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陽だまりの灯(ともしび)  作者: 悠々


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第 1 話:焼き付いた銀閃

空はどこまでも青かった。

風が若草の匂いを運び、丘の斜面を撫でていく。


レオンは丘の上に寝転んでいた。

まだ十歳になったばかりの小さな体。

目を閉じれば、鳥のさえずりと風の音だけが聞こえる。


ゆっくりと目を開ける。

視線の先には、生まれ育った村「アッシュリー」が箱庭のように広がっていた。

石造りの素朴な家々。

その屋根から立ち上る昼食の支度を知らせる白い煙。

村を囲むように広がる畑では、父が鍬を振るう姿が見える。

いつもと変わらない、穏やかな昼下がり。


いつもと同じ一日。

退屈で、そして何より平和な一日。

レオンはそう信じて疑わなかった。


不意に地面が揺れた。


最初は気のせいかと思った。

だが、すぐに二度目の揺れが来た。

今度はもっと大きい。


低い地響き。

腹の底に響くような不快な音。

丘の木々がざわめき、鳥が一斉に空へと逃げていく。


何かがおかしい。


レオンは体を起こした。

村の方角から、甲高い悲鳴が聞こえた気がした。

そして、いつもは白い炊事の煙が上がるはずの場所に、黒く汚れた煙が渦を巻いて立ち上っていた。


レオンは丘を駆け下りた。

考えるより先に体が動いていた。

草を踏みしめ、石につまずきそうになりながら、ただひたすらに村を目指す。

心臓が警鐘のように激しく胸を打っていた。


村の入り口に人だかりができていた。

女子供が中心だった。

誰もが恐怖に顔を引きつらせ、声にならない悲鳴を押し殺している。


人垣の隙間から村の中を覗き込む。

レオンは息を呑んだ。


そこにいたのは、緑色の醜い肌をした魔物だった。

背は低いが、腕は丸太のように太い。

手には錆びついた棍棒や鉈を握りしめている。

小鬼ゴブリン

旅の行商人から話に聞いたことがある、凶暴で貪欲な魔物。


ゴブリンの群れが、平和だった村を蹂躙していた。

棍棒が振り下ろされ、家の扉が砕け散る。

収穫したばかりの野菜が入ったカゴが蹴散らされ、地面に散らばる。

甲高い笑い声が、村人たちの悲鳴に重なった。


レオンは動けなかった。

恐怖が足に絡みつき、地面に縫い付けてしまう。


村の男たちが、鍬や猟銃を手に抵抗を試みていた。

その中に、父の姿を見つけた。

いつも畑を耕している、あの頼もしい背中。

だが、今は震えているように見えた。


ゴブリンの一体が、父に向かって棍棒を振り上げる。


「お父さん!」


声にならない叫びが喉の奥で詰まった。


母が人垣の中からレオンの名を叫んでいる。

「こっちへおいで!」

その声も、魔物の咆哮にかき消されそうだった。


絶望。

その言葉が、黒い煙のように村全体を覆い尽くしていく。

もう駄目だ。

誰もがそう思った。


その時だった。


甲高い馬のいななきが響いた。

街道の方から、乾いた土煙を上げて数騎の馬が駆けてくる。

村人たちの視線が、その一点に集中した。


先頭の男が馬から飛び降りた。

流れるような動きだった。

風に紺色のマントが大きくはためく。

その下に着込んでいるのは、陽の光を浴びてまばゆく輝く銀色の全身鎧。

背中には、体の大きさに不釣り合いなほどの大剣を背負っている。


男は静かに剣を抜いた。

いや、背中の大剣ではない。

腰に下げた、反りの浅い片手剣。

抜き放たれた剣身が、太陽の光を吸い込んで白く輝いた。


男はゴブリンの群れを一瞥した。

その目に感情はない。

ただ、獲物を見定める狩人のような冷徹さだけがあった。


次の瞬間。

銀の閃光が走った。


レオンの目には、そうとしか見えなかった。


男の姿がブレる。

一歩踏み込むと同時に、銀色の軌跡が空を切り裂いた。


一閃。

一番近くにいたゴブリンの首が、奇妙な角度に傾いで宙を舞う。

声も、悲鳴もなかった。

ただ、緑色の巨体が糸の切れた人形のように崩れ落ちただけ。


男は止まらない。

流れるようなステップで次の標的へ。


閃き。また一体。

閃き。また一体。


剣の軌跡だけが、残像となってレオンの網膜に焼き付く。

それはまるで、銀色の糸で死の舞踏を踊っているかのようだった。


ゴブリンたちは何が起きているのか理解できていない。

仲間が次々と倒れていく光景に、ようやく恐怖を覚えたのか、奇声を上げて逃げ惑う。


だが、遅すぎた。


男の動きに一切の無駄はない。

逃げるゴブリンの背中に、正確に剣先が突き立てられる。

振り向いたゴブリンの喉を、返す刃が切り裂く。


それは、もはや戦闘ではなかった。

一方的な蹂躙。

あるいは、熟練の職人が仕事をこなすような、正確無比な作業。


後から追いついた仲間らしき数人が、逃げ遅れたゴブリンを的確に仕留めていく。

弓が唸り、魔法の光が弾けた。


あれほど村を恐怖に陥れた魔物の群れが、ほんの数分で静寂の中に沈んでいった。


やがて、最後のゴブリンが倒れる。

銀色の鎧をまとった男は、剣についた血を軽く振って払い、音もなく鞘に納めた。

その一連の所作までが、洗練されていて美しかった。


レオンはその場に立ち尽くしていた。

あれほど体を支配していた恐怖は、いつの間にか消え去っていた。


代わりに胸を満たしたのは、強烈な憧れ。


網膜に焼き付いて離れない、あの銀色の閃き。

絶望を切り裂き、希望をもたらした一筋の光。


あれが、冒険者。


商業都市エルネアから来たという彼らの背中を見つめながら、レオンは固く拳を握りしめた。


レオンの世界が、そして彼の未来が、大きく動き出した瞬間だった。


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