第1話 不思議な喫茶店
桜咲く暖かなこの季節。私は魔女が経営する不思議な喫茶店に出会った。
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「あと買わなきゃいけない物は文房具だけかな」
高校に入学する前の春休み、特に事件も起きない平和な町を一人の少女が風に黒い髪をなびかせ歩いていた。少女の名前は泉布由。今年からこの町の高校へ通う女の子だ。布由が文房具屋に向かう途中の石橋を渡っていると一匹の黒猫が石橋の上から小川を泳ぐ魚を覗いていた。
「こんなところに猫ちゃんが……そっと近づけば撫でられるかな?」
布由は黒猫の背後にそっと周り黒猫の背中に手を伸ばし撫でようとした。しかし、黒猫は自分の背後に近づく布由の気配に気付いていたのか布由の手が触れる前にその場から走って逃げだした。
「あ!待って!」
布由は逃げる黒猫を追いかけ始めた。黒猫は塀の上や民家と民家の間を颯爽と走り抜けていった。一方、布由も黒猫を見失わないように黒猫を追いかけている。
「ねぇ、待ってよ。ちょっと撫でさせてくれるだけでいいからさぁ……ってあれ?いつの間にこんなところまで来たんだろ」
黒猫を追いかけていた布由がたどり着いた場所は町から少し離れた森の入り口の様な場所だった。黒猫は一度その場に止まり後ろを振り返って布由の姿を確認してから普段人が立ち入らないであろう森の中へと入っていった。
「せっかくここまで来たんだしもうちょっとだけあの猫について行ってみよう。もし何かあっても引き返せばいいだけだし」
布由は恐る恐る黒猫についていった。
森の中へ入るとそこはまるで別世界のような森の中とは思えない場所で、桜が咲き池もありその池の中には鯉が数匹泳いでいた。そしてその先には一軒の木材で作られた建物が立っていた。
「何これ、本当に森の中だよね……」
目の前の景色に唖然としている布由をよそに黒猫は建物の前まで歩いて行った。建物の前には竹箒を持って、和服の上にエプロンドレスを着た白髪の少女が立っていた。
「お帰り、クロ。外の散歩は楽しかった?」
クロと呼ばれた黒猫は白髪の少女の元へ歩いていき「にゃん」とひと鳴きして布由の方に振り向いた。
「あら、人間のお客さんを連れてきたのね。そこのあなたよかったら中へはいって私とお話しましょう」
白髪の少女は黒猫を抱えて笑顔でそう言って建物の中へ入っていった。布由はゆっくりと建物へ近づいた。扉には【CLOSED】と書かれた掛札がかけられていた。
「お、お邪魔します」
「いらっしゃいませ。喫茶クロネコようこそ」
布由が扉を開け中へ入ると白髪の少女がカウンターの後ろで待っていた。布由はそのまま白髪の少女の前のカウンター席へ移動し座った。
「喫茶店?」
「そう、ここは普通の人間は来られない喫茶店なんだ」
「普通の人間は来られない……私って、もしかして普通じゃないの!?」
「違うよ、今回はクロが連れて来ちゃったみたいだから。はい、メロンソーダ。私のおごりだよ」
話を聞いて混乱していた布由は白髪の少女からメロンソーダを受け取り一口飲んだ。その後、落ち着いた布由は白髪の少女に話しかけた。
「ねぇ、なんでここは普通の人間が来られたい場所なの?」
「それは……言ったら混乱させちゃうからなぁ」
「それでも私は知りたい!今ここで聞かなかったらもう二度とここの事は聞けないかもだし」
「分かった。話すよ」
そして白髪の少女はこの喫茶店のことを話し始めた。
どうやらこの森には人間が入れないように結界が張られていたらしい。その結界を張った人物は、この喫茶店の店主である白髪の少女キリカだった。なんとキリカは最近この町にやってきた魔女で歳も布由と同じらしい。そして布由がこの森の中の喫茶店に入ることができたのは使い魔の黒猫、クロのおかげだという。この喫茶店に来るお客さんは基本的に同じ魔女か異形の者らしい。
「……やっぱり混乱させちゃったかな」
「うん、ちょっとは混乱してるけどそれ以上にここの事とあなたのことを知れてよかった」
布由は笑顔でそう言った。
「それにしても魔女って本当にいるんだね。ねぇ、キリカちゃんって何か魔法って使えるの?」
「うん、使えるよ。ほら」
そう言ってキリカは人差し指の指先から小さな火を出した。
「わぁあ!凄い!ほんとにキリカちゃんって魔女なんだ!ねぇ、他には何が使えるの!」
「フフッ、他にはね……」
キリカはニコッと笑みを浮かべ布由のメロンソーダがなくなるまで木の枝ほどの大きさの魔法の杖を風を起こす魔法や物を浮かす魔法などを使って見せた。
それから数時間後明るかった空の色はだんだんと暗くなり始めていた。
「あっ、私そろそろ帰らなきゃ」
「もうそんな時間なんだ。私もそろそろお店を開ける準備しなきゃ」
「あれ、もう帰らなきゃいけないってことは私、もうここに来られなくなっちゃうんだ。ちょっと寂しいな。」
布由は寂しそうな表情で空になったグラスを見つめていた。
「そうだね……ちょっと待ってね」
そんな布由を見たキリカは魔法を使って猫の肉球のワンポイントが付いたネックレスを創り出した。そして創ったネックレスを布由に手渡した。
「はいこれ。このネックレスをつければいつでもここへ来られるよ」
「いいの、私またここにきても」
「私もこのまま布由とお別れするの寂しいから。それにこっちに来てこんなに楽しかったのは初めてだから。また遊びに来てよ、いつでもここで待ってるから」
「うん!絶対また遊びに来るから!」
キリカから貰ったネックレスを首にかけ布由は森の中の喫茶店を後にした。
「いいの?キリカ、あんなネックレスを人間に渡して。それも今日が初対面の人間に」
使い魔の黒猫クロが布由を見送るキリカに向けてそう言った。
「いいのよクロ。初対面だったけど布由とお別れするの寂しいって言うのは本心だし。それにあんなに楽しくて時間を忘れてたのは初めてだったから」
「確かに、あんなに楽しそうな顔を見るのは初めてだわ。でもあまりあの人間をこちら側に引き込んではだめよ」
「うん。分かってる」
布由の姿が見えなくなるまで見送ったキリカは店に戻り開店準備を始めた。
そして日が沈み切ったころ、人間以外が立ち寄るお店、喫茶クロネコが開店するのであった。




