11.ノワール商会
王都の夜がざわめいていた。
“人が消える”という噂が流れてから、もう一週間。
しかもその行方不明者のほとんどが、貧民街の子どもや、珍しい動物ばかりだという。
――妙だ。
闇はもっと静かに動くものだ。
「ルシエル。まさか、行くつもりか?」
肩の上でネロがため息をつく。
「当然だ。闇の名を汚す者がいるなら、粛清せねばならん。」
「いや、それ警察の仕事じゃねぇ?」
「俺は悪だ。悪には悪の秩序がある。」
ルシエル・グレイス。
学園の“闇の支配者”を自称する男が、今夜もまた悪を正そうとしていた。
……やってることは完全に正義だが。
裏通りの情報屋を訪ねた時には、もう遅かった。
店内は荒らされ、壁には黒焦げの跡。
床には奇妙な刻印が残されていた。
「“N”……?」
「ノワールの印だ。」
ネロの声が低く響く。
「ノワール商会……まさか、まだ生きてたのか。」
「知っているのか?」
「オレを箱に詰めた連中の、元締めだ。」
ルシエルの目が細くなる。
いつもの軽薄な悪役笑みが消え、静かな怒りに変わった。
「……なら、行くしかないな。」
翌夜、ルシエルとネロは王都の裏路地を歩いていた。
ミーナも“闇の調査活動”と称して同行している。
「ルシエル様! あっちの倉庫から、怪しい声が!」
「よし、闇の息吹を感じるな。」
「ちょっと! 闇とかじゃなくて犯罪の匂いだよ!?」
倉庫の扉を蹴り開けると、数人の男が木箱を積み上げていた。
箱の隙間から、弱々しい鳴き声が聞こえる。
「何してやがる。」
「て、てめぇ誰だ!?」
「通りすがりの悪党だ。」
一瞬で剣が抜かれた。
光が走る。
男たちは次々と倒れ、手にしていた麻袋が地面に落ちる。
中には小さな動物たちが怯えていた。
「……悪の名を騙るとは、愚か者どもめ。」
ミーナはその光景に目を見開いていた。
普段の“闇のボランティア活動”とはまるで違う。
本当に、誰かを救うための戦い。
――それでも彼は“悪”の顔を崩さない。
「ルシエル様、これは……」
「ただの掃除だ。汚れは放っておくと広がる。保護は任せるぞ。」
小さな動物たちをミーナに託し、ルシエルは闇夜へ消えていった。
数日後、地下市場でついにノワール商会の幹部を名乗る男と遭遇した。
筋骨隆々、腕は土色に変質している。
「ガキがひとりで来るとはな。俺が地面ごと沈めてやるよ!」
足を踏み鳴らすと、床石が隆起して壁のように塞がる。
ルシエルの視界が暗くなった。
「……土魔法、か。」
「地そのものが俺の味方だ!」
「なるほど、ならば――磨く手間が省ける。」
剣閃。
土壁が粉塵に変わる。
グラドの拳が迫る前に、ルシエルの影がその首筋をかすめた。
男が崩れ落ちる。
静寂。
床に転がる金属の印章。
そこには再び“N”の刻印があった。
「やはり、全てはひとつの根から伸びている。」
「……ノワール、か。」
ネロの声には震えが混じっていた。
その瞳に宿るのは怒りではなく、恐怖。
王都の外れ、封鎖された採掘坑道。
地面から立ち上がる黒い塔のような岩塊の入口。
そこに“N”の紋章が刻まれていた。
「ここが奴の巣か。」
「間違いない。……中にいる。」
ネロは小さく息を吐いた。
ルシエルは夜空を見上げ、低く呟く。
「闇の名を掲げるなら、相応の覚悟を見せろ。――行くぞ。」
月光が差し込み、マントがひるがえる。
闇の中へ踏み出す足音だけが響いた。




