9.黒翼の円卓、また一人
翌日。
聖教会の会議室で、セリア・クローヴァは報告書を受け取っていた。
そこには、昨日の学園ランキング戦の優勝者の名が記されている。
『優勝者:ルシエル・グレイス』
その瞬間、彼女の胸が高鳴った。
「……やはり、あの方……!」
上級司祭たちは顔をしかめる。
「セリア、君が聖女候補として例年通り“祝福の儀式”を執行する。
だが気をつけろ。その男は噂によれば、闇の異能を使ったとか。」
「闇を使いながらも神に選ばれる方……! これこそ神の啓示です!」
誰も止められなかった。
その目の輝きは、完全に信徒のそれだった。
一方そのころ、学園の屋上。
俺――ルシエルは、昨日の剣を磨いていた。
「ふっ……頂点に立とうとも、悪に安息の時はない。」
肩の上のネロが、心底呆れた声で言う。
「休めよ。昨日、三十人くらい一撃で倒してたろ。」
「闇の剣に疲労などない。少し刃こぼれしただけだ。」
「それを人間は“疲労”って言うんだよ。」
そこへ、校内放送の魔法が鳴った。
『優勝者ルシエル・グレイス殿。
本日、聖教会より“祝福の儀”のための来訪者が到着しました。
至急、礼拝堂へお越しください。』
「……祝福? 俺が?」
「どう考えてもお前に似合わねぇ単語だぞ。」
「光が闇に膝をつく儀式……悪くないな。」
ネロは頭を抱えた。
昼下がりの光が、ステンドグラスを通して差し込む。
白い衣の少女――セリア・クローヴァが、壇上で静かに立っていた。
彼女の手には、神印の杖。
そして、黒のマントを翻して入ってきたのは――ルシエル。
周囲には、教師や新入生たちも見学に集まっている。
その中には、一人の少女の姿もあった。
貴族令嬢ミーナ・フェリス。
彼女は以前、清掃活動でルシエルの姿を見て以来、
“闇の人”に淡い憧れを抱いていた。
「お久しぶりです、闇の守護者。」
「……お前、まだその呼び方やめないのか。」
「神の御心に導かれ、あなたへ祝福を授けに参りました。
闇に堕ちながら光を見失わぬ方――ルシエル・グレイス様へ。」
「……ほう。悪に祝福を授けるとは、ずいぶん肝の据わった神だ。」
セリアは微笑み、杖を掲げた。
聖光が広がり、礼拝堂の空気が変わる。
ルシエルは目を細めた。
――まばゆい。
しかし、ここで目をそらすのは悪役失格だ。
「よかろう。
光の祝福を受け入れ、闇の力でねじ伏せてやる。」
「……ねじ伏せる?」
「闇と光の融合、それが均衡だ。」
セリアは意味を理解せず、さらに感動した。
「なんと……神の真理を、言葉にできる方だったのですね……!」
光と影が交差する。
セリアが祈りを捧げると同時に、ルシエルは背後の影を広げる。
光の柱が揺らぎ、その中へ闇の模様がゆっくりと溶けていった。
見守っていた学生たちは息を呑む。
「な、なんだこの儀式……?」
「闇と光が……一つに……?」
「すごい……美しい……!」
誰もが神聖な奇跡を見ていると錯覚した。
実際は、ルシエルが「格好よく見せたいから影を操っていた」だけなのだが。
そして、ミーナはその光景を見て心を奪われた。
祈りと闇が重なるその姿は、彼女にとって理想の“強さと優しさ”そのものだった。
「……あの方……悪の人なのに、あんなに穏やかで、美しい……!」
儀式が終わると、セリアが深々と一礼する。
「これで祝福は完了しました。
神の御心が、あなたと共にありますように。」
「ふっ……俺の中に宿る闇も、少しは清まったかもしれんな。」
「えっ!? 本当に清まったんですか!?」(ネロ)
「闇にも研ぎ澄ますためのメンテナンスは必要だ。」
その会話に、ミーナは確信した。
「私……この方々のように、闇の中で光を見つけたい……!」
翌日、彼女は“ボランティア清掃サークル”の入部届を提出した。
活動目的欄にはこう書かれていた。
『闇の心を学び、世界をきれいにする』
結末:黒翼の円卓、また一人
屋上。
「ふっ……また一人、闇に魅入られたか。」
「いや、たぶんそれ“ファンクラブ”だぞ。」
「構わん。信仰と恐怖は紙一重だ。」
ネロはため息をつきながら空を見上げた。
月光の下、ルシエルはいつものように剣を磨いている。
「闇の支配は、今日も静かに、誰にも気づかれぬまま広がっていく……。」
「いや、それたぶん“善意の輪”だからな?」
こうして、黒翼の円卓はまた一人、
勘違いの信徒を迎え入れることになったのだった。




