19.初任務に戸惑う
――翌朝。
黒翼の円卓の秘密拠点(通称:裏庭ベンチ)に、俺・ネロ・ミーナ、そして新加入の“無音の刃”リヴィアが集まっていた。
「紹介しよう。今日から黒翼の円卓に加わる同志――リヴィアだ。」
「……よろしく。」
短く、低い声。黒髪が肩にかかり、灰の瞳が静かにこちらを見据える。
立っているだけで圧がある。
「うわぁ……綺麗な人! あの、私ミーナ・フェリスです!」
「フェリス嬢。戦闘力は?」
「え? あ、清掃力なら自信あります!」
「……なるほど、支援型か。」
「どういう意味ですか!?」
ネロが尻尾で肩を叩くようにして俺に小声で言う。
「おい、また強キャラ入れたな。見た目も性格もヤベぇやつだぞ。」
「ふっ……闇は多様であってこそ深みが増す。」
俺はマントを翻して告げた。
「リヴィア。お前には当面、“俺の専属メイド”として行動してもらう。」
「……メイド?」
「ああ。闇の支配者には従者が必要だ。優雅さは悪の品格だ。」
リヴィアの眉がわずかに動く。
「……潜伏の偽装任務ということか?」
「まぁ、表向きにはそうなる。」
「了解した。欺瞞工作、得意分野だ。」
「ちょっとルシエル様! 本気でメイドにする気ですか!? それ、ただの趣味じゃ――」
「黙れ。悪に必要なのは“雰囲気”だ。」
「雰囲気で雇うな!」
その数時間後、リヴィアの“初任務”が始まった。
「リヴィア、今日からお前には“清掃任務”を任せる。」
「……暗殺対象か?」
「対象は落ち葉だ。」
「落ち葉……?」
リヴィアの眉が一瞬だけ動いた。
なるほど、暗号の一種だと理解したらしい。さすがは暗殺者。
「落ち葉=目障りな存在、という意味か。つまり、潜伏排除任務……」
「違う。落ち葉だ。」
「……本当に?」
「闇の美は足元から始まる。地を整えねば支配の舞台は映えん。」
ネロが頭を抱えた。
「おい、ややこしい言い回しするな! また誤解されてんぞ!」
だがもう遅い。リヴィアは真剣な顔で頷いた。
「理解した。見えぬ敵を一掃する……すなわち“清掃”。」
――こうして、リヴィアの新生活は始まった。
ミーナがほうきを振り回し、リヴィアは警戒態勢で背後を取っている。
「リヴィアさん! こっちの落ち葉もお願いしまーす!」
「了解。敵影なし。」
「敵影!? 落ち葉ですよ!?」
「油断は禁物だ。」
――彼女の箒さばきは、もはや暗殺術の域だった。
風のように滑る動作。足音ひとつしない。
「ほう……美しい所作だ。」
「当然です。暗器にも転用可能な――」
「しなくていいから!」
数分後、裏庭は見違えるほど綺麗になっていた。
「……任務完了。対象区域、制圧成功。」
「清掃な。」
俺はうなずいた。
「よくやった。闇の従者として申し分ない働きだ。」
「……評価、感謝する。」
その頬に、わずかに朱が差した。
ミーナがこっそり俺に囁く。
「ねぇルシエル様、リヴィアさん……ちょっと嬉しそうですよ?」
「悪もまた、褒められれば輝くものだ。」
「それ、善の理論だろ。」
夕方。
リヴィアは報告書を提出した。紙面にはきっちりと書かれている。
『任務名:清掃(暗号名“影葬”)
結果:成功
詳細:落ち葉三十二枚、掃討済。被害なし。』
「……“掃討”って言葉の重みが違ぇな。」
ネロがしみじみとつぶやいた。
俺は笑みを浮かべた。
「よくやった、リヴィア。闇の道において、初任務とは最も重要な儀式だ。」
「……これが、闇の儀式……。」
その声には、どこか温度があった。
冷たい刃が、わずかに柔らかな光を帯びるような――そんな音。
「フッ……今日もまた、悪の支配は静かに進んでいる。」
「いや、今日は掃除しただけだぞ。」
こうして、“沈黙の刃”へと変貌したリヴィアの新たな日常が始まった。
彼女はまだ知らない。
――本当にこの組織が、世界で一番平和的な“悪”だということを。




