表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/33

24.紅の夜

 ――夜が燃えた。

 それは後に“紅の夜”と呼ばれる、王都崩壊の始まりだった。


 王都の地脈が呻き、赤い光が路地の継ぎ目から滲み出す。風が熱を運び、鐘は避難を告げ、祈りと悲鳴が混ざって空へ昇った。


「紅の鎖が負けを悟ったな。」

 俺は屋根から身を翻し、裂け目の中心へと走る。

 地面の下を、誰かの意思が這う。災いは、災害の顔をして笑うのが上手い。


「主! 一人で行くな!」

「あとから来い。導線はミーナの白砂を使え。」

「了解です!」

「おい!命綱って単語知らねぇのか!?」


 街角が折れ、道が断ち切られ、石橋が赤い背骨のように脈打つ。

 旧水道網――地脈の弁へ向かう最短は、夜の王都を斜めに割る道だ。走るたび、足下の影が伸び、熱を喰って薄くなる。


 地脈の中心は、王都の心臓部に穿たれた古い広間だった。

 石の床が割れ、赤光が噴き上がり、渦は津波の形を得る。建物を、通りを、人の時間を丸ごと呑む、意志ある波。


「……悪は、最後まで見届けてから消えるものだ。」


 鯉口が、鳴ったか鳴らなかったか。

 抜く、という行為を俺は好きではない。名乗るのが嫌いなのと、同じ理由だ。

 ただ、終わらせる。


 一閃。

 空が割れ、風が一度、膝を折った。

 音は遅れてくる。

 光が裂け、静寂が溢れる。

 赤い津波は半ばから静かに分かたれ、己の矛盾に気づいたように崩れ落ちた。

 熱が“しゅう”と鳴いて、石はただの石に戻る。世界の誤差を、闇が一本で正す。


「主――!」

 肩口に、遅れてリヴィアの声。

 ミーナの白砂が光の道になって、避難誘導の列が遠くまで続く。ネロは肩で息をしながら、信じられないものを見る目で俺を見た。


「剣で、今の全部を……?」

「剣は、形を真っ二つにするためのものではない。」

 俺は刃を拭い、鞘に納めた。

「乱れを、真っ直ぐにするためのものだ。」


「前の時もそうだけど、お前のすることは意味がわからないよ……。

 もう神か悪魔かどっちかに決めてくれ。」

 ネロがため息交じりにそう呟いていた。


 王都は、嘘みたいに静かになった。

 かすれた祈りの声が、広間の天井でほどけて消える。

 紅の鎖の最後の足掻きは断たれた。だが――火はまだ、あちこちで燻る。


「散開。残火を落とす。倒壊区域の封鎖、負傷者の搬送――」

「了解。」

「はいっ!」

「ルシエル、お前は少しは休め!」


 静かな夜を、もう一度、作り直す。

 支配は、静けさから始まる。

 ――月は、何も知らない顔で俺たちを見下ろしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ