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29.光の王国の誕生

 ――ここ数日、空気が妙だ。


 紅の夜の熱が冷めたと思えば、今度はやけに“清らか”な気配が漂っている。

 街角では祈りの声が増え、教会では光が増え、

 ついでに“掃除の依頼”まで増えた。


「……ふむ。これは新手の支配合戦だな。」


 闇が広がるとき、人は怯える。

 だが、光が広がるときもまた、人は眩しさに目を閉じる。

 人々が目を閉じたその隙こそが、悪の生まれる余地だ。


「つまり、光が強すぎるほど闇の仕事が増える。

 ――これは好景気だ。」


「いや、その解釈どうなんだよ。」


 マントを揺らして屋上から王都を見下ろす。

 街の中心、教会の尖塔では白い光が脈を打っている。

 セリアが“光の王国”を宣言してからというもの、あの辺りは毎晩ライトアップ状態だ。


「ミーナが潜入してるが、あいつ、神聖な清掃に感動してたぞ。」

「そうか。闇の工作が順調だな。」

「いや違う。普通に感動してただけ。」


 風が頬を撫でる。

 心なしか、空まで明るい。夜なのにだ。


「……光が夜を奪う。

 それが神の仕業なら、俺は夜を取り戻さねばならん。」


「お前の夜の定義、掃除時間じゃないよな?」


 俺は空を見上げた。

 そこには、淡い白い筋――雲でも光でもない、誰かの意志のようなもの。


「……さて。神の領分に、悪の手を伸ばしてみるか。」



 ――王都中央教会、早朝。


 私は今、“潜入任務”の真っ最中だった。

 ルシエル様の命令はこうだ。

『明日から教会のボランティア清掃に潜入しろ。光の動きを探れ。』


 ……いや、それもうただのボランティアでは?


「よしっ、今日も教会をピカピカにします!」

 隣で信徒たちが歓声を上げる。

 皆、祈りの言葉を口にしながら箒を動かしていた。

 私はその中に紛れ込み、黙々と磨く。

 まるで“光の円卓”に潜り込んだ闇の使徒のように――いや、実際そうなのだが。


「ミーナさん、素晴らしいです!」

 背後から声がして振り返ると、そこには聖女セリアがいた。

 純白のローブに金の刺繍。背には淡い光が揺れている。

 どこか、以前よりも……“人間らしさ”が薄れている気がした。


「聖女様! そんな、私なんてまだまだです!」

「いいえ、あなたの清めの動きは、まるで神の導きのよう。」

「ほ、褒めすぎですって!」

 光が強くなった気がして目を細める。

 セリアは、私の肩に手を置いた。

 その掌が、ほんのり温かい……けれど、冷たい。


「神の声が……今日も、聞こえるのです。」

「え……?」

「“光を満たせ”と。世界を覆う闇を照らせ、と。」

 微笑む彼女の瞳に、わずかに“白い紋”が浮かんでいた。


 その瞬間、私の通信石がかすかに震えた。

「こちら黒翼本部、状況を報告しろ。」

「セリア様が……少し、変です。瞳に何か――」

「……白い紋、か?」

「はい。まるで……あの地脈の、逆の色です。」


「主、どうします?」

「黙示録に沿って計画通りに進める。」

「いや黙示録の計画って何だ!?」


 私は慌てて教会の奥に向かうセリア様を追う。

 彼女は祭壇の前に立ち、両手を掲げた。

 信徒たちが一斉に膝をつく。


「皆さま……“光の王国”の時が、訪れました。」


 天井の聖窓が白く輝く。

 光の粒が降り注ぎ、空気が震えた。

 信徒たちは涙を流し、賛美の声を上げる。


 だが――私には、それが祈りには見えなかった。

 “吸われている”。

 人々の意識が、白い光に溶けていく。


 聖堂の中心に、淡い人影が浮かび上がる。

 ――翼を持つ、光の像。

 それは“神”を模した何か。


「セリア……それは、神ではない。」

 その声は、聖堂の入口から届いた。

 マントをなびかせ、闇とともにルシエル様が歩み出る。


「ルシエル様……!」

 私が思わず声を上げた瞬間、聖堂全体が震えた。

 像がこちらを見た。

 瞳も口もないはずなのに――確かに、笑った。


 ――光に、神を。闇に、器を。


 空気が弾け、床の文様が白く燃え上がる。

 信徒たちが光に包まれ、浮かび上がる。


「“虚なる神”か……!」


 ルシエル様の剣がいつの間にか抜かれている。

 白と黒が交差する光。

 聖堂の中央で、静寂が音を失った。


 私は息を呑む。

 目の前の光景が、“祈り”から“戦場”へ変わっていく。


 セリア様が叫ぶ。

「神は……導きを拒む者を赦さない!」

 光の帯が奔り、空間を裂く。


 その中で、ルシエル様は静かに言った。

「悪は、赦しを求めない。整えるだけだ。」


 剣が振り下ろされる。

 ――白い光が、再び沈黙を迎えた。


 残ったのは、割れた床と焦げた空気と――なぜか祭壇の上でまだ倒れていない献花用の壺。


「……さすがは主、被害、最小限ですね。」

「清掃の範囲で済んだな。」

「いや、絶対そういう問題じゃねぇ!」)

「報告書の分類、どっちに入れればいいですか!?」

「“光害処理”でいい。」

「そんな項目あった!?」


 聖堂に、久々に笑いが戻った。

 けれど――天井の隙間から覗く白光は、まだ呼吸をしていた。

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