と教養が要求される職業なのよ。普通は男爵や子爵の次女、三女が就くような、平民じゃなかなかなれない高給取りの仕事なんだから!」


 そこまで一気にまくし立てると、リーリャはダルアン様の胸倉を掴まんばかりに詰め寄った。


「それを目指して血の滲むような努力をしてきたのに!気付けば侯爵令嬢の婚約者の浮気の片棒を担がされてたとか、どうしてくれるの!?私の完璧な人生設計とキャリアプランを、あんたみたいな頭の空っぽな坊ちゃんに壊されてたまるか!!」


「なっ……!!」


 公衆の面前で、平民の少女から「頭が空っぽ」とまで罵倒されたダルアン様。粉々に打ち砕かれたプライドと、思い通りにならない苛立ちが限界に達し、彼はついに逆ギレした。


「へ、平民の分際で、貴族である俺に向かってなんだその口の利き方は!!俺が優しくしてやっているのをいいことに、図に乗るなよ!!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすダルアン様。しかし、リーリャは全く怯まなかった。むしろ、完全に喧嘩を買った顔になった。


「平民の分際で、ねえ」


 リーリャは、にっこり笑った。それは可憐というより、獲物を追い詰めた肉食獣のような、酷薄で容赦のない笑みだった。


「そうやって自分の思い通りにならないとすぐ逆ギレする。ほんっと、恋人としてもダメダメだったわよね。じゃあ、その平民相手に必死で格好つけていたあなたのダサい話、ここで全部してあげようか?」


「なっ……!きさま、何を……」


「まず、食事」


 彼女はビシッと指を一本立てた。


「誘ってきたのはそっちなのに、会計はきっちり一銅貨まで割り勘。別にいいわよ、私も自分の食べた分は払うから。でもそのあとで、『次はもっと二人きりになれる場所がいいな』って甘い声で言われたら、さすがに図々しいにも程があると思うわけ」


 周囲の令嬢たちが「割り勘……」「伯爵令息なのに……?」「信じられない……」と、扇の向こうでヒソヒソと囁き合い始めた。ダルアン様の顔が青ざめる。


「お、お前!やっぱり俺の金目当て――」


「次。夜の誘い方」


 反論を遮り、リーリャは二本目の指を立てた。


「『酒の美味い隠れ家的な店を知っている』とか、『珍しい香草煙シーシャを扱う店があるから行かないか?』とか言って、いかにも二軒目があるように誘うふりをする。で、ついていくと、歩いている途中で急に『あっ、ちょうど俺のタウンハウスが近いんだよね』って言い出す」


「や、やめろ……っ!」


「そしてやたらと肩や腰にベタベタ触ってきて、結局自分の家に連れ込むのが目的じゃない!手口が古いのよ!一応身分差があるから断りづらくて、応じたには応じたけどさ……」


 リーリャはそこでふっと鼻で笑い、カフェテリアの全員の耳に届くよう、少しだけ声を張り上げてトドメを刺した。


「……まあでも、びっくりするくらい早かったんだよね。せめて三分くらいはもってほしかったわ」


 シィィィン……。

 カフェテリアの温度が、一瞬にして氷点下まで下がった。何百人という人間がいるはずの空間から、一切の物音が消え失せた。貴族の令息令嬢たちは扇で顔を隠すのも忘れて固まっている。男子生徒の中には、「あぁ……」と同情と憐れみの入り混じった目を向ける者すらいた。


 沈黙。

 流石にリーリャも言いすぎたと思ったのか、「やべ」と少しずつ顔から血の気が引いている。

 そんな彼女の内心の焦りをよそに、顔をトマトのように赤く染め上げたダルアン様が、全身をわななかせて激昂した。


「き、きさまぁぁぁっ!!よくも、よくも俺をコケにぃぃぃ!!」


 正気を失ったダルアン様が、リーリャに向かって大きく拳を振り上げる。リーリャは「ひっ」と悲鳴を上げて身をすくませた。

 ――流石に、ここが潮時だろう。


 パァァァンッ!!!


 本日二度目となる、鋭い平手打ちの音が響き渡った。ダルアン様の反対側の頬を打ち抜いたのは、席から立ち上がり、ずっと沈黙を守っていた私――エミリー・ルカッセンだった。


「エ、エミリー……!?」


 両頬を赤く腫らしたダルアン様が、信じられないものを見るような目で私を見上げる。


「……見苦しいですわね、ダルアン様」


 私は、自分が持ちうる限りの『絶対零度の微笑み』を浮かべ、床に這いつくばる愚かな男を氷のように冷たい目で見下ろした。


「婚約者がいることを隠して平民の少女をたぶらかし、己の不貞を棚に上げて婚約破棄を叫び、挙句の果てには言い負かされて女性に手を上げようとする。ベルド伯爵家の名誉も地に落ちましたわね」


「ち、違う!エミリー、これは誤解だ!俺はただ――」


 ダルアン様ははっとしたように顔を上げ、縋るような目で私を見た。

 リーリャに完膚なきまでに拒絶され、男としてのプライドを粉々にされた彼にとって、今や頼みの綱は自分に都合のいい私しか残っていなかったのだ。

 先ほどの英雄気取りはどこへやら、ダルアン様はなりふり構わず床に這いつくばり、私のドレスの裾にすがりつこうと手を伸ばしてきた。


「俺はあんな平民の女に騙されていたんだ!あいつは俺の愛を踏みにじるような、最低の女だった!だから俺は目を覚ましたんだ!エミリー、やっぱり俺には君しかいない!婚約破棄は取り消しだ、俺たちまたやり直そう……っ!」


「……気安く触れないでいただけますか」


 私はさっと裾を引いてその都合の良い手をかわし、路傍の汚物を見るような視線を投げかけた。


「ご自身の浮気が失敗した途端にすがりついてくるような殿方に、誰が慈悲をかけると?」


 そして、有無を言わせぬ冷徹な声で、決定的な言葉を突きつける。


「婚約はもちろん破棄させていただきます。慰謝料、ならびにルカッセン侯爵家への顔潰しに関する落とし前については、お父様を通じて伯爵家へたっぷりと請求させていただきますわ。法務担当の者には、すでに準備をさせておりますので」


 私がそう告げると、冷酷な拒絶によって縋る対象すら失ったダルアン様は、宙を掻いた手のまま「あ……あぁ……」と絶望のうめき声を上げ、その場にぐったりと崩れ落ちた。

 私は惨めな元婚約者から完全に視線を外し、未だ恐怖で固まっているリーリャに向き直った。そして、先ほどとは打って変わった、淑女としての優雅な笑みを浮かべた。


「参りましょう、リーリャさん。こんな所に長居しても、埃が舞うだけですわ」


「えっ、あ、はいっ……!」


 私たちは、床で頭を抱えるダルアン様を一瞥もすることなく、堂々とした足取りでカフェテリアを後にした。去り際、周囲の生徒たちがサッと道を譲り、私とリーリャのためざっと道が開けたのは、少しだけ気分が良かった。


*****


 カフェテリアから遠く離れ、人通りのない中庭の回廊まで来た時のことだ。ずっとピンと背筋を伸ばして私の後ろを歩いていたリーリャが、ふらりと立ち止まり、そのまま糸が切れた操り人形のように、その場にへたり込んだ。


「……やべぇ」


「リーリャさん?」


「やべぇ。やっちゃった……やらかした……!!!」


 つい先ほどまでの、獲物を狙うような獰猛な勢いはどこへやら。彼女の顔は一枚の紙のように真っ白になり、ガクガクと膝が小刻みに震えている。両手で頭を抱え、まるで世界の終わりを見たような顔をしていた。


「わ、私、平民のくせに伯爵家のおぼっちゃまをひっぱたいた……!しかも大勢の貴族の前で…!」


「……まぁ、そうね」


「あわわ、不敬罪!?これ絶対死刑だよね!?首飛ぶ!?最低でも退学!?私の奨学金!高位貴族の侍女になって実家に仕送りするという、私の完璧なキャリアプランがあああぁぁ!!!というか殺されるぅうう!!」


 頭を抱えて涙目になり、床をゴロゴロと転げ回りそうな勢いで後悔を口にする彼女を見て、私はたまらず吹き出してしまった。


「ふふっ……あははははっ!」


「え、エミリー様!?なんで笑ってるんですか!こっちは命の危機なんですよ!?」


「だってあなた、あんなに堂々と正論を叩きつけて、挙句の果てに男のプライドを粉々に打ち砕いておいて、今更怖くなったの?本当に面白い方ね」


 私が腹を抱えて笑うと、リーリャは恨めしそうな目で私を見た。


「だ、だって!売られた喧嘩の勢いでつい……!ああ、もう終わった。私の人生終わりました……。荷物をまとめて、夜逃げの準備をしないと……」


「ええ、流石に学園に残るのは難しいでしょうね。平民が貴族を殴り、公衆の面前で下半身の事情を暴露したとなれば、学園側も処罰を下さないわけにはいかないでしょう」


 私の言葉に、リーリャは「ひぐっ」と喉を鳴らし、本格的に絶望の表情を浮かべた。しかし、私は彼女の前に静かにしゃがみ込み、その冷たく震える両手を、私の手でしっかりと包み込んだ。


「退学の手続きや、ベルド伯爵家からの理不尽な干渉については、私がルカッセン侯爵家の名において、責任を持ってすべて防ぎます。慰謝料の請求と共に、あなたへの手出しを禁じる誓約書を書かせますから、命の心配はいりません。だから、安心なさい」


「エミリー様……」


「あなたの夢は『高位貴族の侍女』になり、気品と知性を活かして働くことでしたわね?」


 私は、侯爵令嬢としての、最高に優雅で自信に満ちた笑みを浮かべて見せた。


「ちょうど私、専属の侍女を探していたところなの。あなたのように聡明で、身分に臆せず正論を叩きつける度胸があり、そして……浮気男を容赦なく切り捨てる胆力を持った、素晴らしい人材をね」


 リーリャは目を丸くした。やがてその瞳に、信じられないものを見るような、しかし確かな希望の光がパァッと宿った。


「私の侍女になりなさい、リーリャ。学園で学ぶ以上の教養と、最高の待遇を約束するわ。……どう?」


「……っ!はい!喜んでお仕えいたします、エミリーお嬢様!!」


 かくして、私は最低の婚約者を切り捨て、代わりに最高の腹心を手に入れたのだった。


*****


 ――その後。

 大勢の貴族の前で自身の「持久力」、そして「割り勘のケチさ」を大暴露されたダルアン様の末路は、想像以上に悲惨なものだった。事態を重く見たルカッセン侯爵家からの激しい抗議と、莫大な慰謝料請求を受け、ベルド伯爵家は大混乱に陥った。結果として、伯爵は即座にダルアン様を廃嫡。分家から養子に出されていた、遥かに優秀な弟君が新たな跡取りに指名された。

 学園ではまたたく間に「割り勘の早撃ちダルアン」あるいは「三分間の伯爵令息」という不名誉極まりないあだ名が定着し、周囲からの冷ややかな嘲笑に耐えきれなくなった彼は不登校となり、やがて領地の外れの小さな屋敷に引きこもるようになったという。社交界に出ることも二度と叶わないだろう。


 一方、私はというと。


「リーリャ。お茶の準備はできていますか?」


「はい、エミリーお嬢様。本日はお嬢様のお好きな、ダージリンのセカンドフラッシュをご用意いたしました。お茶菓子には、王都で人気の焼き菓子を取り寄せております」


 侯爵邸の広大な庭園を見下ろす優雅なテラス。私の隣には、ありふれたメイド服ではなく、洗練された深い濃紺の上質なドレスに身を包んだリーリャの姿がある。彼女は今、私の専属侍女としてルカッセン侯爵家で存分に腕を振るっている。持ち前の賢さと勤勉さで即座に貴族の作法を完璧にマスターし、今や私の右腕として、社交界の裏事情から領地の書類仕事の補佐までこなす有能ぶりだ。もちろん、給与も待遇も、彼女が学園で目指していた水準を超えるものを支払っている。実家への仕送りも十分に行えているらしい。


「ふふ、さすがリーリャ。素晴らしい香りですわ。完璧な温度ね」


「恐れ入ります。……それにしてもお嬢様、最近また縁談の話が来ているようですが、どうなさるおつもりですか?」


「そうねぇ……。少なくとも、『割り勘』を要求してきたり、自分のタウンハウスに連れ込もうとするような殿方だけは御免だわ。ねえ?」


 私がからかうようにウインクをすると、リーリャは顔を真っ赤にして持っていたトレイで顔を隠した。


「もう、お嬢様!いつまでその話を引っ張るんですか!忘れてくださいよ、あんな私の黒歴史!」


「あら、黒歴史だなんて。私はあの時のあなたの勇姿、一生忘れないわよ?『びっくりするくらい早かったんだけどね。』って……ふふっ、あはははっ!」


「あーっ!もう、お嬢様のいけず!!」


 美しい侯爵邸の庭園に、私たちの穏やかで、心からの笑い声が響き渡った。春の風が優しく吹き抜け、二人の新しい門出を祝福しているようだった。


お読みいただきありがとうございました!


悪役令嬢モノのヒロインがまともな話です!浮気相手にされるとか、たまったもんじゃないですよね……!

貴族であれば、誰が誰と婚約してるかはなんとなく把握していますが、平民にはそのような情報は届きません。

しかも身分差があるから誘われたら断りづらいし……。平民可哀想。そこらへんちゃんと法整備とかされていないんですかね。でもそれが身分社会なのかもですね、世知辛い。

リーリャは伯爵令息を殴っちゃいましたが、殴ったことで身の潔白も晴らせたし、侯爵令嬢に「おもしれー女」ってスカウトされたし、殴って正解でしたね。よかったね。運が良いね。


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光速の伯爵令息…
リーリャはガチで後先見えないくらいにブチ切れたとしか、 あと、普通に有能なら早撃ちではなくて3クリック呼ばわりされそうだし
暴力系というからグーパン系の物理攻撃かと思えば、精神的にえぐった上で傷口に粗塩を擦り込む系でしたかww 早打ち令息くん、相手が悪かった、ドンマイw
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