第2話 全力? おままごと
おままごとセットを前に、俺と飾で向かい合って座る。
まずは飾がおもちゃの包丁を握り、おもちゃのにんじんやキャベツを切っている。
「トントントン」
と、自分で擬音を出しながら手を動かす様子は妙にかわいらしい。
「ジュ―、ジュ―」
卵のおもちゃの中身をフライパンに出し、コンロの上で焼いている演技をする。
それを皿に移したら、今度はソーセージを焼く。
「ぐつぐつぐつ」
それから鍋をコンロに置く。
中身が白いので、クリームシチューをイメージして作られたおもちゃなのだろうか?
「じゅわ~、じゅわ~」
今度は揚げ物か? フライドポテトのおもちゃなんてあるのか。一本一本が細くてかわいいな。
「ふぅ、これで今日の晩ご飯は全部できたわね。後は夫が帰って来るのを待つだけだわ。早く帰って来ないかしら」
頬杖をつき、ぽつりとつぶやく。
ここで俺が「ただいま~。いやぁ今日も忙しかったよ~」とか言えば、自然な流れでおままごとの中に入って行ける。
だが、本当にそれでいいのか?
料理ができた直後に夫が帰宅する。それはあまりにタイミングが良すぎて、リアリティに欠けるのではないだろうか?
ここは少し待ってみるべきだ。
「………………」
飾が視線をこっちに送って来る。
早くしろ、と言っているのだろう。だが、俺は固い意志を持って、それを無視する。
「………………あの人遅いわね。今日も仕事が忙しいのかしら。早く帰って来てくれないとお料理が冷めちゃうわ」
どうやら俺が意図的に参入を遅らせている、ということに気が付いてくれたらしい。
飾はひとりで話を進め始めた。
「最近いつも帰りが遅いのよね。残業で忙しいっていうけど、もしかして浮気なんじゃないかしら? いえ、そんなはずないわ。あの人に限って。だって、あの人はあたしのことが大好きだもの」
それからスマホを手にする。
スマホはおもちゃではなく、本物のスマホ。
「でも心配だから、ちょっとメッセージを送ってみましょう。あとどれくらいで帰れるの? ――と」
ちら、とまた視線を送って来るが、今度も無視する。
「…………あれから三十分。まだ返事がないわね。どうしたのかしら?」
今度は睨みつけてきた「早くしろ!」と、ちょっと怒っている。
だが、今度もスルーする。
「…………あ、返事が来たわ。先に食べていていい……はぁ、またか。これで何日連続なんだっけ? しかたない、ひとりで食べましょう。ぱくぱくぱく」
おもちゃの料理を食べているふりをするが、途中で動きを止める。
それから顔を伏せ、ぐすっ、とすすり泣くような声が聞こえてくる。
「返事なんてくるはずないわ。だって、あたしの夫はもう一年も前に交通事故で死んでいるんだもの!」
え、すごい急展開が始まったな。
どうなるんだ、これ?
「こうして帰りを待ち続けていても、ふたり分の料理を毎日作っていても、全部ムダなのよ! こんなもの、こんなものっ!」
おもちゃの食器をひっくり返し、それから泣き叫ぶ演技を始めた。
かなりヘビーな設定になってしまった。ここからどうやって参加したらいい? 幽霊の夫として現れるか?
頭の中で高速でプランを練っている間にも、飾は話をひとりで進めて行った。
「ま、そんな感じで最愛の夫と死に別れたとかなら、まだカッコもつくんだけどね。あたし、普通にずっと独身なのよね……あ~あ、こうやって自分の生活に言い訳するのもしんどいな――と思い始めた三十二才の夏、あたしは婚活を始めました。それから三年、今では素敵な夫と共にがんばって子育てしています。三十代の非モテ女が逆転した婚活術を知りたい方は、下のURLをクリック! 先着順で五割引きキャンペーン中です!」
「え、どういうこと⁉」
あまりに想定外の展開に、思わず素でツッコんでしまった。
「だから、最初は無難に夫婦の設定で始めようと思ったの! でも、いつまで経っても加わって来ないから、夫が死んでる設定にして。でもそこから話が繋がらなさそうだったから、なんかありそうな広告風にしてムリにオチをつけて終わらせたのよ!」
「どんでん返し二回はやりすぎだろ。なにが起きたのかすぐにわからなかったぞ」
「じゃあ普通に入ってきなさいよ! なんであたしひとりでおままごとしなきゃいけないの! もういい、次はるぅが妻役やりなさいよ」
飾はひっくり返したおままごとセットを正しい向きにして、俺の前に置いた。
参ったな……これ、どういう展開でやろうとも、絶対に普通の展開にならないだろ。俺がやったようなことを飾もしてくるに決まってる。
……まぁなるようになるか。
「トントントン」
飾がやっていたように、料理をする演技から始める。
「ジュ―、ジュ―」
「ぷっ、かわいい」
……同じことをしているのに、笑われてしまった。解せない。
「さて、これで料理ができた。そろそろ帰って来る頃かな?」
「ガチャ。ただいま」
「あ、おかえり」
同じことをやり返してくるかと思ったが、普通に加わって来たな。
このまま普通のおままごとをするつもりか?
「いやぁ、今日の仕事は大変だったよ。包丁持った犯人が店にやってきてさ」
と思ったら、またヘビーな展開ぶっこんで来たな。
「それは大変だったね。ケガはなかった?」
「余裕余裕。店長がちょっとお腹刺されたくらいだよ」
「大事件じゃねぇか!」
「でも店長が『ここは俺に任せて先に行け』って店員を逃がしたから」
「一度言ってみたかったんだろうなぁ。犯人は捕まったの?」
「まだに決まってるでしょ。だって」
「だって?」
「ここにいるんだから!」
飾はおもちゃの包丁を手にし、
「ぐさーっ」
と刃の部分を俺に突き刺してきた。
「…………どんな展開だよ」
「あたしの仕事は強盗だった、って展開にしてみました」
「破天荒な設定すぎるだろ。あと、なんで俺を刺した?」
「ホラーの定番の『お前だーっ!』を急にやりたくなった」
「おままごとどこ行った?」
「ついうっかり忘れちゃった。次はちゃんとやるよ。あたしが妻役。るぅは夫役。そして必ず参加すること。いいね?」
俺は頷き、第三幕がスタートした。
しかし、強盗という突拍子もない設定を出されたら、俺も普通の会社員なんて設定でやるわけにはいかないな。
「トントントン」
いつものように料理をするシーンからスタートする。
「ジュ―、ジュ―」
「ガチャ。ただいま」
「おかえり、あなた。今日のお仕事はどうだった?」
「うまくいったよ。今日はかわいい女性がたくさんだったんだけど、でもやっぱり君が一番だね」
「うれしいわ。でも、かわいい女性が大勢いたの?」
「君は嫉妬深いからね、やきもちを焼いてしまうのもわかるよ。でも、心は君一筋だから」
「そこは疑ってないわ。あなたはあたしを心から愛している」
「もちろん! 他の女性を愛することはあっても、あくまで体で愛しているだけ。心は君だけのものだよ」
「ん? ……あなたの職業ってなんだったかしら?」
「AV男優だよ」
「はいアウト! 終了! たとえごっこ遊びだとしても、そんな職業は許しません」
「男の夢だぞ?」
「捨ててしまえ、そんな夢。交代!」
「トントントン、ジュージュー」
「ガチャ、ただいま」
「おかえり。今日は本指名何本取れた?」
「たくさん……指名ってなに?」
「だってお前の仕事は人妻デリヘルだろ?」
「勝手に決めるな!」
飾はおもちゃの包丁を手にして、俺をぐさーっと突き刺してきた。
これで刺されたのは二回目だ。
こんな荒んだおままごとあるか?
「一旦リセット! このままの流れだとどんどんおかしな方向に行きそうだから、シチュエーションを変えましょう。とりあえず料理するところから始めるのも禁止! ゼロからやり直し!」
体の前で両腕を交差させ、大きな×印を作る。
どうやらエロ系の展開はご法度だったようだ。
なら、次はものすごく真面目な展開を意識してやろうか?
「次はあたしが妻役よね。どんな設定にしようかしら……よし、女騎士にしよう」
よし、予定変更。
くっ殺な展開にしてやろう。というか、そう言わせて展開にしてみせる。




