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大好きな義妹が他人になった  作者: 宵月しらせ
第6章 全力おままごと
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第3話 女騎士風おままごと

「私は国に忠誠を誓った女騎士。身も心も国家のために捧げると誓った。だが、ある縁があってそんな私も結婚することになった」


 飾がなんか急に語り出した。

 ああ、そうか。

 これからやる“女騎士が主役のおままごと”の設定をモノローグ風に語っているのか。

 俺はこれに乗っかっていけばいいのだろう。

 えっと、国のために人生を捧げたはずの女騎士が、なぜ結婚することになったのか……そこから話を広げればいいのかな?


「よぉ俺の嫁よ。今日もええ体しとるのぉ」


 ぐへへ……といかにもな笑い方をしながら第一声を発したら、飾が拳で床をドン! と叩いた。

 これ以上ふざけているともうやめるぞ、と言いたそうな目をしている。

 そんなに怒っているなら、しかたない。

 そろそろまじめにやるか。


「――と、言って若い娘に手を出そうとしている悪党を今日も懲らしめてやったよ」

「うむ、やるではないか、さすが私の夫だ」


 満足気に頷いてくれた。どうやらこの方向なら許してくれるらしい。


「ところで、ちょっとド忘れしたのだが、我が夫の職業はなんだったかな?」

「俺の職業は町の警備兵だ。騎士である君から見れば、吹けば飛ぶような存在だ。しかし、君は国を、俺は町を、守りたいと思う対象の大きさに差はあっても、人々の生活を守りたいという想いは同じ」

「そう! その通り! そういう共通点があったから結婚したんだった」


 うんうん、と飾が何度も首を縦に振る。

 よしよし、完全に流れに乗ったとみていい。


「プロポーズは君からしてくれたんだったね」

「……え?」

「今でも思い出すよ、あの時の言葉を。でも今日は、もう一度君の口から聞いてみたい。どうだろうか、またあの時の熱く情熱的な告白をしてくれないだろうか?」

「なん、だと……」


 飾が顔を引きつらせる。

 だが、さっきと違い、ちゃんと世界観に従っているので怒ることもできまい?


「そ、そんなことがあったかな? 私の記憶がたしかなら、プロポーズは夫であるお前からしてくれたはずだが」

「ふむ、そうだったかな?」

「間違いなくそうだ。あの時の言葉をもう一度聞かせてくれないか?」


 二ヤッ、と飾の口角が上がる。

 返し技が決まったと思っているのか?

 甘いな。


「君と長い間、一緒に生きてきた。昔から好きだったけど、最初はこの気持ちはきっと恋じゃなかった。でも、自分でも知らないうちに、恋になっていたんだ。そのことに気が付いたのは、君が隣にいなくなったから。あのままずっと一緒にいたら、もしかしたら今でもこの気持ちが恋だとわからなかったかもしれない。でも、気付いてしまったからにはもう止められない。愛している。結婚してほしい!」


 俺が言い終わる頃には、飾の顔が真っ赤になっていた。


「……ちょっとタイム」


 飾は手のひらを俺の方に向けながら右手を挙げた。


「話の途中でリアルに戻るのはどうかと思うぞ」

「今のって本当に役柄としてのプロポーズ⁉」

「当然だ。騎士と町の警備兵では身分に差があるだろう? そのふたりが結婚したってことは、きっと身分を超えた繋がりがあったはずだ。たぶん幼馴染なんだろうな。ずっと一緒に育ってきたけど、妻は騎士としての任務で一年間ほど町を離れた。その間に夫である警備兵の男は自分の気持ちに気が付いたんだよ」

「う~ん……なんか身に覚えがあるような話な気が」

「この路線がイヤなら、ぐへへ路線に戻してもいいが?」

「それよりはこっちがいい」

「じゃあ再開しよう」


 素での会話を終え、一拍間を置く。

 咳払いをして、再び物語の世界に意識を戻す。


「君がこの町に戻って来たその日、俺は君にこの気持ちを伝えた。でも君は断った。騎士として、国のために尽くす使命があるから、そのために生きると誓ったから、結婚はできない、と。でも、それで俺たちが離れることはなかった。たとえ結婚してくれなくても一緒にいたいと言った俺を、君は隣にいさせてくれた。そうして何年も過ごすうちに、やがて君も俺の愛を受け入れてくれて――」

「もう一回タイム!」

「――なんだよ。せっかくノってきたところなのに」

「だって……ちょっとさぁ、そのセリフのメッセージ性強すぎない? 特定の人に対して語りかけすぎてない?」

「特定の人? なんのことだか」

「とぼけて……ああ、そういうことね。役になり切れば何言ってもいいと思ってるわけだ。ならこっちも」


 ふぅ、と大きく息を吐いてから、飾はゆっくり目を閉じる。

 再び開いた時には、表情が変わっていた。


「だって、しかたないじゃない。私とあなたはどれだけ近くにいても……いえ、近くにいたからこそ、決して結ばれぬ運命。私の人生で、誰よりも近くにいてくれたあなたを失うことなどしたくない。だからこそあなたの愛を受け入れるわけにはいかなかったの」

「ぐっ……」

「あら、るぅ。どうしてそんな悔しそうな表情をしているの? これはすでに結婚している夫婦の結婚前の話をしているんでしょう? そんな表情をするのはおかしいわ」


 たしかに、設定に従ったセリフにかこつけてプロポーズしたのは俺だが、前と同じ理由でもう一度フラなくてもいいじゃないか。

 くそっ、こうなったら退けないぞ。意地でも退くものか。


「そうは言っても、最終的になんだかんだあって、君はプロポーズを受け入れてくれたよね? なんだかんだって何があったんだっけ? どういう理由で考えが変わったんだっけ?」

「ぐぬっ、それは……」

「それは?」

「それは………………」


 さぁ答えろ。

 設定を意識したセリフだとしても、そこには絶対に自分の心が入って来る。

 どうすれば俺の告白を受け入れるつもりになるのか、自分で条件を言うんだ。


「それは……………………」


 飾は視線をあちこちに彷徨わせる。

 まばたきの回数がやけに多い。かなりテンパっている。


「何度も告白されて情熱に負けたから……違う、そうじゃなくて。えっと……周りが結婚し始めて焦ったから、でもなくて。その……こ、子どもがデキたから」


 顔を真っ赤にさせながら、最終的にそういう結論に行き着いたようだった。

 俺としても想定外の展開で驚いたが、ここで怯むわけにはいかない。


「結婚するつもりもない男と子どもがデキるようなことをしていた、と?」

「ぐぬっ」

「口ではイヤだと言いながら、体は正直だったというわけだ。そして子どもがデキてしまえば、それまでの信念などなかったかのように結婚してしまった、と?」

「ぐぬぬっ……こ、これは物語の中の話だから。あくまでもそういう設定ってだけ」

「当然そういう前提で話をしているぞ。――さて、とんだ淫乱女騎士さんよ」

「誰が淫乱だ! くそぉ、なんでデキ婚なんて設定にしてしまったんだ」

「今さら後悔しても遅い。さぁ、ベッドの上でなにがあったかを詳しく語ってもらおうか。それとも俺から語ってやろうか? 俺たちの愛の結晶がデキたあの夜のことを」

「どっちも最悪じゃないの……くっ、殺せ。もういっそ殺せ!」


 羞恥に耐えらなくなった飾は拳を握りしめ、床をドン! と叩いた。

 対照的に俺は拳を握りしめ、天に向かって突きあげる。


「勝った!」

「勝った⁉」

「飾が女騎士って言い出した時に決めたんだ。くっ殺を言わせようって。その目標が達成できた。だから俺の勝ちだ」

「…………いや、これってたしかおままごとだったよね? おままごとに勝ち負けなんてないでしょ」

「なにを今さら。最初からおままごとになんてなってなかったぞ」

「それはたしかに……」

「だから目標達成した俺の勝ちだ!」

「ズルい! あたしは勝ち負けがあるなんて考えもしなかったもん。それなのに勝ち誇られても納得できない」

「じゃあ飾も勝利条件を決めて、もう一回違う設定でやるか?」

「う~ん……最初から全然おままごとになってなかったからさ、というかずっとふざけてばっかりだったから、次こそは本気の本気でやってみない? 勝負じゃなくて、ふたりで協力して、今度こそ、今だからできるおままごとをしてみようよ」


 そう言われ、俺は脇に寄せられているおままごとセットに視線を送った。

 これを見て、本気のおままごとをしようと言い出したのは俺だ。

 にも関わらず、俺がいきなりふざけたせいで、まったくおままごとらしい展開にならなかった。


 そう言えば、昔もそんな感じで、おままごとをするたびにふざけていたような気がする。

 もしかしたら、飾が満足できるようなおままごとは、過去に一度もできていなかったかもしれない。

 飾とふたりでおままごとをする機会は、おそらくもうないだろう――あってたまるかって話だが。

 最後くらい、おふざけなしで全力でやってみようじゃないか。


「わかった、今度こそ誓う。一切の妥協なく、本気でおままごとをすると」

「そこまで意気込まなくてもいいけど」

「本気でやるとなったら、このおままごとセットを使うのはやめよう。こういういかにもなおもちゃを使うから、遊び気分になってしまうんだ。全力おままごとなら、おもちゃを使うべきじゃない」

「え、じゃあどうするの?」

「本物を使おう」

「は?」

「本物の包丁や野菜、を使えば遊び気分にはならないだろう」

「……まぁそうかな?」

「ってことで、場所を移動しよう」

「ここでやらないの?」

「部屋の中で包丁を使ったら変だろ? 全力おままごとでは、そういう違和感は許されない。飾もこれくらいでいいかな? みたいな妥協はやめて、全力で役柄に没頭してくれ」

「……なんで急にスイッチ入ったの? っていうか、部屋の外でおままごとして、もし途中でお父さんが帰ってきたら恥ずかしいんだけど」

「おままごとセットを使っていないから大丈夫だ」

「そうかなぁ?」

「とにかくやろう。ここで話している間にも父さんが帰って来るかもしれないぞ」

「う~ん……わかった。とりあえず、それでやってみよう」


 俺たちは部屋を出て、キッチンに移動した。

 そして、ここから始まる。

 おままごとという名の、新婚生活が――。

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