第2話 思い出のかき氷
これから飾と一週間。
さて、どんなドキドキワクワクの時間が待っているのかと思いきや、始まったのはただ日常だった。
ふたりで雑談をしながらゲームをして、日曜日の午後を過ごす。
楽しいよ。
楽しいんだけど……もっと特別ななにかがほしい。
「飾さんや、どっか出かけませんか?」
「涙衣さんや、今の気温を知りませんか?」
知っている。さっきスマホを見た時に表示されていた。
三十六度。まだ六月なのにだ。今年一番の暑さらしい。
「こんな日は外に出たくないなぁ。紫外線も怖いし、るぅだって、あたしの白い肌が焼けたらイヤでしょ?」
たしかに飾の肌は白い。最近は登下校と食料の買い出し以外で外出してないから。
「暑い中出歩きたくないのはわかる。でも、せっかくだから、なにか特別なことしようよ」
「特別なことねぇ」
飾は立ち上がり、キッチンの方へと歩いて行った。
「お、もう大丈夫そう。よし、るぅ。特別なことをしよう!」
あまり期待できなさそうな声のトーンではあったが、とりあえずキッチンへ移動する。
飾の手元には製氷皿があった。
そこには透明な氷……ではなく、黒い氷があった。
「それはなに?」
「コーヒー氷。水の代わりにコーヒーを凍らせてみたんだよ」
「名前の通りの代物だな」
「これでかき氷をしてみない? たぶんシロップ要らずだよ。ね、ちょっと特別感あるでしょ?」
「まぁあると言われればあるな」
なんか小学生の夏休みの自由研究感があるけれど。
「かき氷機は?」
「すでに準備してあります」
いつから使っているのかわからない年代物のかき氷機。
俺が物心ついた時にはすでにあった気がする。
「これで作ったかき氷って、なんかおいしいのよね」
「ちょっと改造してるからな」
「えっ⁉ 知らなかった」
「昔、父さんが刃を交換したんだよ。だから氷がキレイに切れてふわふわするらしい」
あれは小学校一年生の夏のことだ。
家族でかき氷の専門店に行って、お高いかき氷を食べたことがあった。
それ以来、俺たちの舌が肥えてしまって自宅のかき氷機では満足できなくなってしまった。
そこで父さんができる範囲での改造を行ったのだ。
まぁ刃をちょっと交換したくらいでは全然足りず、その年はかき氷をもう食べなかったけれど。
で、翌年には舌がリセットされていて「このかき氷機で作ったのおいしい!」ってなったんだ。
そんな思い出のかき氷機にコーヒー氷をセットし、ガリガリと削る。
黒いかき氷はなかなかインパクトがあるな。
たいした量の氷がなかったため、一杯分しか作れなかったけれど。
「それではるぅさん、あ~ん」
「え?」
飾がすごいナチュラルにスプーンを俺に寄せて来たので、素で驚いてしまった。
「そういうのしてくれるんだ?」
「今週はこういうことたくさんするんじゃないの? しなくていいならしないけど」
「ぜひおねがいします」
「はいはい。じゃあ口開けて」
あ~ん、と口を開けたところにかき氷が放り込まれる。
これは…………。
「おいしい?」
「うまいと言えばうまい」
「はっきりしない言い方ね。今度はあたしの番。はい、どうぞ」
スプーンを渡される。
これは、俺もあ~んをしていいってことか。
今日はずいぶんと太っ腹だな。
これが今週ずっと続くのか? 幸せすぎて狂ってしまいそうだ。
「む……これは……」
かき氷を食べた飾は、はっと目を見開いた。
どうやら気付いたらしい。
「……アイスコーヒーね」
「ああ、そうだ。これはどこからどう見てもアイスコーヒーの味だ」
「考えてみればそうよね。コーヒーを凍らせて氷にしても、口に入れて溶けた時点でそれはアイスコーヒーになってしまう。ふふふ、当たり前すぎて、逆に気付かなかったわ。あははははっ……あ~っ、おもしろい。これを楽しみにしてたかと思うと、我ながらアホすぎておもしろい!」
飾はひとしきり笑ってから、スプーンを手にして、俺の口に運んできた。
それから交代し、俺が飾に食べさせた。
「何度食べてもアイスコーヒーね」
「でも、食感があるからな。アイスコーヒーとは似ているようで、ちょっとだけ違う」
「それはたしかに。まぁ完全なムダじゃなかったか。……もう一回やるか? って言われてもやらないけど、最初で最後ってことで今日はこれを楽しみましょうか」
そうしてスプーン係を交代しながら、俺たちは一杯のかき氷を完食した。
そこまでおいしいものではなかったけれど、いつか振り返ったら、こういう失敗談こそいい思い出になっているのかもしれない。
夕食が終わり、のんびりとふたりでテレビを見る。
それから飾が風呂に入るために席を立った。
これはチャンスではないだろうか?
なんのチャンスって、一緒に風呂に入るチャンスだ。
普段は、そんなことはできない。もし飾の入浴中に乱入しようとすれば、すぐに父さんを呼ばれてひどく怒られるだろう。
だが今日はそういう心配はいらない。
まぁ一番心配するべきは、飾を怒らせる心配なのだけれど。
大丈夫かな? 一緒に入ったりして。普通にすごく怒られる気がするんだけど。
常識的に考えたら、やめておいた方がいい。
だが、この一週間で距離を一気に詰めることを考えた場合、そして飾の性格を考えた場合、効果的な方法な気がする。
飾には、言葉より物理の方が効果的だからな。
マジ切れされて、口を利かないとか言われるのが一番怖いけど……。
うん、やっぱりやめておいた方が無難だな。
君子あやうきに近寄らず、だ。
ま、俺は君子ではないので近づきますけど。
「飾、俺も一緒に入るよ」
一応は断りを入れておく。
脱衣所から、翌日の飾に対してそう告げ、十秒ほど待機する。
この間、本気で怒ってそうな反応が返ってきたら潔く撤退だ。そうでなければ突撃だ。
「………………」
「ダメならダメってはっきり言えよ」
「………………」
三、二、一……。
よし、十秒だった。
拒否されていないので、もう入っていいだろう。
ガラッ――浴室のドアを開ける。
「うわっ、こいつ本当に入ってきやがった」
飾が呆れた声でそう言った。
「ダメだったか?」
「逆にいいと思ってた?」
「ダメって返事が来なかったから、いいと思った」
「勝手すぎる解釈」
と、俺たちはいつもと同じような会話を繰り広げる。
ここが風呂で、お互いに全裸とは思えない落ち着きっぷりだ。
……実際に、どちらも全裸ではないからな。
「なかなか紳士じゃん、るぅ。ちゃんと水着を着て入って来るなんて。るぅの紳士な紳士をちゃんと隠しててえらいね」
「それは褒めてるのか?」
「さぁ、どっちでしょ?」
飾には、この前全裸を見られているんだよな。
あの時は体調が悪かったから、つつましやかに見えたかもしれない。だが万全な今日なら、暴れん坊なところを見せられるのだが……さすがに今脱いだら笑ってはくれないよなぁ。
「俺が水着を着ているのはいいんだよ。お邪魔する身なので当然だ。だけど、なんで飾が水着着てるんだ? いつもそうなのか?」
飾が着ているのはビキニの水着。
たしか中二の夏に買ったものだ。あの頃の飾はまだ胸が小さくて、そんあ大人っぽいのは似合わないと思ったものだ。
今はだいぶ似合う体型になったじゃないか。
まぁ同じ水着が入る時点で、そこまでの大きな変化ではないのかもしれないが。
「そんなわけないでしょ。あたしの読みでは、五割くらいの確率でるぅが入って来るって思ったのよ」
「なかなか鋭いな」
「ちなみに、ダメと言っても一割くらいの確率で強行突破してくると思った」
「いや、そんなことはしないけど」
しかし、拒否されていないから突撃ってしているので、俺の誠実さは信じてもらえないかもしれない。
「で、今さらだけど、水着ってことはオッケーってことだよな?」
「ダメと言ったらおとなしく出て行ってくれる? るぅのことだから、絶対にごねるでしょ?」
「うん。入る前ならセーブもできたけど、さすがに今からだとな」
「前なら大丈夫っていうのもあやしいもんだけど。別にいいわよ。今日は一緒に入っても」
「今週は一緒に入っていいんだな」
「いきなり拡大解釈するな!」
「一日ごとに一枚ずつ脱いでいくんだよな?」
「どんなルールよ。明日には全裸になるじゃん。そういうこと言うと、今すぐ追い出すよ」
つまり、言わなきゃ受け入れてくれる、と。
では黙ったまま、無言で入るとしましょう。
とは言ったものの、浴槽は狭い。
一緒に入るにはどうしたらいいかな?
さすがに体を密着させたらまずいよな?
……まずくない、のかもしれない。
まぁやってみるか。怒られたら別の方法を考えてみよう。




