33.神なき朝
――朝が、終わらない。
太陽は天の真上で静止したまま、何時間経っても沈まない。
影が伸びず、風が止まった。
鳥も鐘も、人の声さえも、どこかへ置き忘れられたように消えている。
王都は“白”のままだった。
夜が戻らないというのは、案外、不便なものだ。
昼寝もできないし、星占いの信憑性も失われる。
――それに何より、夜がなければ“悪”が活動できない。
「主、教会区の再調査が完了しました。」
リヴィアが報告に現れる。
その影が、やけに薄い。
この光の下では、彼女の黒髪でさえ白に染まりかけていた。
まるで光が、彼女をこの世界から消そうとしているようだった。
「地脈の流れは停止。光が固まっています。」
「……固まった光、か。」
「ええ。流れではなく、構造になっているようです。」
「まるで神が世界を“飾り”に変えたようだ。」
「飾り?」
「動かない美は、死体と同じだ。」
リヴィアは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに無表情に戻る。
彼女にとって“死”は日常の延長にある。
だが、動かぬ世界は、彼女にとっても異質だった。
俺たちは中央広場へ向かう。
人々は生きている。
だが、誰も瞬きをしない。
呼吸をしているのに、時間が流れていない。
「……夢のようですね。」
ミーナが呟く。
彼女の声だけが、この街で唯一、色を持っていた。
「これは夢じゃない。祈りの結晶化だ。」
「祈りが……世界を止めた?」
「止めたというより、“完了”させた。」
「完了……?」
俺は足元の石畳を指でなぞる。
白い紋が指先に反応して光る。
かつて地脈が走っていた場所だ。
今は完全に“神の配線”へと変わっている。
紅の夜が“怒りの魔”だったなら、
この白の朝は“完璧の神”だ。
どちらも、流れを止める。
「主、セリア様の容態は。」
「安定している。だが……まだ神の囁きが残っている。」
教会の一室。セリアは眠っていた。
その額に浮かぶ白紋は、呼吸に合わせて淡く瞬いている。
光は、まだ生きている。
いや、眠っているだけか。
「……神なき朝、か。」
俺は窓の外を見上げた。
白い空が、無表情に広がっている。
そのどこにも、神の姿はない。
だが、神の“結果”だけが、こうして残っている。
「主、どうされるのですか?」
「決まっている。」
俺は椅子から立ち上がる。
「止まった世界を――再び、動かす。」
「それはつまり、破壊を?」
「違う。掃除だ。」
「出たよ、その理論。」
「掃除のスケールが国単位なんだよな、こいつ……。」
「光が動きを止めた。
なら、闇が風を吹かせればいい。」
俺は剣を見下ろす。
鞘の中の闇が、わずかに鳴いた気がした。
「悪は、いつだって動く側にある。」
「……それ、名言っぽいですけど、意味がわかりません。」
「わからなくていい。理解された悪など、陳腐だ。」
ネロが呆れたように尻尾を振る。
「で、具体的にどうすんだよ?」
「簡単だ。
この光の世界を“夜”に戻す。
神の支配を終わらせる。」
「それって……神に逆らうってことですよね?」
「体制に逆らい続けてこそ悪というものだ。」
窓の外で、光が再び脈を打つ。
白が強まり、音が戻る。
まるで、誰かが目を覚ましたように。
セリアの指が、かすかに動いた。
その唇が、眠りの中で囁く。
――光に、神を。闇に、器を。
……まだだ。
神は、まだ死んでいない。
「リヴィア。」
「はい。」
「準備を始めろ。
“夜の再起動”を行う。」
光が支配するなら、闇が世界を動かす。
これは神との戦争ではない。
――止まった祈りの掃除だ。




