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魔法使いの事

霧雨魔理沙は、寝台の上で目を覚ました。

薄目を開けると、白いばかりでよく見えない。もう一度目をつぶってから開けると、天井の板が見えた。


「────あ」


唇を動かしながら、上体を起こそうとした。腕は寝台に載ったままで、胸から下に薄い布団がかかっている。自分に手足が付いているのかも曖昧だった。


跳ね起きることはできず、再び寝台に身を沈めると、兎がこちらを覗き込んだ。兎。うどんげ。


「見えますか」


顔の前で手を振るうどんげに、まばたきをして返した。





霧雨魔理沙は、自分が眠っていた間の話を薬師から聞いた。治療のために痛み止めや眠り薬を使い、眠ったように過ごしていたこと。B型の輸血を受けたこと。


「貴方は自分で血液をつくれなくなっていたから、健康な血液を作るために、元になるものを貰ったの。霧雨店の──血縁上の父親が協力してくれた」

「……あの親父」


そう呟いて、顔の前に手をかざす。包帯は巻かれていたが、指はきちんと揃っていた。


寝台の上で、生きたまま腐り落ちるような錯覚に囚われていた。あれは本当に、ただの錯覚だったのか。


ひどい痛みの中で、光の糸が自分の周りを漂っていた気がする。崩れかけた体に触れて、繕うように、形を保たせていたようにも思える。どこまでが現実でどこからが夢だったのか、よく判らない。


自分の頬と耳に触れた。目は見えるし、耳も聞こえる。

鏡を持ってきてほしいと頼むと、永琳は頷いた。


手鏡に映った姿を眺める。金色の髪は無く、つるりとした頭皮があった。


「やっぱそうか。頭が軽いわけだ」


首筋に当たる髪の感触がないので、そうだろうとは思っていた。

鏡を眺めていると、永琳が魔法使いの帽子を持ってきて、こちらの手元に置いた。


「貴方のものでしょう。返しておくわ」


帽子を受け取って、布地を手で撫でる。永琳に背負われてここに担ぎ込まれた際、どさくさに紛れて失くしたのかと思っていた。帽子からは微かに消毒液の匂いがしたが、戻ってきたのが嬉しく、片手に被せてくるくると回した。


「無くなったと思ってた」

「箒と八卦炉も預かっているの。そっちは退院のときに返しましょう」

「……そりゃあ、よかった。また空を飛べるかな」


髪が抜け落ちて、病衣を着て伏せていても、霧雨魔理沙はやはり魔法使いだった。


永琳は「もう少し先」と答えた。


「移植した細胞が定着するか、しばらく観察が必要だし、回復そのものにも体力を使うから。お粥を食べたり、椅子に座って過ごすところから始めて、大丈夫そうなら廊下の散歩、縁側で日光浴を入れていくわ」


そう伝えると、診療記録に何かを書きつけて、病室を出ていった。





魔理沙はしばらく、寝たり起きたりして過ごしていた。

唇の皮がむけて血が滲み、薄い粥でも舌がひりつき、急に起き上がると目眩がした。体の設計図が壊れるのはそれだけ大変なことだった。それでも、日が経つごとに少しずつ体調が良くなっていった。


うどんげが病室に入ってきて、魔理沙の食器を下げた。粥のほかにおかずを平らげているのを見て、うどんげは笑顔を見せた。口が軽くなったのか、親父のことを話題に出す。


「お父さんは入院中、貴方のことをずっと気にしていました」

「そうか」

「はい。退院して店に戻っていますが、貴方の望みなら面会に来ると思いますよ」


最後に会ったときのやり取りを思い出した。人の道は地上に在る、空を飛ぶやつはうちの子じゃないと叱られた。ならお前は私の親じゃない、もう帰らないから、と言い捨てて家を出た。


うちの子じゃないと言われたこと、父親をお前と呼んだことが、腹の奥に沈んでいる。その父親が、自分を助けるために、悪くない体に針を刺した。


そう思うと、どうにも居心地が悪かった。会ったところで何を話していいか判らない。

今はいいと断った後で、便箋がほしいと付け加えた。手紙なら出してもいいかと思ったのだ。


兎から便箋を受け取って、礼状を書いて預けた。助かったことへの感謝と、快方に向かっていることを書いても、余白のほうが多く残った。





博麗霊夢からも手紙が届いた。

曰く、あんたが頑張っているから、私は太陽の畑に行って風見幽香を退治してきた、と。


寝台で手紙を読んだ魔理沙にも、理屈はいまいち判らなかった。どうも、向こうが暴れて害を為したわけではなく、霊夢が自ら出向いたらしい。


理屈は判らないが、巫女らしい話ではあった。向日葵畑で日傘を差して立つ妖怪と、相対する巫女の姿が頭に浮かぶ。


「まったく。怪我人が増えたら困ります」


うどんげは呆れてそう言った。



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