27.黒翼の後始末
――紅の夜から、数日。
王都は、ようやく“日常”を取り戻しつつあった。
瓦版はまだ喧しいが、人々の顔には光が戻り、子供たちの声が街を満たしている。
だが、私には別の任務があった。
学園裏庭――黒翼の円卓の本拠地(通称:ベンチ)にて。
「リヴィア、今日の掃討状況は?」
主――ルシエル様の声が降る。
「裏門側、落ち葉二十八枚、除去済み。敵影なし。」
「……掃除だよな?」
「暗殺も清掃も、“静けさを残す”という意味では同義です。」
「同義で片づけるな!」
ネロがため息をつく。
この黒猫は何かとよく喋るが、指揮能力は高い。主の右腕と呼ぶに相応しい……いや、尻尾か。
そこへ、ミーナが駆けてくる。
「リヴィアさんっ! 新しい瓦版ですっ! すごい記事になってますよ!」
私は受け取って目を通した。
『神の代行者ルシエル、聖なる清掃を続け民を導く』
『影の従者リヴィア、“静寂の箒術”で市民を救済』
「……報道とは、恐ろしいものだ。」
「いや、完全にあんたのせいだって。」
記事には“光の導ミーナ”という肩書きまで載っていた。
彼女は嬉しそうに笑う。
「私、光の導だって! なんかキラキラしてません!?」
「導線係の誤植だろうな。」
「ひどい!」
主は静かに瓦版を見て、ひとこと。
「支配が順調だな。」
「だから誤解が順調なんだって!」
私は箒を持ち直す。
これが、今の私の“剣”だ。
落ち葉を払う動作に、剣技と同じ呼吸を流し込む。
風を裂き、静けさを残す。
それだけで、この場所が少しだけ澄んでいく気がした。
――そうして、任務は完了。
「対象区域、制圧成功。」
「……清掃だよな。」
「任務内容を疑うのは、敵対行為です。」
「こえぇよ!!」
笑い声が、風と一緒に流れた。
穏やかで、心地いい時間。
それが永遠に続くとは、まだ信じていた。
夕暮れ、ベンチの上で休憩していると、ミーナが再び駆け寄ってくる。
「ルシエル様ー! 新しい教会の発表です!」
瓦版の見出しが風に翻る。
『聖女セリア、神の啓示を受ける――“光の王国”構想始動』
……光の王国?
私は眉をひそめた。
「最近、神の声がより明瞭に聞こえるようになったそうですって。」
「……声?」
主が一瞬だけ視線を落とした。
そのわずかな沈黙に、空気が変わる。
「……その“声”、本当に神なのか。」
低く落とされたその一言に、風が止まる。
ミーナが首を傾げる。
「え? どういう意味ですか?」
「陰で囁くのは悪の常套手段ってことだ。……少し、調べることがある。」
主は立ち上がり、夜風にマントをなびかせた。
その背に、淡い月が重なる。
私は静かに立ち上がり、頭を下げた。
「主。どこへ行かれるのですか。」
「地脈の残滓だ。まだ“呼吸”がある。」
その声を聞きながら、私は箒を強く握る。
紅の鎖は断たれた。
だが――この静けさの底で、何かが目を覚まそうとしている。
主の闇が、また世界を整えるのだろう。
私はその影として、ただ見届ける。
……たとえ、次に待つのが“光の災厄”だとしても。




