28.囁く虚の声
――夜の風が、また“声”を運んできた。
紅の夜の後、私は夜警任務についていた。
主――ルシエル様の命により、地脈の残滓を探知しつつ学園周辺を巡回する。
紅の鎖の残党や未知の“意志”の再発が目的だ。……のはずだった。
「リヴィア、そっちは異常あるか?」
「静かです。落ち葉三枚、排除済み。」
「……掃除か。」
「警戒範囲を整えるのは、悪の常識です。」
「悪の常識にモップがあるかよ!」
通信越しにミーナの声が混じる。
「リヴィアさん、明日の奉仕活動、また記事になるらしいですよ!」
「“奉仕活動”? 私たちは“支配活動”のはずでは?」
「いやそれ、どっちにしても物騒だろ。」
瓦版記者が裏庭を嗅ぎ回っているせいで、最近“黒翼の円卓=学園美化団体”という認識が広まっている。
市民からお菓子まで差し入れられ始めた。
……悪の組織とは、ここまで平和でよかったのか?
そんな平和の中で――風が変わった。
音が沈む。
夜の“沈黙”は私にとっては安らぎであり、同時に警告でもある。
「……主、何かがおかしい。」
空気が冷たく、重い。
足下の石畳が、かすかに白く光っていた。
紅ではない、白――無機質で、脈打つ光。
瞬間、世界の音が消えた。
風も、虫も、鐘も。
ただ、“声”だけが残る。
――光に、神を。闇に、器を。
「……まただ。」
私は通信石を握る。
「地脈が反応しています。……紅とは異なる波形。」
「位置はどこからだ?」
「王都中央教会の真下――聖女セリアの新祭壇です。」
「え、そこ!? 昨日ニュースで“光の王国構想”とか言ってたあの場所だろ!」
「……王国には、国を統べる者が必要となる。」
ルシエル様の声が低く響く。
「神の声を聞いた者が、国を創ろうとしている。……危ういな。」
白い光が鼓動する。
まるで街そのものが“生きている”ようだった。
「……主。あの声は、やはり神のものでは?」
「“神を演じる何か”だ。神が力を持っているのなら、悪である俺が許されるはずがない。」
沈黙。
風が戻り、音が帰る。
だが、どこか“違う”。空気の位相がずれている。
私は屋根に跳び上がり、教会の尖塔を見た。
白い光が、呼吸のように明滅している。
「ミーナ。」
「は、はい!」
「明日から教会のボランティア清掃に潜入しろ。」
「え、ボランティア!? “潜入”ですよね!?」
「同義だ。」
「違いますー!」
緊張感はあるのに、どこか締まらない。
だが、それが黒翼の円卓の日常だ。
私はマントを翻し、夜風を吸い込む。
――光が暴走するなら、闇が整える番だ。
その瞬間、遠くの鐘が鳴った。
昼でも夜でもない、曖昧な時刻に。
空を見上げると、白い光がゆらりと揺れ、
その中に――“翼”が見えた。
黒と白。
交わり、離れ、また重なる幻影。
“虚なる神”が、目を覚まそうとしている。
紅の夜の静寂を、白の災厄が引き継ぎ、そして、――光が闇を侵す時代が始まる。




