13.神に選ばれし悪
地が唸った。
坑道の奥から、鼓動のような震えが伝わってくる。
砂が足元で波打ち、石が泣くような音を立てた。
「ルシエル……! さっきのやつ、まだ生きてる!」
「いいや、生命じゃない。地が、暴れている。」
「どっちにしろヤバいことに変わりねぇ!」
視線を戻す。
坑道の入り口から、茶色の光がうねりを上げていた。
土砂が盛り上がり、津波のように形を成す。
まるで地脈そのものが怒りを吐き出しているかのようだ。
「……ヴァルドの残滓か。最後まで舞台を荒らすつもりらしい。」
「おい、それ街まで行く! 王都が呑まれるぞ!」
俺はマントを翻し、背を向けて走り出した。
地響きが追ってくる。
波打つように押し寄せる土砂の奔流――大地が津波になって迫る。
王都へと続く丘の上で立ち止まる。
朝の光が昇りかけ、空が白む。
だがその下で、大地が牙を剥いていた。
街を呑み込む勢いの、土の津波。
高さは塔を超え、教会の鐘楼にまで達している。
ネロが震える声で叫ぶ。
「おいルシエル、逃げるぞ! あれは剣でどうこうできるもんじゃ――!」
「違うな。」
俺は剣の柄に手をかけた。
砂塵が渦を巻く。風が止む。
世界が、息を飲む音がした。
「闇は、形を問わない。
悪の礼儀とは、最後まで舞台を美しく保つことだ。」
鞘鳴りが響く。
抜刀――否。
抜いた瞬間には、もう全てが終わっていた。
風が、二度吹き抜けた。
轟音が途切れ、次の瞬間には――
土の津波が、空に向かって“綺麗に”真っ二つに割れていた。
光の帯が走り、砂の雨が降る。
地脈の暴走が止まり、残滓だけが静かに崩れていく。
「……切れた……のか?」
「当然だ。闇は境界を断つものだ。たかが土を断つことなど容易い。」
「いやいやいや! あれ“地そのもの”だぞ!? 物理的に無理だろ!?」
「闇に、物理の定義はない。」
「出たよポエム返し!」
ネロのツッコミを背に、俺は剣を鞘に戻した。
“カチリ”と鳴った音が、夜明けを告げる鐘のように響いた。
遠く、教会の方角から歓声が上がる。
俺には届かない距離――だが、その視線だけは確かに感じた。
その頃、聖教会の礼拝堂。
ステンドグラス越しに差す朝日が、神像を照らしていた。
祈りを捧げていたセリアが、ふと窓の外に目をやる。
――見えた。
地平の向こう、王都を呑み込もうとしていた“土の波”。
それが、突如として天を裂く光の線に貫かれ、両断される光景。
セリアは息を呑み、両手を胸の前で合わせた。
「……神の……御業……」
教会内がざわめく。
司祭たちが駆け寄り、窓の外を見上げる。
「地脈が……断たれた!? 奇跡だ!」
「神が、裁きを下された!」
だがセリアの目は、その光の根源――
丘の上に立つ、黒いマントの男を見逃さなかった。
彼は、朝の風を背に静かに剣を収めていた。
その姿はまるで、“神の代行者”そのもの。
「……あの方だわ……」
震える声で呟く。
涙が頬を伝う。
「ルシエル様……闇の中にあっても、神の光を失わぬ方……」
その瞬間、彼女の中で“確信”が生まれた。
――闇の支配者は、神に選ばれし存在なのだと。
丘の上。
風が止み、静けさが戻る。
「……まったく、神の手伝いでもしてるつもりか?」
「違う。俺はただ、悪としての片付けをしただけだ。」
「片付けの規模、国レベルだぞ。」
「フッ……悪も、掃除から始まる。」
マントを翻し、歩き出す。
空に昇る朝日が、闇を追うように背を照らした。
その日、王都では――
“神の裁き”によって大地の暴走が止められたと報じられた。
そして、その場に立っていた“黒衣の剣士”の存在が語り継がれる。
――黒翼の円卓、闇を操る救世の組織。
神の意志を継ぐ者たち。
事実は、ひとつも正しくなかった。
だが結果として、世界は少しだけ“きれい”になった。
「……ふぅ、今日も世界が清まったな。」
「いや、違う意味で浄化してるって!」
光と影の境界で、二人の声が風に溶けた。
闇の支配者は、今日も世界の掃除を続ける。
――そして、彼を“神の剣”と呼ぶ声が広まり始めたのは、その翌日のことだった。




