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25.残響と影

 ――紅の夜の翌朝。

 聖堂の鐘は早すぎる時刻に鳴り、瓦版は風より速く街を走った。


『神の剣、紅の災厄を断つ。』

『光は闇に勝ち、闇は光を戴く――新たな奇跡。』


 境内では人が膝をつき、空を指さす。

 黒い光の跡は、夜空に残る“神話の残像”のように揺れていた。

 俺に言わせれば、ただの空気の揺れだ。だが、人は揺れに意味を足すのが好きだ。


「……支配が順調だな。」

 屋上で瓦版を畳む。ネロが跳び乗ってくる。


「その台詞を公共の場で言うな。また見出しを飾るぞ。」

「事実は事実だ。」

「そこは否定しろよ。」


 聖教会は動きが早い。

 昼には“感謝の祈り”の式典が用意され、壇上のセリアは晴れやかな顔で祈りを捧げた。

 彼女の瞳の奥で、微かな光が脈動している――祈りの熱とは違う、何かの拍動。


「ルシエル様は、神の代行者です。」

 セリアはまっすぐに言った。

「闇の中で世界を整え、光を導く剣。その役割は、神が与えられたものです。」


「そうか。」

 否定する言葉は、彼女の熱に溶けて消える。

 俺は、彼女の声の“裏”を聴く。


「最近、神の声が……よりはっきり聞こえるのです。」

 式後、控えの間で彼女が小さく言った。

「前は遠く霞んでいたのに、今は、すぐ傍で……囁いてくださるようで。」

 その声は清らかで、しかし“誰か”の真似をしているようにも聞こえた。


 眉が、無意識に寄る。

「……その声、本当に“神”なのか?」


 セリアは一瞬、言葉を失い――けれど、すぐに微笑んだ。

「神です。私は、信じています。」


 信仰の強さは、ときに防壁であり、ときに扉でもある。

 どちらに開くかは、声の正体次第だ。


 夕刻。

 屋上で、リヴィアが片膝をついた。

 剣を捧げ、影のように頭を垂れる。


「影は光に寄り添い、闇に仕える。

 私はあなたの影――主が動けば、影も動く。」

 その言葉と同時に、夕陽が二人の影を一つに重ねた。


「いいだろう。」

 俺は手を差し出す。

「共に整えよう、世界を。」


 掌に、静かな温度。

 ミーナが目を輝かせ、ネロがため息をつき、夕日が刃を撫でた。

 王都は安堵と陶酔のあいだで揺れている。揺れはやがて、形になる。


 夜。

 地脈の痕――昨夜の広間に再び降りる。

 石の奥に、まだ薄い残響が残っている。


 熱ではない。

 声でもない。

 意志の、欠片。


 耳のどこでもなく、骨の中で囁く。


 ――まだ、整っていない。


 ……誰だ?

 返事はない。赤い光は消えたまま、ただ石が湿りを返すだけ。


 俺は広間を見回し、ひとつ息を吐く。

 闇は深い。深いほど、よく見えるものがある。

 ――けれど、その奥で“誰か”もまた、こちらを見ている気がした。

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