第 7 話:見えてきた壁
Eランク冒険者「陽だまりの灯」。
その響きは、レオンとフィーナにとって誇りだった。
掲示板で受けられる依頼の種類が格段に増える。
『依頼:オークの斥候部隊討伐』
『ランク:E』
『報酬:銀貨十枚』
『依頼:北の洞窟に棲む大蝙蝠の群れ掃討』
『ランク:E』
『報酬:銀貨十五枚』
Fランクの頃とは報酬の桁が違う。
そして、相手にする魔物も手強くなる。
「陽だまりの灯」は、新たな依頼に次々と挑んでいった。
オークとの戦闘では、フィーナが先に防御魔法をレオンにかける。
レオンは分厚い棍棒の一撃を恐れることなく懐に飛び込み、連撃でオークの体勢を崩す。
その隙を、フィーナの攻撃魔法が正確に射抜いた。
大蝙蝠の群れとの戦闘では、レオンが囮となって敵を引きつける。
フィーナは洞窟の入り口で広範囲の聖なる光を放ち、闇を嫌う魔物たちの動きを封じた。
身動きが取れなくなった敵を、レオンが一体ずつ確実に仕留めていく。
連携は、より洗練されていった。
レオンの剣は冴えわたり、フィーナの支援は的確さを増す。
Eランクの依頼をいくつか成功させ、レオンの中には確かな自信が芽生えていた。
この調子なら、もっと上へ行ける。
Dランクも、夢じゃない。
そんな自信が、慢心に繋がりつつあることを、彼はまだ知らなかった。
その日、二人が受けたのは岩場の多い丘陵地帯での依頼だった。
『依頼:ロックリザードの討伐』
『ランク:E』
『報酬:銀貨十八枚』
『備考:硬い甲殻を持つ。商人からの被害報告多数』
ロックリザード。
岩のような皮膚を持つ、大型のトカゲ型の魔物。
動きは鈍重だが、その防御力はEランクの魔物の中でも突出しているという。
「硬い甲殻、か。俺の剣がどこまで通じるか、試してみるか」
レオンは不敵に笑った。
今の自分なら、どんな敵が相手でも負ける気はしなかった。
フィーナは、そんなレオンの様子に一抹の不安を覚えていた。
だが、彼の自信に満ちた顔を見ていると、それを口に出すことはできなかった。
丘陵地帯は、ごつごつとした岩が剥き出しになった殺風景な場所だった。
しばらく進むと、前方の岩陰に巨大な影がうずくまっているのが見えた。
ロックリザードだ。
体長はレオンの身長の二倍近くある。
その名の通り、全身が灰色の岩石のような甲殻で覆われていた。
「行くぞ、フィーナ」
レオンはフィーナの返事を待たずに駆け出した。
いつものように、先手必勝。
フィーナは慌てて杖を構える。
「レオンさん、待って。まずは私が……」
だが、レオンは止まらない。
彼はロックリザードの側面へと回り込み、その勢いのまま剣を振るった。
連撃の初太刀。
ガギンッ!
耳障りな金属音。
剣が、ロックリザードの甲殻に弾かれた。
手の中に、痺れるような衝撃が走る。
「なっ……」
レオンの動きが一瞬止まる。
甲殻には、白い傷跡がついただけ。
ダメージは、ほとんど通っていない。
ロックリザードが、ゆっくりと巨体を動かす。
その鈍い目が、レオンを捉えた。
「くそっ!」
レオンは焦りを打ち消すように、再び剣を振るう。
ガギン! ガギン! ガギン!
連撃を叩き込む。
だが、何度斬りつけても、甲殻を砕くことはできない。
火花が散るだけで、刃は滑っていく。
「レオンさん、下がって!」
フィーナの悲鳴に近い声が響く。
ロックリザードが、太い尻尾を薙ぎ払うように振るった。
レオンは咄嗟に後ろへ跳ぶ。
尻尾が、先ほどまで自分がいた場所の岩を粉々に砕いた。
背筋が凍る。
「プロテクション!」
フィーナの防御魔法がレオンを包む。
「ありがとう。でも、まだだ!」
レオンは諦めなかった。
もっと速く。
もっと強く。
彼は自分の全てを込めて、剣を振り続ける。
だが、結果は同じだった。
甲殻は、びくともしない。
逆に、レオンの体力だけが消耗していく。
呼吸が荒くなり、腕が鉛のように重くなる。
ロックリザードが、今度は大きく口を開けた。
その口から、酸の息が吐き出される。
フィーナが張った光の壁が、ブレスを防ぐ。
ジュウ、と壁が溶ける音がした。
フィーナの顔が、苦痛に歪む。
彼女の魔力も、限界に近かった。
「なぜだ……どうして効かない……」
レオンの足が止まる。
彼の剣は、この敵には通用しない。
その事実が、重い絶望となってレオンにのしかかる。
「レオンさん! 退きましょう!」
フィーナが叫んだ。
その声で、レオンは我に返った。
悔しさに、奥歯を強く噛みしめる。
だが、今は彼女の判断に従うしかなかった。
「……わかった」
二人は、泥にまみれながらその場から逃げ出した。
ロックリザードは、深追いしてはこなかった。
初めての、敗走だった。
ギルドへの帰り道。
二人の間に、言葉はなかった。
レオンは、自分の右手をじっと見つめていた。
豆が潰れ、血が滲んでいる。
自分の剣は、無力だった。
ただの力押しでは、越えられない壁がある。
その揺るぎない現実が、彼の心を冷たく支配していた。




