無縁塚で延べ棒を拾う事
春の彼岸のこと。
香霖堂の店主、霖之助は、一人で無縁塚を訪ねていた。
魔法の森の裏手、再思の道を進んだ突き当たりにある、身寄りのない者を弔う墓地である。人間の里は地縁血縁が強く、ここに眠るのは外から迷い込んだ者がほとんどだった。
訪れる者はほとんどおらず、餌もないため妖怪も寄りつかない。線香も供花もなく、墓碑の代わりに、両腕で抱えるほどの石がぽつぽつと転がっているだけだ。
霖之助は目をつぶって頭を垂れ、顔を知らない人々を弔った。冷たさの残る風が吹いて、銀色の髪を揺らす。顔を上げて髪を払い、薄曇りの空を眺めてから、墓地をゆっくりと歩き始めた。
周囲を木々に囲まれた、広くはない墓地。
外来人が眠っているためか結界が緩みやすく、外の世界の道具が時折流れつく。珍しい品を扱う霖之助は、こうして死者を弔いがてら品定めに来るのだった。
足元に気を配りながら歩き、見覚えのあるライターや携帯電話を拾って懐に入れる。
枯草の茂みの中に、鈍く光るものを見つけて、彼はそちらに近寄った。腰をかがめて拾うと、両手に収まる程度の金属の延べ棒だった。銀白色に光っていて、ずっしりと重く、表面に刻印がある。
眼鏡のつるに指を添えて、延べ棒を眺めた。
「珍しいものだ。店に持ち帰って、お茶でも淹れながら鑑定するとしよう」
そう呟くと、延べ棒を胸元に差して、来た道を引き返した。
*
昼下がりに店に帰ってきた霖之助は、薬缶に湯を沸かしながら、延べ棒を布の上に置いて鑑定した。外の道具によくある無機質な番号と、用途を示すような英字が並んでいる。
物の中身を透かして見る道具らしいが、使い方はよく判らない。
薬缶でお茶を淹れていると、入り口の鈴がちりんと鳴った。霧雨魔理沙が訪ねてきて、箒を壁に立てかけながら言う。
「喉が渇いた。何か飲ませてくれよ」
人妖は飲まず食わずでも死にはしないし、飲食はあくまで娯楽のひとつだったが。独りでお茶を淹れたり夕餉を炊いたりすると、決まって巫女か魔法使いが訪ねてくるのは不思議だった。
「何か飲もうとすると君が来るな。煎茶で良いなら」
「それでいいぜー」
「向こうに座っててくれ」
延べ棒を置いた机の向かいを指して、魔理沙を座らせた。お茶を淹れる背後で、魔理沙はさっそく棒を手に取った。
「なんだこれ」
「さっき拾ってきたんだ。物が透けて見える道具らしい」
「へえ。こんな棒でどうやって見るんだろうな」
魔理沙は棒を掲げて眺め、近くの箱に向けて「それっ」と掛け声を上げて振った。
「何も見えないじゃないか」
「あまり素手でいじり回すな。皮脂がついたら錆びるかもしれない」
「香霖だって素手で拾ってきたくせに」
「それは……そうだが」
「ほら見ろ。ちょっと頭の中を見せてもらうぜ」
魔理沙はこちらの頭や胸に棒を突きつけて、やっぱり何も起きないと言った。
「お茶が入ったよ。煎餅もある」
霖之助は湯呑を盆に載せ、机の上に置いた。魔理沙は煎茶を飲み終えると、机に本を広げて読み漁り、夕暮れ時に帰っていった。
延べ棒を布で磨いてから、店の奥の戸棚に置くと、月明かりを反射して鈍く光っていた。
*
次の朝早く、白玉楼の庭師、妖夢が訪ねてきた。以前に頼んだ品を受け取りに来たという。中で休んでいかないかと提案したが、帰って食事の支度があるからと断られた。
風呂敷包みを手渡すと、少女は玄関先で頭を下げた。
「では。失礼しました」
「品に問題があったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
踵を返す少女の後ろで、半霊がふよふよと漂っていた。
その日は他に客もなく、道具を手入れしたり、本を読んだりして一日を過ごした。
*
次の日、魔理沙が訪ねてきた。箒を壁に立てかけ、帽子を片手で触っている。
「……なんか、ふらふらしてさ」
霖之助が近寄ると、顔色が悪く、腕がところどころ赤くかぶれていた。椅子を持ってきて座らせる。
「何か思い当たることは?」
「んー。昨日の朝は茸採りに行って、昼からは魔法の試し撃ちをして。夜にらあめんを食べたんだ」
「らあめんって、紙の器にお湯を注ぐ物か」
「それ。露店で安かったから買ってきた」
霖之助は眉を寄せた。外の露天商が売っている“カップ麺”のことらしい。
「流れてきた物はどう保管してるか判らない。むやみに食べるのは感心しないな」
「そっちこそ、前に変なものを飲んでただろ」
「瓶のコーラか。人妖は胃が強いんだよ」
「ずるい」
額に手を当ててみると、わずかに汗ばんでいた。
魔法の反動か、食あたりか。腕の腫れは変な茸を触ったのか、と考える。
「心当たりが多すぎてよく判らないけど、調子が戻るまで休んだほうがいい。今日は泊まっていけ」
店の奥に寝台を設えて、そこで休ませることにした。魔理沙は素直に枕に顔を埋めていたが、霖之助が近寄ると寝返りを打って口元に笑みを浮かべた。
「ちょっと怠いだけだよ。治ったら、マスタースパークの強化版を披露するぜ」
頭を持ち上げて、壁際の戸棚のほうに片手をかざしてみせる。軽口を叩いているが、やはり声には覇気がない。
「威力が今までの比じゃない。霊夢も腰を抜かすだろうな」
「治るまで寝てなさい」
霖之助は苦笑いして、通路側に衝立を置いて即席の病室をこしらえた。




