第1話 思い出クローゼット
ある休日、廊下からドスンドスンと物を移動させるような音が聞こえてきた。
ドアを開けて見てみると、飾が物置の中をあれこれいじっているところだった。
「なに探してるの?」
「探してるわけじゃなくて、整理してるの。この前ひっくり返した時、適当に詰めちゃったから、大事な物が潰れてるかもしれないな、って思って」
この前というのは、俺が高熱でふらつきながら電気毛布を取ろうとして雪崩を起こしてしまったあの時か。
じゃあ俺にも責任があるから手伝わないとな。
協力して、まず一度物置に入っている物をすべて出すことにした。
それから中身を確認して、並べる順番を決めることにする。
「これは何だ? ……小学校の時の教科書か。なんでこんなの取ってあるんだ?」
「たしか、大人になった時にこういうのを見て懐かしく思うから捨てるのはもったいないとかなんとか……お父さんたちが話していた気がする」
なるほど、そういう理由か。
道理で、俺と飾の名前が書かれたものが半々の割合で入っているわけだ。思い出として残すための物だから、どっちかに偏っていないわけだ。
細かいことするなぁ。
「懐かしい気持ちになった?」
「別に」
「まぁまだ三年半も経ってないからな……高校卒業とか、大学卒業のタイミングで見たら懐かしく思ったりするのかな?」
「あたしたちじゃなくて、お父さんが懐かしく思うためのものなんじゃないかな? 高校卒業とか、もっと先かもしれないけど、これを見て『うちの子どもたちも大きくなったもんだ』ってしみじみするためじゃないのかな?」
「なるほど。それはありそうだな……そういうところに気が付くなんて、飾は発想が大人だな」
「ふふんっ、まぁね」
「でも、子どもの成長を振り返って懐かしむ最大のタイミングは、高校卒業じゃなくて結婚式じゃないか? 俺たちふたりの結婚式の前日に、酒を飲みながらこういう思い出の品を見て――」
「こっちの箱は何かな?」
露骨に話を逸らしやがった。
付き合ったり結婚したりすれば、いつか別れが訪れるかもしれない。それがイヤだから、俺とは今の関係を続けたい――。
飾は以前にそう言って、俺の告白をやんわりと断った。
そんなことありえない。
と、断言することは俺にはできない。
しかし、たとえ付き合ったり結婚しないにせよ、俺たちはずっと一緒にいるような気がする。
今のようなあいまいな関係のまま、なんだかんだずるずると一緒に暮らし続ける――そんな気がするのだ。
だから、そんな露骨に恋愛とかの話を避けなくてもいいんじゃないか?
「あ、こっちに入ってるの懐かしい。昔のゲーム機だ!」
小学校の時に使っていた二世代前の据え置きゲーム機。
これで毎日飾と一緒に何時間も遊んでいた。そして、「そろそろゲームやめなさい!」と母さんに毎日怒られていたっけ。
懐かしいなぁ……いろいろなゲームで対戦した記憶が今でも鮮明に残っている。いくつかの名勝負なんて、それこそ細部まで覚えているぞ。
「新しいハードを買った時、前のは売らないでしまっておいたんだっけ。ねぇ、久しぶりにこれで遊びたいかも。あとで対戦しよう!」
「そうだな。どれで遊ぶ?」
「片っ端から全部!」
物置の整理を進め、昔のアルバムやらなにやらが出てきた。
それらを見てはいちいち話をしているから、整理はなかなか進まない。
それでもようやく終わりが見えてきた頃、飾にとってとびきり懐かしい物が出てきた。
「おままごとセットだ」
それは飾がまだとても小さかった頃……小学校に入る前に、よく遊んでいたおままごとセットだった。
かなり古く、使い古された感じがする。もしかしたら、飾が最初の所有者ではなかったのかもしれない。
飾以前にこれを使っていた子どもがいて、遊ばなくなったからおさがりでもらった――それくらいの歴史を感じる古さだった。
「たくさんこれで遊んだなぁ。こんなに小さかったんだ」
プラスチック製のおもちゃの包丁を手にして笑う。
柄の部分が短すぎて、手のひらが余ってしまってうまく握れないようだ。
「幼稚園の頃はこれでちょうど良かったんだ。あたしも大きくなったもんだ」
しみじみと感慨にふけっている。
なるほど、あの教科書を見て、父さんもいずれこういう表情をするのだろう。
「で、こっちがおもちゃのりんご。わぁ、かわいいデザイン!」
りんごのおもちゃは最初からふたつに割れていて、間にマジックテープがついている。それで繋ぎ合わせてひとつのりんごにすれば、おもちゃの包丁でも割れるというわけだ。
他にもにんじんやトマト、ピーマンなどもある。それらは同様の仕掛けが施されており、割れるようになっていた。
卵もあった。殻の表面にボタンがあり、それを押しながら上下に引っ張ると中身が出てくる、という仕掛けだった。
俺の記憶が正しければ、飾はこれらを小学校に入学する直前くらいまで使っていたはずだ。
なので、俺も一緒に遊んでいるはずなのだが……あまり覚えていない。
もしかしたら、割と嫌々付き合っていたのかもしれない。
飾はそれらを大切そうに手に取り、一通りいじって童心に帰っていた。
その様子を見て、ふと思った。
高校生になった今、おままごとをしたらどうなるのだろう? ――と。
いやいや。さすがにそれはないよな? 十五才になってからおままごとだなんて。
しかし、気になる。
今全力でそれをやったら――俺と飾で、架空の家庭の“お父さん”と“お母さん”を演じてみたら、なにか変わるのではないだろうか?
俺と結婚するのも悪くないな。なんて思ったりしないだろうか?
「おっと、いけない。また意識が昔に引っ張られていたわ。これを片付けて、早く終わりにしないと。ほら、るぅ。そっちの卵とフライパンをここにしまって」
「うん……ちょっと待って。しまう前に、これで遊んでみない?」
「………………それで遊ぶ、というと?」
「もう一回おままごとをしてみない?」
「正気⁉」
「意外と楽しいと思うんだけど」
「この年で、おままごとって……いやいやいや。さすがにないでしょ」
「大丈夫、父さんが出かけていて、しばらく帰って来ない。なにがあっても外に情報は洩れないから。ふたりだけの秘密ってことで」
「でも………………う~ん、まったく興味がないわけじゃないかも。何年かぶりにこのおもちゃを触って、これで遊んでいた頃を思い出して、あの頃みたいに無邪気に遊んでみたいなぁ、って思ってたところだから」
「よし、じゃあ決まり!」
「うん。でも、リビングで遊んでて、もし突然お父さんが帰ってきたら大変だから、あたしの部屋でしよう」
ゲーム機はリビングに運び、残りの荷物を物置に戻し、埃が散った廊下の掃除をしてから、おままごとセットを飾の部屋に運び込んだ。
雰囲気を出すため、レジャーシートを床に敷き、その上に座る。
そこにおままごとセットを並べた。
これから始まる。
高校生の男女で遊ぶ、ガチのおままごとが。




