24.紅の夜
――夜が燃えた。
それは後に“紅の夜”と呼ばれる、王都崩壊の始まりだった。
王都の地脈が呻き、赤い光が路地の継ぎ目から滲み出す。風が熱を運び、鐘は避難を告げ、祈りと悲鳴が混ざって空へ昇った。
「紅の鎖が負けを悟ったな。」
俺は屋根から身を翻し、裂け目の中心へと走る。
地面の下を、誰かの意思が這う。災いは、災害の顔をして笑うのが上手い。
「主! 一人で行くな!」
「あとから来い。導線はミーナの白砂を使え。」
「了解です!」
「おい!命綱って単語知らねぇのか!?」
街角が折れ、道が断ち切られ、石橋が赤い背骨のように脈打つ。
旧水道網――地脈の弁へ向かう最短は、夜の王都を斜めに割る道だ。走るたび、足下の影が伸び、熱を喰って薄くなる。
地脈の中心は、王都の心臓部に穿たれた古い広間だった。
石の床が割れ、赤光が噴き上がり、渦は津波の形を得る。建物を、通りを、人の時間を丸ごと呑む、意志ある波。
「……悪は、最後まで見届けてから消えるものだ。」
鯉口が、鳴ったか鳴らなかったか。
抜く、という行為を俺は好きではない。名乗るのが嫌いなのと、同じ理由だ。
ただ、終わらせる。
一閃。
空が割れ、風が一度、膝を折った。
音は遅れてくる。
光が裂け、静寂が溢れる。
赤い津波は半ばから静かに分かたれ、己の矛盾に気づいたように崩れ落ちた。
熱が“しゅう”と鳴いて、石はただの石に戻る。世界の誤差を、闇が一本で正す。
「主――!」
肩口に、遅れてリヴィアの声。
ミーナの白砂が光の道になって、避難誘導の列が遠くまで続く。ネロは肩で息をしながら、信じられないものを見る目で俺を見た。
「剣で、今の全部を……?」
「剣は、形を真っ二つにするためのものではない。」
俺は刃を拭い、鞘に納めた。
「乱れを、真っ直ぐにするためのものだ。」
「前の時もそうだけど、お前のすることは意味がわからないよ……。
もう神か悪魔かどっちかに決めてくれ。」
ネロがため息交じりにそう呟いていた。
王都は、嘘みたいに静かになった。
かすれた祈りの声が、広間の天井でほどけて消える。
紅の鎖の最後の足掻きは断たれた。だが――火はまだ、あちこちで燻る。
「散開。残火を落とす。倒壊区域の封鎖、負傷者の搬送――」
「了解。」
「はいっ!」
「ルシエル、お前は少しは休め!」
静かな夜を、もう一度、作り直す。
支配は、静けさから始まる。
――月は、何も知らない顔で俺たちを見下ろしていた。




